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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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最後に挨拶を

 千花は落胆の表情で顔を俯かせながら廊下を歩く。 

 少し前を歩いている邦彦には表情は見えていない。


(2人が話してた巫女が、記憶を失くす前の私の役目だったんだ。でも、もう力が使えないから帰される)


 千花が恐れていたことがすぐ現実になってしまった。

 ゆっくりでいいと言ってくれた興人も最後には顔を向けてくれなかった。


(それなら、役立たずって言ってくれれば良かったのに。そうすれば、こんな苦しむこともなかったんだ)


 興人の表情を見られなかった千花は怒りとも悔しさとも取れる苦しそうな顔を表す。


(休むって言ってるけど、力が使えない私がここに来る意味がなくなってしまうなら、もう……)


 二度と来ることはないのだと自覚をすると喪失感が襲ってくる。

 記憶喪失のまま機関で過ごした時間は長くないが、きっと何の障害もなかったらまだここにいられたと思うと強い寂しさを感じる。


(あっ)


 千花は別れる前にマーサに会っておきたかった。

 記憶を失い、混乱している千花に医者として治療を行ってくれていたマーサにも面と向かって話しておきたかった。


「いいですよ。では医務室に……」


 2階へ向かおうとしていた邦彦は千花の願いをすぐ了承する。

 急かされていると感じた千花は許可されたことに安堵した。

 だが邦彦が医務室へ足を運ぼうとした瞬間、目の前に白い紙が飛んできた。


「間が悪い催促ですね」

「これ、なんですか?」


 興人に魔法をたくさん見せてもらった千花だが、突然魔法を発動されて驚いているようだった。


「ライラック……いえ、機関の者から来いとの命令が来まして。ですが田上さんの用件が優先です。行きましょう」


 わざわざ魔法で「来い」と伝えてくるということは早急に伝えたい内容があるのではないだろうか。


「私、医務室の場所わかります。すぐそこですから1人で行ってきますよ」

「いいえ、あなたを1人にはできません。また誑かされては困ります」


 最後の言葉が聞き取れなかった千花はここまで過保護な邦彦を少し鬱陶しく感じる。

 思えばこの3日間、1人になった時間と言えば着替えとトイレくらいだ。


「だってここから一直線じゃないですか。いくら何でも、赤ちゃんじゃないんです」

「その一直線でさえあなたには危険です。黙って言うことを聞いてください」

「だ、大事なことは何も教えてくれないくせに、こういう時だけ強引にならないでください!」


 記憶喪失になってしまったから。

 自分に言い聞かせて邦彦に従っていた千花だが、鬱憤は溜まっている。

 訓練場から出された理不尽も相まって声を荒げ、邦彦の顔を見上げる。

 その瞬間千花はひゅっと喉が閉まる感覚に陥った。


「あ、ご、ごめんなさ……」


 千花が声を詰まらせながら謝ろうとするが、全て言い終わる前に邦彦が強引に手首を掴んでくる。

 その表情は氷よりも冷たく、目は憎悪ともとれる感情が込められている。


「前言を撤回します。今すぐあなたを元の世界に送り込みます」


 引っ張ってくる邦彦に千花は抵抗もできない。


「す、すみません。何の気も知らずに生意気言いいました。だから1回だけマーサさんの所に行かせてください」


 千花が慌てて謝りながら懇願するが、邦彦は無視して2階へのワープホールへ向かおうとする。

 地雷を踏んでしまったと千花が恐れながらも再び諦めてしまいそうになる。


「待ちなよクニヒコ」


 しかしワープホールを潜る直前、千花を引っ張っている邦彦の手を払う者が現れた。

 音が大きかったため千花は今の状況に似合わず痛そうと同情してしまう。


「限度には気をつけろって再三言っただろうに、傍から見りゃあただの誘拐だよ」


 間に入った正体は紛れもなくマーサだった。

 普段医務室に籠もっている彼女だが、廊下で言い争う2人を見かねて出てきてくれたのだろう。


「私に会いに来たんだろう。部屋から聞こえてきたよ。少し話したらイアンの所に連れてくからゆっくりライラックと話してきな」

「そういうわけにはいきません。田上さんを急いで連れ帰さなければ」

「ただ話すだけだよ。あんたは私が何を巫女に吹き込むと思ってんだい」

「そういうわけではありません」

「あんた最近ライラックに前科があったんだろう。あいつは待たされるのを嫌うし、医師としても最後にカウンセリングをしたいし、ちゃんと無傷で巫女を連れていくから安心して話してこい」


 まるで虫を追い払うように手で合図をするマーサに邦彦は無表情から一転苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

 だがやはり年配者には逆らえないのか「下手な真似はしないでください」と言い残し、2階へ上がっていった。


「全く、あの過保護っぷりには手が焼けるね」

「あの、ありがとうございました」


 邦彦のためにも話はすぐ終わらせた方がいいと思っている千花は手短かにマーサに礼を述べる。


「きっと、私がこうなるよりも前からお世話になっていましたよね。最後まで、記憶を戻せなくてすみません」


 千花が申し訳なさそうに表情を暗くするためマーサはその顔をじっと見つめる。

 そして仕方なさそうに大きく溜息を吐いた。

 千花はびくっと体を震わせる。


「ついてきな」

「え?」

「出てくなら、せめてあいつに顔を見せてからにしな」


 誰のこと、と聞く前にマーサは先へ進んでしまう。

 時間がかかれば邦彦にまた叱られると怖気づいてしまうが、マーサが見えなくなっていくため迷う心を抱いたまま追いかけるしかなかった。


「医務室ですか?」

「大まかに言えばな」


 含みのある言い方に千花が聞き返そうとしたその時、マーサが立ち止まって扉を指した。

 医務室より奥に来たことに千花は首を傾げる。


「クニヒコは黙っておけと言ったがな。それはあまりにも酷が過ぎるだろう」

 

 千花が何か言葉を出すよりも早くマーサはその扉を開けた。

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