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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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今がその時でしょう

「え?」


 それはあまりにも衝撃的なことだった。

 千花にとってと言うよりも、声の主である興人がこの中で最も驚愕していた。


「実家に、ですか?」


 千花も驚いてはいるが、興人とは意味合いが違ってくる。

 概ね、異世界に来たということは家には帰れないと心のどこかで思っていたのだろう。


「記憶を失ってから色々我慢させてばかりでしょう。一度親しんだご実家で静養された方がいい」


 灯子と恭に会えるのなら、千花にとっては嬉しいこと他ない。

 だが、この状態で戻っていいのか不安もある。


「何を言っているんですか先生」


 千花が口を開きかけたと同時に隣から焦りを含んだ興人が前に出てきた。

 その手には鞘から抜き出た大剣が握られ、刃先が邦彦へ向いている。


「興人君!? 人に向かって剣なんて振らないで」

「先生がそんなことを言うはずがない。先生に扮した偽物だろう」


 千花を庇う興人の目は憎しみそのものだ。

 長い間邦彦の姿をよく見ていた興人だからこその疑い方だろう。

 邦彦は特に咎めることなくその疑心を受け入れる。


「この場で疑う選択肢をすぐ持てるとは日向君もしっかり成長していますね」


 我が子の成長を褒めるような邦彦だが、打って変わって意思は変わっていなかった。


「ただ、今田上さんにこんなことを言っている僕は紛れもない本物です」


 口では何とでも言える、と思いたい興人だが、邦彦の真剣さが嘘だとは思えない。

 剣を収めるべきか悩んでいる興人に、邦彦は先手を打つ。


「新たな巫女が城に来ました。恐らく彼女も浄化の力が使えます」


 邦彦の言葉に、興人は目を見開いたまま固まった。

 大剣を落とさなかっただけ褒めてあげたい。


「……は?」

「詳しく説明する必要はありません。言葉の意味をそのまま受け取っていただけたら結構です」


 邦彦はそう告げると、興人の背後で何が起きているか全く理解できていない千花に目を向ける。


「突然のことできっと受け入れるまでに時間がかかるでしょう。ただ1つ、あなたは自由になったということだけは断言できます」

「自由? 記憶を戻さなくてもいいっていうことですか」

「はい。もちろん、1年半の記憶が抜けていれば日常生活に支障をきたすでしょう。特別必要な事項は引き続きお教えしますのでご心配はいりません」


 有無を言わさぬその態度に何も知らない千花は恐れながら頷くしかない。


「わかっていただけてありがたい。では早速帰る準備を」

「待ってください! いくら何でも納得ができません」


 千花が仕方なく飲み込んだ言葉を興人が代弁してくれた。

 邦彦なりの気遣いなのだろうが、それにしては説明が足りなすぎる。


「先生、新しい巫女のことを恐らく浄化が使えると言いましたよね。つまりまだ実態を見たわけではないはず。そんな中田上を帰すなんてあまりにも無謀です」

「性急なことは重々承知しています。ただ、経験から彼女も田上さんと同じ素質を持っているとどこかで感じ取ったまでです」


 一瞬でユキが目の前まで現れたあの時、明らかに一般人とは異なる気を邦彦は感じた。

 それは千花とはまた違った、異質な気配だった。


「記憶を無理矢理呼び戻すことの精神的負担、1から覚え直す時間を加味すれば、候補者は増やしておくべきだったんです」

「戦えなくなったらお役御免ってわけですか」


 興人の邦彦に対する怒り方はいつも以上に激化を増している。

 千花は共に死地を潜り抜けてきた戦友だ。

 蔑ろにされることはいくら邦彦だとしても許せない。


「……僕は、田上さんの強さを過大評価していました」


 邦彦の次の言葉に興人は我慢の限界を迎える。

 掴みかかろうとするが、邦彦は眉根を寄せてゆっくり瞼を閉じる。


「追い詰められて、苦しんで戦うくらいなら、このまま笑って過ごしてほしいんです。今がその時でしょう」

「っ」


 邦彦の願いに興人は手を止める。

 次いで後ろの千花に目を配ると、彼女は未だ理解が追いつかず、2人の険悪な空気に心底困った表情を浮かべている。


「……」


 もし今、千花が長野へ帰り、二度とリースへ来なければ、平和に暮らせるだろうか。

 最初は追い出されたことに戸惑うだろうが、まだ1年半だ。

 いつかは今の記憶を失った状態にも慣れ、ただの田上千花として、笑って過ごせる。


「どいていただけますか?」


 動けなくなる興人に邦彦は再度提案する。

 興人はその場から動かず、空中に止めた腕を下ろした。


「田上さん、行きましょう」

「わ、私……」

「帰って、休みましょう。今は何も考えずに」


 何か言いたげな千花を遮り、邦彦はその手を握って誘導する。

 千花は不安気に興人を見るが、彼が目を合わせないことに気づくと、悲しそうに前を向き、邦彦に続いて訓練場を出ていった。


『これが常識だって受け入れないと、私はいらなくなる』


(田上は頑張ってこの世界を認めたのに、俺は見捨てた)


 強引に話を進めた邦彦が悪いのか。

 無断でウォシュレイに行った千花が悪いのか。


(もっと強くなれば、こんなことも思わずに田上を護れたのに……ああ、そういうことか)


 心の中で後悔が押し寄せ、直後興人は気づく。


(田上はいつも、こんな思いで苦しんでたのか)


 訓練場の静けさに責められそうになりながら、興人はその場に膝をつき、大剣を握りしめながら歯を食いしばった。

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