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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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おかえりなさい王子

 ユキは茶目っ気たっぷりに頭を戻す。

 そのまま黙ってカイトの反応を見るが、硬直したままの彼を見て慌てた表情に変わる。


「え、わ、わかりづらかったですか? いやだからこう正義の味方って言うのは魔王や悪魔を倒す人間の味方ということで。あ、こっちの方がわかりやすかったですか?」


 ユキはそう言ってヒーローがよくやるような決めポーズに変える。

 何やら別のことで狼狽えているユキだが、カイトは次の問いを考えていた。


(人間は非力な生き物だ。ただのかすり傷でさえ命を奪われる。心臓を貫かれたら死ぬはずだ。だから、だから……)

「お前は、人間ではない」


 カイトの言葉にユキはポーズを変えたまま急に止まる。

 カイトを見るその瞳は氷のように冷たかった。

 だが、直後まるで話など聞こえなかったかのようにユキはカイトの手を取る。


「王子、お母様を取り戻したくはありませんか」


 話をすり替えられ、カイトは手を振りほどこうとする。

 しかしひ弱そうなユキは何を使っているのか微動だにしない。


「戯言をと思われますか? でも私は救えるのですよ。事実、閉じ込められていた人魚は解放しましたから」

「は?」


 ユキが説得しようと畳みかける言葉にカイトは信じられないと言った顔を返す。


「本当ですよ。もし疑うのならその目で確かめて……あっ」


 ユキが最後まで言い切る前にカイトは速度を上げて泳いでいく。


「優雅な人魚も出せばあんなに速いんですのねぇ」


 ユキはすぐに見えなくなるカイトを見送り、口の端をぐっと吊り上げた。


 カイトの感情はぐちゃぐちゃだった。

 これ以上傷つかないようにと押し殺していた心をいとも容易く破られ、罠だとも考えられる言葉に従っていた。


(あんなただの小娘が城門を切り開いた? 中には悪魔に成り下がった人魚もいる。嘘に決まっている)


 カイトは無我夢中でウォシュレイまで走る。

 結界の外まで着き、自身の衝撃で突き破らないようにゆっくり入りながら国を見下ろす。

 辺り一帯廃国となったように静かだ。


(やはり、騙されたのか)


 静けさがカイトの昂揚を抑えていく。

 同時に感じないようにしていた孤独や空虚な思いが溢れていく。


(あの女に惑わさなければ、心なんて無くせば、失望せずに済んだのに)


 こんなにも騙されやすい自分にカイトは辟易する。

 自身への嫌悪とユキへの憎悪とで抑えられない感情を殺すように片手で顔を覆い、鋭い鉤爪で頬を抉ろうとする。


(……あれは?)


 爪の先端が肉に食い込み血の玉が浮き上がると同時に、カイトは目の端に何かが動く姿を見つけた。

 小魚が迷い込んだかとも考えたが、それにしてはヒレが大きかった。


「まさかっ」


 罠では、いや、罠だとしてももう良かった。

 一目だけでも見たかったのだ。同胞の姿が。


「いない?」


 すぐに追いかけたが目の前にはヒビが入った家しか映らなかった。

 だがその直後、背後から小さな感触が肘に触れる。


「カイト王子?」


 てっきりユキが追いついてきたのかと振り向くカイトは、目の前に現れた正体に絶句する。

 まだ4、5歳くらいの舌足らずな女の人魚がいた。


「……シオ?」


 人魚はただでさえその数が少ない。

 子どもの人魚など100年に一度産まれれば運が良いと言われる程だ。

 だからカイトは覚えていた。

 その子どもの名を。


「王子だ! カイト王子が帰ってきたよ!」


 シオは無音とも呼べるウォシュレイに響く程叫ぶ。

 そんなことをしては神殿に潜む悪魔に聞こえるとカイトが警戒心を高めるが、予想に反して視界に入ったのは恐る恐る家から出てくる顔ばかりだった。


「王子?」

「王子だ」

「カイト王子が帰ってきた」


 疑心暗鬼に陥っていた人魚もカイトの姿を見ると少しずつ声を上げていく。

 その数は10、20と増えていき、家から出てくる者も現れた。


「よく生きて戻ってきていただけました」


 ほとんどの人魚が疲弊を浮かべ、やつれた顔をしている。

 男の人魚も数えられる程しか生き残っておらず、凌辱されたのだろう傷もそこかしこに見られる。


「お前達、なぜ無事で」


 カイトは歓喜に泣く人魚達の姿を見ながら小さく疑問を口に出す。

 人魚が束になっても勝てなかった悪魔をどう倒せたのかと。


「巫女様がお助けくださったのです。我らの守り神様が」


 人魚の1人が教えてくれる。

 この世界での巫女と言えば1人しかいない。

 だが、カイトは納得ができない。


「あれは巫女では……」

「良かったですわね。愛する方々と再会できて」


 カイトが否定を口にしようとした瞬間、肩に冷たい手が当たった。

 振り向けば置いてきたはずのユキがすぐ隣にいた。


「巫女様! 本当になんとお礼を申し上げたら良いか」

「いえいえ、世界を救うのは正義の味方の役目ですから。あなた方が笑ってくださればそれで良いのです」


 聖女のような物言いに人魚達は本当に神が守ってくれたのだと心酔している。

 カイトだけはユキを得体の知れない者として振りほどこうとする。


「カイト王子! おかえりなさい」


 しかしシオが喜びながら抱きついてくるためそこから動くことができない。 

 カイトは騙されている仲間達は口出しすることもできず、ただユキとは目を合わせないように顔を逸らす。


「?」


 その視界に映ったのは家に隠れている1人の人魚。

 その人魚は、カイトと同じようにユキを疑っていた。

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