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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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思い出さなければならない人

 中には医務室よりも厳重に設備が整った機材とベッドが置いてあった。


「ここはどこですか?」

「重症患者の集中治療室だ」

「私重症患者じゃなかったんですね」


 頭を打った千花も相当な傷を負ったはずだが、マーサ曰く意識があるだけ軽傷らしい。


「私の知り合い、だった方に会うんですか?」


 マーサが会わせたいということは何かしら自分と関係があることくらいは千花もすぐ理解できる。


「見て思い出せるだろうかね」


 マーサは部屋の奥へ進み、あるベッドの所で立ち止まる。

 千花もすぐ後に続き、一緒にベッドで寝ている者を見下ろす。


「この人は」


 深い紫の髪を持ち、目を閉じている青年。

 横たわっているため寝ていることはわかるが、頭や服の間から覗ける程に巻かれている包帯から、傷は深いことがわかる。


「誰だかわかるか」

「えっと、ごめんなさい」


 千花が申し訳なさそうに首を横に振ると、マーサは再び溜息をつく。

 今度は呆れと言うよりも失望に近かった。


「まあ、今から帰るなら必要ない記憶だがね。一応あんた、こいつにもよく世話になったんだよ」


 そう言われてもピンと来ないが、千花は何となく礼を込めて青年の包帯が巻かれていない手を握る。


『シモンさん!!』


 その瞬間脳に悲鳴のような叫び声が叩きつけられる。

 千花は反射的に青年の手を離し、体を硬直させる。


「大丈夫か巫女」

「シモン、さんって、彼の名前?」


 千花が記憶にない名前を呼ぶため、マーサは目を見開き、彼女の肩を掴む。


「お前、記憶が戻ったのかい」

「いえ……今頭に名前が浮かんだだけで、それ以外は何もわからないです。でも」


 千花は痛みに悶えるように顔を歪めながら片手で頭を押さえる。


「シモンさん、シモンさん。忘れちゃいけない名前なはず」


 千花はぐっと眉を寄せ、必死に思い出そうとする。

 その耐え難い姿にマーサは目を伏せ、肩に置いてある手を離す。


「いいや、無理に思い出す必要はない。お前は、帰るんだ」


 マーサに治療室を出るよう促される。


(思い出したい。思い出せない。私は、何をしていたの?)


 千花は意識を戻さない青年を一瞥し、理解できない脳と苦しんでいる心に苛まれながら、邦彦の待つ2階へと足を運んだ。






「ほら、栄養剤。強めに配合してやったんだから無くさないでね」


 来訪した邦彦にライラックは個装された茶色の錠剤を袋に入れて渡す。

 確かに邦彦が寝る間も惜しんで働くために頼んだ物だが。


「それを渡すために呼んだのですか」

「そうだけど。何、また文句でもあるわけ」


 邦彦のつっけんどんな態度にライラックはまたしても機嫌を損ねる。


「いえ、ありがとうございます。薬に支えられているものですから」


 顔色を窺っているわけではなさそうだが、邦彦が打って変わって礼を言うためライラックはその変貌ぶりに顔を引きつらせる。


「あんた何があったのよ。ああいや、そういえば光の巫女が記憶を失くしたとか何とか」

「お聞きになったのですね」

「リンゲツがやけに落ち着かなかったから問い詰めたら渋々答えてくれたわ」


 聞かれなければ答えない邦彦だったが、まさか情報が漏れていたとは思わなかった。

 リンゲツの雲隠れは便利だが、認識ができないため少し困る。


「では、田上さんを地球に帰すこともご存知なんですね」

「いやそれは知らないけど」


 自ら墓穴を掘ったことに邦彦は心の中で悪態をつく。


「あんた本当に大丈夫? 巫女がここに来てから抜けてるわよ」

「問題ありません。田上さんがいなくなったら戻ります。また巫女探しをしますので」


 邦彦の取り繕う態度にライラックは顔をしかめる。

 逆鱗に触れたわけではないが、それでもライラックは口答えをする。


「果たしてすぐ見つかるのかしらね。今の巫女は、かなりレアケースよ」

「ええ、わかっています」


 どう攻撃しても差しあたりのない返答しかしない邦彦にライラックは追求を諦める。


「じゃあ、私が巫女のために何かする必要もないってことね。こっちは気が楽だわ」


 ライラックは特に後ろ髪を引かれることもなく仕事に戻っていく。

 話は終わりとすぐ切られたため邦彦もそれ以上言葉にすることなく、部屋の扉を閉めた。


(ええ、大丈夫です。ユキがいれば、急がなくとも世界は救われる)


 心の中で自分に言い聞かせる邦彦は、顔を曇らせたままだった。

 邦彦が部屋の前で立ち止まっている所に、足音が複数響いてきた。


「話は終わったかい? 望みのもんを連れてきたよ」


 人を物みたいに、と邦彦は声の主の方へ顔を向ける。

 先程別れたマーサと、何故か険しい顔をしている千花が歩いて来ていた。


「マーサさん、何かしましたよね」

「しとらんって。まだ帰るための心づもりができていないんだろう?」

「はい……」


 確実に何かを隠していることはすぐ理解できる。

 あれだけすぐ連れてこいと念を押したというのにすぐに約束を破るマーサに邦彦は怒りをぶつけようとするが、その前に千花を引き連れ回されてしまう。


「時間がないんだろう。さっさとイアンの所に行くぞ」


 マーサが先導し、千花も迷いながら後に続いてしまう。

 機関にいるととにかく思い通りに行かないことに久々に憤りを感じながらも邦彦も追いかける。


「ここから人間の国へ行ける。後はクニヒコについていきゃあ地球に帰れるさ」

「へ、へえ」


 飛行船からどうやって地上に降りるのかも記憶になかった千花はマーサの説明にもそこまで納得できていなかった。


「習うより慣れろだな、まあ、今回きりだが」


 イアンの扉まで着くとマーサは少し離れた所に立つ。

 別れも素っ気ないが、これが普通のことだとして千花は受け入れることにする。


「それでは行きましょう田上さん」


 先程よりも物腰が柔らかくなっている邦彦に申し訳なさを感じつつ、差し出された手を取る。

 扉の向こうが眩しい程に光っているのにも千花は驚いていた。


(それも、もう最後ですから)


 邦彦は千花の手を引いて扉の向こうを潜る。


「本当にこれでおしまいかね」


 光に溶け込んでいく千花を見送り、マーサはぽつりと一言零して去った。

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