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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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たとえ彼女でなくとも

 年は千花とそう変わらないだろうが、白銀の髪に透き通るような青い瞳を持ち、聖女と言う名にふさわしい純白のワンピースを着用している美人な少女だ。


「待て! 何も許可していないのに勝手に巫女だと名乗るのは」

「彼女は浄化の力も使えます。更に魔力も人間離れしたものです。簡単に使い物にならないどこぞの詐欺師とは比べ物にならない」


 千花を侮辱され、邦彦の怒りも頂点に達する。

 拳銃を懐から取り出し、シルヴィーに制止される前に引き金を引こうとしたその瞬間、目の前にその少女は立ちはだかった。


「っ!?」

「戸惑う心をお鎮めください」


 遠くにいたはずの少女が突然眼前に現れ、邦彦は反応を遅らせる。

 その間に少女は拳銃を握る邦彦の手を両手で優しく包み込んだ。


「私はユキ。どうぞ信頼なさって。私が、この世界を救いますから」


 鈴を転がしたような可憐な声でもあり、聖母のように慈しみ溢れるその声に、邦彦は戦う気力を吸い取られてしまう。


「女王陛下のご加護はいりませぬ。彼女がいれば瞬く間に世界は我々の手に。さあユキ、ウォシュレイの悪しき魔王を倒しに行くぞ」

「はい、ローランド様」


 ローランドに命令されたユキは嫌な顔1つせず、その後を追いかけていった。

 その巫女らしい振る舞いに、邦彦は何もできず呆然と立ち尽くすままだった。


「な、なんだというのだあの娘は。ローランドが光の巫女を見つけただと」


 邦彦が動けないでいる間にシルヴィーが声を震わせる。

 その声に何とか邦彦も我に返る。


「女王陛下は、何もご存知なかったのですか?」

「当たり前だろう。この反応を見て私が騙しているとでも思っているのか」


 信じられないことだが、ローランドしか知らない新たな光の巫女が現れたということか。

 彼女は自身をユキと名乗った。

 突然現れた謎の少女はどうやってローランドを取り込んだというのか。


「とにかくこのことは急いで機関に戻り報告を」

「いや、待て。本当にあの娘は光の巫女なのか? 力を使えるという話はローランドの口からしか発されていない」


 シルヴィーの発言に邦彦も考え直す。

 光の巫女の登場に最も混乱する者は誰か。

 この場合は邦彦だろう。

 ローランドは常々邦彦に一泡吹かせたいと思っていた人間だ。


(だが、騙されているで片づけていいのか。ユキはこちらの混乱を招くだけの役者だったのか)


 そうだとしたら何と質の悪い悪戯だろうか。

 いくらローランドと言えど、悪質な詐欺を決行する程悪魔に味方しているとは思えない。


(もし……もしユキが本当に魔王を倒せる光の巫女なら、田上さんはどうなる?)


 千花は悪魔を倒す名目のもとリースに来た。

 役目を果たせない今千花がリースにいる必要はない。

 実質追い出すことと変わらない。


(いや、今の彼女にはそれが最善では?)


 邦彦は記憶喪失になる前の千花を思い出す。

 なぜ千花は単独でウォシュレイに行った? 

 邦彦に叱責されることも、最悪無惨に殺されることも千花はよくわかっていたはずだ。


『巫女様はお人形さんなの? って聞いてみたんだ』


 テオドールに人形と呼ばれた千花の心境は、果たして穏やかでいられただろうか。

 魔王を倒すことへの重圧。

 自分が守られるために犠牲になる仲間。

 傷つけられるトラウマ。

 1人の少女が背負うには、あまりにも重すぎる半年間だった。


「女王陛下、1つご提案があります」

「なんだ」


 邦彦が考え込んでいたことをシルヴィーは感知し、緊迫した面持ちで次の言葉を待つ。


「田上さんを、一度地球へ帰しましょう」


 邦彦から発せられた言葉に、シルヴィーは反応できず固まる。

 目を見開き、たった一文の意味さえ理解するのに時間がかかった。


「なぜ、お前がそれを言う?」


 ようやく口から出てきた言葉は純粋な疑問だった。

 千花を追い出すなど、邦彦が最も許さないことだ。


「それが最善だからです。今の田上さんを待っているより、ユキに任せればきっと失われる命は大幅に減少するでしょう」

「それは確実だろう。だが私が聞いているのはお前の心境の変化だ。お前のチカへの思いは、今までの者とは格段に……」

「もういいのです。光の巫女が世界を救ったという記憶さえ残れば。ユキが叶えられるのなら、田上さんは不要です」


 邦彦の突き放す言葉にシルヴィーは叱咤を放とうとする。

 それが国を2つ救ってきた少女に対する言葉かと。

 だが、邦彦の表情を見て思いとどまった。


「……機関にはなんと?」

「光の巫女候補者選びについては一任させていただいています。今までも何人もの候補者が選ばれては抜けていきました。今回も同じだと思えば何も言われません」

「そうか。では、報告は頼んだ」

「失礼致します」


 邦彦はそれ以上何も言うことなく淡々と出ていく。

 シルヴィーは疲れ切ったように玉座に背中を預け、大きく息を吐く。


(もういいだと? ならばあのような顔をするな。あんな、全てを憎む顔など)


 邦彦はきっと諦めきれていない。

 いつか暴走するその心が、何の罪もない少女に向かぬよう今は願うしかなかった。

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