トロイメアへ行く方法
「そうです。ずっと、悪魔がいなくなったと聞いた時から駄目だとわかりながらも神殿内を探して回りました。宝物庫も武器庫も、全部全部探したのに、私があの時見た娘は爪の1枚も見つかりませんでした」
ナギサが誰よりも疲労を溜めた顔をしているのはそのせいかとカイトは納得する。
そして悔しそうな顔をしているのにも理由があるだろう。
「交流があったのか」
「ただ二言三言会話をしただけですが、必ず救い出してくれるという約束の元私はチカに女王陛下の居場所を伝えました。今思えば、あの時意地でも無視していればこんな心配もしなくて済んだのにと色々な思いが混ざって落ち着きません」
ナギサもまた、人間が殺されることは許せないのだろう。
そして、ナギサの見解を聞いたところで解決策が思いつかないことは同じだった。
(扉はどこにある。林の中か、海岸か、はたまた更に奥深くの海中か)
傷を負っている人魚に頼むのは申し訳ないが、一斉に捜索すれば扉も見つかるかもしれない。
苦肉の策を口に出そうとしたカイトは目の前に何かが歩いてくる姿を見つけた。
「あら、お取込み中でしたか? 失礼致しました」
先程から音もなく話に割り込んでくるユキが、またもや現れた。
1人にしてくれと頼んだというのにこの娘は言うことを何も聞かないとカイトが心の中で悪態をついていると、先にナギサが声を張り上げた。
「勝手に神殿に入ってこないで! あなたのこと、信用してないって前に言ったでしょ」
「まあまあ。無断で侵入したのはあなたも同じでしょう?」
ユキの反論にナギサは何も言えずぐっと言葉を詰まらせる。
そんな2人の間に入り、カイトはユキに向き直る。
「何の用だユキ。1人にしろと命じたはずだ」
「だからそれは彼女も同じ……いえ、積もる話もあったのでしょう。話がややこしくなるので何も聞かなかったことにします」
その返答でナギサとの会話もどこかで聞かれていたことがわかる。
カイトが気まずさに声を出せないでいると、ユキは「さて」と本題に切り替えていく。
「王子、先程言いそびれたことがあったのでお話に参りました。トロイメアへ行く方法があります」
「嘘!?」
先に反応を示したのはナギサの方だった。
家に隠れながら2人の会話を聞いていたのだろう。
魔王が、トロイメアへ侵攻していると。
「あまり一般の方には話したくないのですが、まあいいでしょう。王子、お母様がその手で人間を虐殺することは避けたいですよね」
「あれは母ではない」
「先程悩んでいたではありませんか。魔王の暴虐、私は食い止めることができますわ。でもそれだけじゃあ面白く……いえ、虐殺を止めることはできません。攻撃と防御の両立は難しいので。それに王子だって自分で始末したいでしょう。国を奪った忌々しき敵を」
「カイト王子、言葉に惑わされてはなりません。この女は何を考えてるかわかりませんから」
「酷い物言いですね」
ナギサの耳打ちも聞こえていたらしいユキは頬を膨らまして不機嫌を表す。
カイトは考え、口を開く。
「行く方法だけ聞く」
協力するとは言わないカイトだが、ユキは予想通りとばかりに何度か頷いて答えた。
「悪魔達は津波と防御壁を張ってトロイメアまで行ったようです。速いですが単細胞ですわね。でも私は被害を与えずに向かいます。だって正義のみか……」
「早く答えろ」
いつものユキの口癖を防ぐようにカイトが割って入る。
遮られたことに少し不服そうにしながらもユキは続ける。
「私はトロイメアから扉を潜ってここまで来ました。なので扉の場所を知っています」
「じゃあそこまで案内してくれれば!」
「ですが、生憎私は人魚を人間化する方法は知りません。いくら細身と言えど成人男性並みの体格がある王子を担いで水場まで行くのは不可能です。人間は混乱すると敵味方関係なく攻撃してきますからね。そこで」
ユキは両手のひらに収まる小さな氷の球体を作り出した。
中には水が張ってある。
「ここに縮めたカイト王子を入れて私が運べるようにすれば何も傷つかずにトロイメアに行けます」
「なっ! そんなやり方、王子に不敬だと思わないの!?」
「一番安全で楽な移動方法ですよ?」
ユキの言い分ももっともだ。
救いに行きたい思いとユキの言いなりになるわけにはいかない思いで葛藤があるが、カイトのそんな感情を見透かしているようにユキは何も言わずに待っている。
「……従おう」
「王子!? 信じるのですか?」
「ユキを信じたわけではない。だが、王の血を引く者として魔王を倒す責任がある」
カイトの意思にナギサは止めることができなかった。
その隙にカイトは命令する。
「行くのは我だけだ。他の人魚には引き続き休ませる。いいなユキ」
「ええもちろんです」
「わ、私も行きます! 王子だけを危険に晒すわけには」
ナギサが首を横に振ってついてこようとするが、カイトはその痩せた頬に手をやり、止める。
「あの様子なら、お前以外は魔王の居場所を知らないのだろう。我がいない間、上手く今の状況を隠せるか」
カイトもユキもいない今、ウォシュレイを動かす者はいなくなる。
ナギサは状況を知ったうえで隠しながらこの国を守ってくれるとカイトは踏んでいる。
「人魚の女王がこれ以上悲しみを生まないよう止めてくる。その間だけ、お前が統治していてくれ」
「私も……いえ、承知致しました。どうかご無事で。今度は女王陛下と共にご帰還くださいませ」
ナギサは涙を堪えるように声を震わせながらも1人の聡明な人魚としてカイトの指示に従った。
「準備はできた。ユキ、手筈通りに」
「かしこまりました。ではこの場を借りて」
ユキはカイトに近づく。
目と鼻の先まで泳いだ所で、カイトを包むように両腕を広げるとユキは呪文を唱えた。
「アイスコキュートス」
ユキの手のひらから氷の膜が拡がり、カイトを包んでいく。
少しの寒さと体が縮む違和感に襲われるが、慣れて目を開くとユキの手に収まっていた。
「では行きましょうか、カイト王子」
ユキの声にカイトはその顔を見上げる。
その瞬間ユキの狂気的な瞳を捉え、カイトは鋭い悪寒を覚える。
だが抵抗するには遅く、ユキはカイトを手中にウォシュレイを出てしまった。