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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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いない人間

「ナギサ?」


 カイトがぽつりと名を呼ぶ。

 聞こえたかどうかはわからないが、目が合ったことに気づいたナギサは焦ったように身を隠す。


「なぎ……」

「カイト王子! どうやって逃げてたの? 元気だった? ねえねえ」


 シオだけはまだ幼いからか悪魔の脅威にもそこまで理解を示しておらず、カイトの帰りを嬉しそうに出迎えている。


「こらシオ、カイト王子は1人で3年も生き続けていたのよ。私達よりも苦しんでいたし疲れているの。あまり質問攻めにしてはご負担よ」


 詰め寄るシオを年配の人魚が叱りながら引き離す。

 その隙にユキは人魚達の中心に入って口を開いた。


「王子に変わって私が今は指示を出しますわ。とは言ってもまだ戦うのは心身ともに不可能です。今は英気を養ってくださいな。王子にもたくさん話したいことはあるでしょうが、落ち着いたら、ね?」


 国を救ったからか、警戒心の強いはずの人魚達が簡単にユキの指示に従っている。

 悪魔から逃れても人魚でない者に手玉に取られてはまた振り出しだ、と沈黙するが、カイトはふとユキの言葉に違和感を覚える。


「おい、戦うとはどういう意味だ」

「え? ああ、そういえば説明不足でしたわね」


 ユキは思い出したように手を叩き、その場で説明を始めた。


「今ここに魔王はいません。人間の国トロイメアへ、魔王率いる人魚の悪魔は奇襲をしかけています。だからウォシュレイは取り戻せたのですよ」


 カイトは絶句する。

 戸惑いながらも、心のどこかで仲間が無事でいて良かったと喜んでいる自分がいたカイトは、犠牲者が変わっただけということにようやく気づいた。


「神殿に、行かせてくれ」

「ええもちろん。同行しましょうか?」

「1人で」


 ユキの誘いを退け、カイトは力なく神殿があるウォシュレイ奥地へ1人泳いでいく。


「王子様は少しナーバスかしら……あら?」


 ユキは大半が心配するであろうその姿にも関わらず、愉快そうに微笑んでいる。

 そのまま見送っている間に、家から出てくる人魚を見つけた。

 その人魚は散らばる他の人魚に気づかれないよう辺りを見回しながらカイトの後をついていくようだった。


(彼女は確か)


『あなたが光の巫女? じゃあチカはどうしたの!?』


 ユキは思い出し、笑いを堪えきれない子どものように口の端を吊り上げ、怪しまれないように唇を指で抑える。


(なぁるほど。楽しくなってきましたね)


 笑顔を我慢して変顔になっているユキを、側で泳いでいた人魚は不思議そうに見ていた。






 ユキの言っていた通り、神殿には悪魔も人魚もいなかった。

 本来神殿は王の血を引く者と衛兵しか入れないと考えたら、一般市民が入ってこないことはよくわかるが、今はその静けさがカイトには恐ろしさを感じる。


(ユキの言う通りだ。母上……いや、魔王がいない。直々に人間を殲滅しに行ったのか)


 手下に任せて傍観するのが魔王だと思っていたカイトは空虚な玉座を見下ろしながら顔色を悪くする。


(人魚は地上で長くは生きられない。だが、魔王がそのことを知らないはずがない。きっとトロイメアは今頃水没しているだろう)


 確かに仲間が救い出されたことは王子として嬉しさ以外の何物でもない。

 だがそれで他種族がどうなってもいいなんて考えはなかった。


(魔王が母の体を使い、母の魔力を使って人間を殺す。それは、母の意思ではない)


 メイデンはカイトによく言い聞かせていた。


『カイト、種族関係なくリースに住まう者達を愛しなさい。人魚の王となる者は、いつまでも慈愛の心を持つの』


 人魚を愛し、人間を信頼していたメイデンはきっと、自分の手で虐殺を行ったとしれば一生を悔やんで過ごすことになるだろう。

 一刻も早く止めなければならない。


(だがどうやってトロイメアに行く。移動の扉は封印されている。人間化の魔法もまだ使えない)

「カイト王子」


 カイトが頭を悩ませていると背後から呼びかけられる。

 振り返ると、おずおずとナギサが泳いできていた。


「あの、勝手に王の間に入ってしまい申し訳ありません」


 追いかけてきていたのか少し息を弾ませながらナギサは恭しく謝罪してくる。

 不敬とは思っていないカイトだが、先程の様子も含めてナギサが何か知っていることはすぐ理解できた。


「急ぎの用があるんだろう。早く申せ」

「は、はい。あの、単刀直入に、私はユキという女が光の巫女だとは思いません」


 ナギサはただ自分の疑心をカイトに伝えに来ただけだった。

 だがカイトは戯言だとは思わず、話を進める。


「根拠はあるか?」

「信じてくれるのですね。はい、根拠と言えるほど大仰な理由はないのですが、私、牢屋の中で人間に2人会ったのです」


 カイトは思い当たることがあるように手をピクリと動かす。

 その反応には気づかずそのままナギサは最後まで話を続ける。


「ユキが来る数日前、同い年くらいの娘が牢屋に来ました。彼女も魔王を倒しに来たと。あの、信じてはもらえないかもしれませんが、その娘は1人で来まして……」

「わかっている」


 食い込むように返答するカイトにナギサはようやくその表情が焦りを含んでいることに気づく。

 もしやと思い、ナギサはゆっくり口を開く。


「あの、つかぬ事を窺いますが、もしかして王子もユキ以外の人間と会いましたか?」


 ナギサの問いに逡巡した後、カイトも躊躇いながら頷いた。


「我の見解が正しければ、ナギサの言いたいことも予想ができる」

「ではっ!」

「我が連れてきた人間が……チカが、どこにもいないということだな」


 カイトの言葉に、ナギサは図星を突かれたように胸の位置で拳を握りしめた。

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