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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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1人生き残った王子と正義の味方

 穏やかとも呼べる閑散とした海底にカイトは佇んでいた。

 人間が一気に2人も来て、騒がしかったあの瞬間が嘘のようだ。


(あれから数日経った。何も変わらないのならばあの女も魔王にやられただろうな)


 元々期待はしていなかったが、わざわざ行きたくもなかった魔王支配のウォシュレイに行ったのだから爪痕くらいは残してほしかった。

 そう考えてカイトは呆れたように溜息を吐く。


(1人生き残った役立たずの王子が人間に失望するなど恥さらしもいいところだな)


 3年前、静かな海を皆で共存していた人魚の元に、突如として現れた毒霧のような悪魔達。

 神殿にいたカイトは目の前で同胞が槍に貫かれていく様子を1番近くで見ていた。


『早く逃げなさい! カイト!』


 いつも落ち着き、民を導いていた母・メイデンが血相を変えながら幼かったカイトを死に物狂いで国から追い出してくれた。

 結界から出る寸前、母の美しい肢体を獣のように捕らえ、取り込んだ魔王。

 思い出しただけで腸が煮えくり返る思いに苛まれる。


(我が魔王に取り込まれれば、母上や護衛が即座に殺してくれただろうに。何が聡明な人魚だ)


 この3年、1人で海を漂う中で自己嫌悪に陥る時間も増えた。

 昔は耳に響いていた仲間の歌声ももう思い出せない。


(歌だけでも、忘れないように)


 思い出に浸ることも辛いが、人魚は長命だ。

 まだ十数年しか生きていないカイトにとって人魚の誇りである歌すら忘れて何百年も生きる程地獄なものはない。


「すぅ──」


 カイトは大きく息を吸って歌を口ずさもうとする。

 だがその歌を遮るように小さな拍手が耳に入ってきた。


「歌う前なのにその美しさは彫刻のようですわね」


 最近は歌を遮られることばかりだ。それも人間に。

 いい加減対応することにも疲れたカイトは無視しようとする。


「ウォシュレイの王族はこの世界(リース)の中でも特別美貌を誇っていると言われています。それはそれは魔王さえも見惚れてしまう程に」


 勝手に話を進める、更に忌々しい名前すら口にする何者かにカイトは切れ長な瞳に憎悪を込めて睨みつける。

 声の主は長い金の髪に穏やかな顔つきの娘だった。


「ようやく気づいていただけましたかカイト王子」

「冷やかしに来たのなら帰れ。我は人間と関わる気はない」


 その娘が楽しそうに笑っているため無視していれば永遠に話しかけられるだろうと考えたカイトは仕方なく返す。

 だがそれで娘が引き下がるわけがなかった。


「あら? でもカイト王子、数日前に人間と関わりましたよね。ウォシュレイに道案内したのでしょう」


 何故知っているのか甚だ疑問だが、カイトはそれ以上何も話すまいと無視を貫く。

 その態度にも気にしないとばかりに娘は泳いで近づいてくる。


「ウォシュレイに行ったことのなさそうな少女だったから観光案内でもしてあげたのですか? 親切な王子ですね」


 声が段々と近づいてくる。

 よく人間なのに泳ぎながら息も切らせないものだとその声を聞きながらカイトは心の中で思う。


「でもウォシュレイは今観光どころではありませんよね。メイデン女王陛下に憎き第三位魔王レヴァイアが取り憑いたから国は崩壊したのですわ」


 母の名を口に出され、カイトは脳内が殺意で溢れる。

 我慢だと言い聞かせるが次の一言で一気に制御不能となった。


「流石の女王も美貌だけでは魔王に打ち勝てませんでしたわね」


 気づけば目の前まで泳いできていた娘の体をカイトは造形した槍で貫いていた。

 腕や足に眼球、腹、心臓を貫いた槍の衝撃で娘は肉塊となりながら地面に叩きつけられた。


「言っただろう。冷やかすだけなら帰れと。悔やむなら話を聞かなかった己を悔やめ」


 カイトは血だらけの死体に聞こえない言葉を残し、再び明るい海面に顔を向ける。

 だが今度は口を開く前に「ふう」と下の方から息を吐く音が聞こえてきた。


「これはこれは、また(わたくし)やってしまいましたわ。いつも怒りに触れるようなことを言ってしまいますの。淑女にあるまじき行為ですわね」

「……」


 今まで一度も表情を動かすことがなかったカイトは目をいっぱいに見開き、口を真一文字に結んで表情を硬くする。

 驚愕と、戦慄が同時に襲いかかってきた。


「よいしょ。お水とは言え魔法にすると強い武器になりますわね。抜くのも一苦労っと」


 カイトが見下ろす中、肉塊だったはずの娘が両手を使って心臓に突き刺さっている槍を力強く引き抜く。

 次いで他の4本も簡単に抜いてしまう。


「咄嗟にここまで攻撃ができるのなら誘っておくのも正解ですわ。ねえカイト王子……あら、顔色が悪くてよ。人魚も風邪を引くんですの?」


 娘はすぐにカイトの所まで泳ぎきって心配する素振りを見せるが、当の本人は驚愕から恐怖へと表情を変えていた。

 それもそのはず。

 娘には傷など1つもなかったからだ。


「ああ傷ですか? ちょっと痛かったですが、私の失態に比べたら軽いお仕置きですわね。これだけで済ませていただいてむしろ感謝致しますわ。あ、でも槍に合わせて服が少々破れてしまいましたわね。大事な部分は隠れていますがこれでは皆に示しがつきませんわ」


 カイトが表情をそのままに体を見てくるため、娘が説明しながらも恥じらうように頬を赤らめる。

 一見すれば可愛らしい動きだが、それ以前の行動にカイトは逃げることも問い詰めることもできない。


「お前は、何者だ」


 ようやく絞り出せた言葉はたったそれだけだった。

 むずめはキョトンと首を傾げた後、にこやかに微笑んでワンピースの裾を持ち、丁寧に会釈をしながら口を開いた。


「正義の味方、ユキです」

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