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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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打つ手なしか

 シルヴィーはある報告に頭を抱える。

 女王にあるまじき行為ではあるが、目の前にいる邦彦は何も違和感を覚えない。


「本当に、なんということをしてくれたのか」

「申し訳ございません」


 シルヴィーの声には怒りというよりも取り返しのつかないことへ途方に暮れているといった表現が合っていた。


「命は奪われずに済みました。女王のご加護あってのことでしょう」

「戯言は止せ。命を護ったとして、戦えなくなれば巫女としての能力はなくなったも同然。女王の加護など何の意味も成していない」


 シルヴィーは心底悪魔を恨むように声を低くする。

 光の巫女候補者が現れた時にかけられる初めての加護。

 千花もシルヴィーに初めて出会った時かけられた。


「医師とも話し合い、記憶喪失以外の損傷はないとのことなので再び教育していくつもりでいます」

「仮に魔法が使えたとして、魔王に立ち向かうことができるのはこれから何カ月後になるか」


 シルヴィーの言う通り、千花が魔王を倒すことができたのはリースに来てから半年後のこと。

 短期間で魔王を2体倒せたとは言え、今は状況が変わってくる。


「人間には不利な海の地形、魔王を倒したという光の巫女の情報、戦力の不足。チカが魔王に勝てる見込みはほとんどない」


 もちろんトロイメアを易々と手放す気はないシルヴィーだが、打つ手はないに等しい。

 ここからまた光の巫女候補者を探すこともできない。


「ウェンザーズ、バスラへは使者を送っている。応援が来るまでは防御で耐え凌ぐしかない」

「バスラは増援が来るでしょうか」


 魔王の支配から解放されてまだひと月も経っていないバスラに救済を求めるのは早計かもしれない。


「今のままでは人間に勝ち目などない。藁にも縋りたいものだ」


 そう言うシルヴィーの声には苦渋が多分に含まれている。

 女王として、魔王を討てないことが屈辱でならないのだろう。


「機関の者達も、前線には立てないと」

「だろうな。あの方々はただでさえ王家の血を引いている我々に怨恨がある。むしろ魔王退治に協力していただいていること自体ありがたいことだ」


 最高位のシルヴィーが敬語を使用する程の不死の者達。

 やはりあの時ライラックが感情を抑えてくれただけで運が良かったのだと邦彦は思い知らされる。


「チカの回復を待つ他手立てはない。今はとにかく急いで復旧を……」


 シルヴィーが話していると、その声を遮り、邦彦の背後で大きく扉が開く音が鳴る。

 空気を読まないその行動に邦彦は何となく近づいてくる人物の正体を把握する。


「やあやあご機嫌よう女王陛下! ご気分はいかがかな?」


 この事態は宰相であるローランドも知っているはずだ。

 だと言うのにこの意気揚々とした態度はどういうことだ。


「出ていけローランド宰相。今話に付き合っている暇はない」


 いつもは宰相相手に強く命令できないシルヴィーもこの時ばかりは怒りを隠さず守衛に追い出すよう指示する。


「最近はやけに空気が澄んでおりますなあ。いやぁ気分が良くて高揚してしまいます」


 邦彦は後ろから近づいてくる声に対し、意識して聞かないよう努める。

 目の前にはシルヴィーがいる。守衛もいる。

 ここで一市民の邦彦が事を荒立てたら王家との繫がりが切れる。


(耐えろ。時が過ぎるまで)


 今は愛想笑いを浮かべることもできない。

 ローランドにこれ以上挑発されないように顔を背けるしかない。


「聞こえなかったかローランド。出ていけと言ったのだ」


 シルヴィーも怒気を強めて再び命令する。

 だがローランドが大人しく引き下がるわけがない。

 そして、守衛が追い出すこともない。


「そのような命令を今のトロイメア女王陛下が口にして良いのですかな?」

「何が言いたい」


 ローランドは鼻の穴を膨らませながら邦彦との距離を縮めていく。


「民は気づいていますよ。国に異変が起きたこと。女王陛下への不信感が高まっているでしょう」


 ローランドの言葉にシルヴィーは怒りを込めた表情に悔しさを含めた。

 事実は否定できない。


「嫌味だけを言いに来たのか? 随分気分がいいだろうな」

「そんなまさか! 宰相ともあろう者が無駄話をするだけに謁見いたしませぬ」


 何度も無駄話で謁見を邪魔された邦彦はすぐにでも当たり散らしたい気持ちを強く抑える。


「では何の用件だ」

「新しい光の巫女を用意しました」


 ローランドの言葉に堪らず邦彦は驚愕の表情で顔を振り向かせる。

 意表を突けたことが余程嬉しかったのかローランドは鼻息荒く扉の向こうを指した。


「彼女こそ本物の守護神と呼べる聖女ですぞ!」


 ローランドが指した先にはいつの間にか1人の少女が立っていた。

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