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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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物分かりの良い千花

 興人は訓練場に1人、大剣を構えながら立っている。

 その目は真っ直ぐ、遠くにある動かぬ的を射抜いていた。


「フレイム」


 興人が呪文を唱えると、大剣は炎に包まれる。

 そして間髪入れず大剣を振りかざすと、炎が弧を描き、刃となって的を真っ二つに割った。


「ふぅ」


 肩慣らし程度の攻撃。

 興人にとっては特別大層な魔法ではない。

 だがその攻撃に賞賛の拍手を送る者もいた。


「すごいすごい! 今剣から炎が出ましたよ!」


 拍手をしながら喜ぶ少女に興人は複雑な表情を向ける。

 照れ隠しではない。

 何せ、その少女もこの魔法は何度も見ていたからだ。


「これが魔法? どうやって出したんですか? 他の魔法も使えるんですか?!」


 好奇心旺盛な少女は端にあったベンチから立ち上がり、興人に詰め寄る。

 興人は仰け反りながら口を開く。


「順番に答えてやるから質問攻めしてくるな……田上」


 少女──千花は目を輝かせながら興人の魔法を興味津々で観察していた。




 3日前。

 脳を攻撃されたのなら何かしら障害を与えられることはよくわかっていた。

 命があるだけまだ運が良かった。

 そう思っていたのに、最も起きてほしくないことが千花の身に降りかかってしまった。


「いつ頃戻りますか?」


 症状や安否よりもまず治せるか聞いてきた邦彦にマーサは眉を寄せながら肩を竦めた。


「知らん。もう一度同じ所を殴れば元に戻るんじゃないか?」


 荒療治を提案してくるマーサの無神経さに邦彦は怒りを隠さず睨む。


「記憶喪失なんざ治しようがないことくらいわかってるだろう。できることと言えば1から魔法を叩き込むくらいだ」


 邦彦のことも忘れているとなると少なくとも1年と半分の記憶は抜けているだろう。

 今までの知識を短期間で教え込むなど千花の精神力が保つかわからない。


「あの……」


 邦彦とマーサの間に険悪な沈黙が流れる中、話題の張本人がおずおずと口を開く。


「ここ、病院なんでしょうか? 私、事故に遭ってしまったんですか?」


 不安げに聞いてくる千花だが、無理もない。

 彼女にとっては知らない場所で知らない大人に囲まれて何もわからない状態だ。


「脳波に異常はない。急く気持ちは十分理解してるつもりだが、巫女の混乱もわかってやれ」


 千花の不安をすぐに読み取ったマーサは擁護するように邦彦を宥める。

 どんな手を使ってでも千花の記憶を取り戻したいが、精神的な負担も考え、邦彦は仕方なく諦めることにした。


「そうですね。必要なことは伝えるとして、回復を待ちましょう」

「トロイメアは大丈夫ですか?」

「防御壁は既に張られています。攻撃されるだけならこちらが動かなくても対処できるでしょう」


 邦彦の言葉に興人は少しばかり安堵の表情を見せる。

 一方でトロイメアと聞いても千花が反応を見せることはなかった。


「で、何から話すんだい? 順番を間違えると余計混乱するだけだよ」


 邦彦は1年前を思い出す。

 そもそも千花が初めて異世界があることを知ったのは中学校で悪魔に襲われてからだ。

 わざと悪魔に接触することはできない。


「まずはここが異世界であることを説明します。混乱はするでしょうが、彼女は飲み込みも早い」

「まあそこは荒くてもそう差支えはないだろう。その後は?」

「田上さんが回復したら、日向君の魔法を見せます」

「急すぎやしないですか!?」


 邦彦の提案に興人は驚きの声を上げる。

 新しい環境に慣れるには、魔法は難度が高すぎる。


「口で説明したとして、覚えることが多すぎれば何も身につかない。現実か妄想か迷うのであれば、実物を見せた方が早い」


 邦彦の説明に、マーサも軽く音を立てながら息を吐く。


「どっちにしろ受け入れるまでに時間はかかる。パンクしすぎない程度に知識を叩き込んでやれ」


 着々と話が進められていく中、興人は戸惑いの表情を浮かべている千花を見下ろす。

 視線を感じ取った千花が目を合わせ、不器用ながらも微笑みかけてくるその姿に胸が苦しくなる。


「……わかりました。俺にできることがあればやります」

「お願いします。では明日から──」


 邦彦は流石教師として職を得ていると言うべきか、簡潔に要領よく千花に情報を教育していた。

 邦彦達が想像している以上に千花も理解が早く──記憶力はともかくとして──異世界があることに慣れたようだった。


「記憶を失くしたということは、何があっても元々私はそこにいたんですよね」


 理由を聞いたら返ってきた答えだ。

 千花らしいと言えば聞こえはいいが、やけに慣れすぎている気がする。


「では日向君、基礎で構いませんので魔法を見せてあげてください」


 そう言われたのがつい先程だ。

 そして現在、怯えるでもなくパニックになるわけでもなく、千花はマジックでも見ている子どものように興人の作る魔法に興味を示していた。


「そういえば、初めて魔法を見た時も似た反応をしていましたね」


 千花の隣に立って成り行きを見守っていた邦彦は思い出したように苦笑する。


「魔法はこれだけ? もっと色んな魔法が見てみたいです……えっと、日向君?」

「興人だ。そう呼べ」

「興人君」


 邦彦の呼び方を真似したのだろうが、当の興人本人は違和感しかない。

 記憶がなくなっただけで性格は変わらないはずだが。


「魔法が使えなくとも、これだけ受け入れられたら先は遠くないでしょう。教えるのは先でしょうが」


 邦彦は保護者のように2人を交互に見やり、腕時計に目を配る。


「大変恐縮ですが、しばらくお2人で過ごしてもらっていいですか?」

「トロイメアに行かれるんですね」

「ええ。今の状況で田上さんを連れ回すわけにはいかないので」


 欲を言えば四六時中千花を側においてすぐに無理をする彼女を監視しておきたい邦彦だが、それは大きなストレスになるだろう。

 マーサに半分犯罪だからやめろと釘を刺された。


「監禁にならない程度に、田上さんを1人にしないでください」

「はい」


 千花に聞こえないよう耳打ちで命じてくる邦彦に興人は頷く。

 千花は良くも悪くも特別だ。

 多少の自由は拘束されてしまう。


「では、よろしくお願いします」


 邦彦は訓練場を出ていく。

 一度の魔法でここまで喜ぶ千花だ。

 他の魔法も見せてみたら多少暇潰しになるだろうと気を遣い、興人が声をかけようとしたところで気づいた。


「…………ふぅ」


 千花が疲れた表情を浮かべて小さく重く、溜息を吐いていた。

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