味方だけど、仲間じゃない
明らかに周囲の空気が張りつめる気配を邦彦は体で感じ取る。
ライラックは黙っているが、激怒していることはよくわかる。
「……連れて行って、どうする」
大人として、ライラックも感情を抑えようとしているのだろう。
低い声で邦彦に更に質問を返す。
「魔王退治に協力していただきます」
簡潔に、最小限の返答だったが、ライラックはゆっくりと立ち上がり邦彦の首を片手で強く絞める。
「私達が、どうして地上に降りる必要がある? なぜ私達が地上に降りられなくなったか、まさか忘れたわけじゃないでしょう?」
下手をすればそのまま首がへし折れる程強く絞められ、邦彦は声を出さず顔を歪ませる。
こうなることはわかっていたが、いざ敵意を向けられると咄嗟の判断ができなくなる。
「世界を、救うために……必要なのです」
「私には関係ない。あいつらがどうなろうが、もう私には」
ライラックはもう一方の手も使い、邦彦の首を抉ろうとする。
流石に地雷を踏み過ぎたと邦彦が後悔していると、外から入ってきたライラックの片割れが呑気に間に入ってきた。
「なになに喧嘩ー? クニヒコは生き返らないから殺しちゃダメだよー」
気まぐれなテオドールに救われた邦彦は軽く咳込みながらライラックと距離を取る。
でなければテオドールへの怒りが飛び火するからだ。
「いつも邪魔してくる。あんたなんて大嫌いよ」
「あれ、ライラいじけてるの? 久しぶりに見たー」
「うるさい! 大体テオだって聞いてたでしょ。クニヒコは私達を地上へ送ろうとしてるのよ。あの地上に!!」
ライラックが激昂している所を見るのは20年ぶりかもしれない。
あの時も、宥めたのはテオドールだった。
「地上かー。300年は行ってないね」
「私はもう行かない! 内臓抉り出されるのも、魔物に食い散らかされるのももう懲り懲りよ」
ライラックがここまで激怒している理由は邦彦もよくわかっている。
不老不死の称号として、人体実験をさせられていたからだ。
時が経っても人を憎む心は止まない。
「僕は楽しかったけどなー。血がぶわぁって広がるの」
「じゃあ1人で行けば!?」
「ライラがいないとつまんないからここに来たんだよ」
テオドールは空中に浮かびながらライラックの肩を抱きしめる。
怒りすぎて肩で息をしていたライラックは睨むように視線を動かす。
「やだったねライラ。クールダウンだよ」
2人の立場が逆転している。
話の本質から大きく逸れているが、ライラックが落ち着くまでは邦彦も黙って待つ。
「ライラが行くの嫌ならリンリンに行かせれば?」
「……駄目。あの子ヴァンパイアだから海の中で泳げないでしょ」
「じゃあ人間になる薬飲ませたらいいよね」
「リンゲツを殺す気なのあなた。人間化と人魚化の薬飲ませたら体が爆発するでしょ」
落ち着きを取り戻したライラックが冷静に判断して首を振る。
その目が邦彦に向くと、軽く睨みながらも返答できるまでに落ち着いた。
「私もテオも地上には降りない。ノーズとも、二度とここから降りない誓約のもと人間に力を貸してるの」
邦彦も予想はできていた。
だからライラックに殺されかけても驚かなかった。
「私達は味方だけど仲間じゃない。覚えておいて」
ライラックは薬を棚から取り出すと、便ごと錠剤を大量に口に流し込んだ。
ただの抑制剤らしいが見ている側としては心臓が痛い。
「薬ならある程度作れる。だからまずは巫女を目覚めさせて。魔王退治はその後」
味方であって仲間でない。
その線引きがどれだけ難しいが、邦彦はそれ以上何も口にせず、部屋を出ていった。
「巫女様帰ってこれたんだ」
「なんで1人で行く程焦ってるのか、甚だ疑問でしかない」
「僕が薬渡して行ってらっしゃいしたからね」
「……ちょっと、どういうことよ」
テオドールが再び爆弾を落とし、ライラックは抱きついている片割れの腕を解きながら聞き返す。
「トロイメア国の騎士が人質にされてるから、早く行っておいでーってしたんだよ」
「まんまと嵌められたわけね。可哀想な巫女様」
ライラックは助けるつもりはない。
だが、救うべき王国にさえ敵視されている光の巫女に、少なからず同情せざるを得なかった。