たとえ彼女でなくとも
年は千花とそう変わらないだろうが、白銀の髪に透き通るような青い瞳を持ち、聖女と言う名にふさわしい純白のワンピースを着用している美人な少女だ。
「待て! 何も許可していないのに勝手に巫女だと名乗るのは」
「彼女は浄化の力も使えます。更に魔力も人間離れしたものです。簡単に使い物にならないどこぞの詐欺師とは比べ物にならない」
千花を侮辱され、邦彦の怒りも頂点に達する。
拳銃を懐から取り出し、シルヴィーに制止される前に引き金を引こうとしたその瞬間、目の前にその少女は立ちはだかった。
「っ!?」
「戸惑う心をお鎮めください」
遠くにいたはずの少女が突然眼前に現れ、邦彦は反応を遅らせる。
その間に少女は拳銃を握る邦彦の手を両手で優しく包み込んだ。
「私はユキ。どうぞ信頼なさって。私が、この世界を救いますから」
鈴を転がしたような可憐な声でもあり、聖母のように慈しみ溢れるその声に、邦彦は戦う気力を吸い取られてしまう。
「女王陛下のご加護はいりませぬ。彼女がいれば瞬く間に世界は我々の手に。さあユキ、ウォシュレイの悪しき魔王を倒しに行くぞ」
「はい、ローランド様」
ローランドに命令されたユキは嫌な顔1つせず、その後を追いかけていった。
その巫女らしい振る舞いに、邦彦は何もできず呆然と立ち尽くすままだった。
「な、なんだというのだあの娘は。ローランドが光の巫女を見つけただと」
邦彦が動けないでいる間にシルヴィーが声を震わせる。
その声に何とか邦彦も我に返る。
「女王陛下は、何もご存知なかったのですか?」
「当たり前だろう。この反応を見て私が騙しているとでも思っているのか」
信じられないことだが、ローランドしか知らない新たな光の巫女が現れたということか。
彼女は自身をユキと名乗った。
突然現れた謎の少女はどうやってローランドを取り込んだというのか。
「とにかくこのことは急いで機関に戻り報告を」
「いや、待て。本当にあの娘は光の巫女なのか? 力を使えるという話はローランドの口からしか発されていない」
シルヴィーの発言に邦彦も考え直す。
光の巫女の登場に最も混乱する者は誰か。
この場合は邦彦だろう。
ローランドは常々邦彦に一泡吹かせたいと思っていた人間だ。
(だが、騙されているで片づけていいのか。ユキはこちらの混乱を招くだけの役者だったのか)
そうだとしたら何と質の悪い悪戯だろうか。
いくらローランドと言えど、悪質な詐欺を決行する程悪魔に味方しているとは思えない。
(もし……もしユキが本当に魔王を倒せる光の巫女なら、田上さんはどうなる?)
千花は悪魔を倒す名目のもとリースに来た。
役目を果たせない今千花がリースにいる必要はない。
実質追い出すことと変わらない。
(いや、今の彼女にはそれが最善では?)
邦彦は記憶喪失になる前の千花を思い出す。
なぜ千花は単独でウォシュレイに行った?
邦彦に叱責されることも、最悪無惨に殺されることも千花はよくわかっていたはずだ。
『巫女様はお人形さんなの? って聞いてみたんだ』
テオドールに人形と呼ばれた千花の心境は、果たして穏やかでいられただろうか。
魔王を倒すことへの重圧。
自分が守られるために犠牲になる仲間。
傷つけられるトラウマ。
1人の少女が背負うには、あまりにも重すぎる半年間だった。
「女王陛下、1つご提案があります」
「なんだ」
邦彦が考え込んでいたことをシルヴィーは感知し、緊迫した面持ちで次の言葉を待つ。
「田上さんを、一度地球へ帰しましょう」
邦彦から発せられた言葉に、シルヴィーは反応できず固まる。
目を見開き、たった一文の意味さえ理解するのに時間がかかった。
「なぜ、お前がそれを言う?」
ようやく口から出てきた言葉は純粋な疑問だった。
千花を追い出すなど、邦彦が最も許さないことだ。
「それが最善だからです。今の田上さんを待っているより、ユキに任せればきっと失われる命は大幅に減少するでしょう」
「それは確実だろう。だが私が聞いているのはお前の心境の変化だ。お前のチカへの思いは、今までの者とは格段に……」
「もういいのです。光の巫女が世界を救ったという記憶さえ残れば。ユキが叶えられるのなら、田上さんは不要です」
邦彦の突き放す言葉にシルヴィーは叱咤を放とうとする。
それが国を2つ救ってきた少女に対する言葉かと。
だが、邦彦の表情を見て思いとどまった。
「……機関にはなんと?」
「光の巫女候補者選びについては一任させていただいています。今までも何人もの候補者が選ばれては抜けていきました。今回も同じだと思えば何も言われません」
「そうか。では、報告は頼んだ」
「失礼致します」
邦彦はそれ以上何も言うことなく淡々と出ていく。
シルヴィーは疲れ切ったように玉座に背中を預け、大きく息を吐く。
(もういいだと? ならばあのような顔をするな。あんな、全てを憎む顔など)
邦彦はきっと諦めきれていない。
いつか暴走するその心が、何の罪もない少女に向かぬよう今は願うしかなかった。




