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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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メイデン女王に取り憑いた魔王

 美貌を誇るだけあり、遠くから見てもその美しさは一目瞭然だった。

 腰まで伸びる癖1つない髪には女王の証なのだろう宝石に彩られた冠を身につけ、整った目鼻立ち、薄く引き伸ばしている唇、海に揺らめく尾ひれに非の打ち所のない身体。

 何を取っても彼女以上に人魚の女王を名乗れる者などいない。

 魔王でなければ。


(考える暇なんてない!)


 千花は魔法杖の先端をメイデンに向け、魔法を放つ。


泥の海(マッドシー)!」


 魔法陣はメイデンの頭上に発動され、大量の泥が降りかかる。

 メイデンは一瞥すると小さな渦を作って泥を弾き飛ばす。


「メテオ!」


 次に千花は尖った岩を四方に発動させ、一気にメイデンへ放つ。

 これも軽々と躱されるが、メイデンが岩に目を配っている間に千花は目の前にまで一気に近づいた。


(狙うのは頭!)


 魔法をいくら撃ったとしても1人で勝てないことは今までの経験で痛いほど知った。

 だが気絶させてしまえば魂を抜いて浄化すればいい。

 メイデンの後頭部を狙って千花は魔法杖を振りかざす。

 もう少しで衝撃を与えられるその寸前、メイデンが岩に向けていた手を魔法杖に変え、強く握りながら止めた。


(不意をついたのにっ)


 反射神経がいいのか、反対側を向いていたメイデンに攻撃を阻止され、千花は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。


「嫌ねお嬢さん、挨拶もなく攻撃するなんて、どんな教育をされてきたのかしら」


 メイデンは魔法杖が壊れてしまうのではないかと思うほど強く握りながら千花に微笑む。

 表面上は優しい笑みだが、正体を知っている千花は背筋に寒気を感じる。


(引き離さないと!)


 千花は魔法杖を翻し、メイデンの手から離す。

 すぐに後ろへ飛び下がった千花は体勢を整えた。


(もう1回)


 今の攻撃を防がれてしまえば打つ手はない、というわけではない。

 千花は1つ深呼吸をすると、床に向かって呪文を唱えた。


草の根(グラスルーツ)!」


 千花の呪文により太い緑の根が床を突き破って生えてくる。

 千花とメイデンの間を埋め尽くすように生えてきた無数の根はそのままメイデンに矛先を向ける。


「あらあら」


 メイデンは自分の周りに結界を張り、攻撃を防ぐ。

 根は床や柱を壊すだけだ。


(まだっ)

泥団子(マッドダンプ)!」


 千花は結界が壊れるまで魔法を繰り出し、好機を待つ。

 そんな千花の姿に結界を張りながらも、メイデンはくすくすと笑う。

 その笑みは幼い子どもの頑張りを微笑ましく見守っているようでいて、目は完全に苛立ちを覚えている。


「頑張っているのね。それは認めましょう。でも、あまりお遊戯に夢中になっている暇はないのよ」


 メイデンは結界の中から人差し指を立て、くるりと一回転させる。

 魔法陣の中から発動された水の球はゆっくり千花の魔法に当たり、全てを吹き飛ばした。


「嘘っ!?」


 たった1つの水の塊で魔法をかき消された。

 千花が信じられずたちまち声を上げてしまうが、メイデンは当たり前だと言うように不敵に笑う。


「人間も愚かですね。光の巫女の代わりにこんな小さい子を送ってくるなんて」


 メイデンがまるで憐れむように頬に片手を置く。

 その独り言に千花は耳を疑う。


(何を言ってるの)

「光の巫女は私。指示に従ったんだからトロイメアの騎士は解放して」


 まくし立てる千花だが、メイデンは聞く耳がないのか眉根を寄せる。


(わたくし)は魔王2体を簡単に退けた者を呼んだの。戯言は嫌いよ」


 本当に目の前に光の巫女がいるというのに全く信じていない。

 これは騙して捕虜になるフリをしながら首を狙えるかと頭をよぎった千花だが、メイデンはやはり魔王だった。


「約束を破った人間の国は水没させましょう」


 千花は最悪の事態を一瞬で理解する。

 自分が光の巫女の影武者だと思われている今、それが何を意味しているか。


「違う! 本当に私が光の巫女なの!」

「その必死さが嘘つきの本性でしょう。魔王を騙そうとした罰、まずはあなたに与えてあげます」


 嘘をつき続けてもいいことがない。

 一刻も早く誤解を解かなければ、千花はこのまま死に、トロイメアは壊滅する。


(なりふり構っていられない! 命が取られたとしてもトロイメアだけは救わないと!)

「イミルエルド!」


 千花は魔法杖をメイデンに向け、わざと巫女だけが使える浄化魔法を発動する。

 魂を抜き取らなければ意味がないことはわかっても、証拠は残さなければならない。


「馬鹿な子」


 しかし浄化の光が収束しても尚メイデンは嘘つき呼ばわりを訂正しなかった。

 それどころか千花の足下に向かって魔法陣を発動する。


「たかが魔法の真似、子どもだってできるでしょう。あの世から恨みなさい。あなたを生贄に選んだ愚かな人間達を」


 魔法陣はたちまち檻のように千花を囲み、身動きを封じる。

 千花は逃れようと身を翻すが、その直前で後頭部に衝撃を与えられる。


「あっ!」


 鼻血を出しながら千花の意識は薄れていく。

 檻は仄かに光り、千花を包むように爆発しようと膨らむ。


「嘘つき者には罰を」


 メイデンの合図と共に魔法陣が爆発する。

 死を予感した千花だが、その寸前、何かに体を持ち上げられた。


(だ、れ……?)


 顔を確認する暇もなく、千花の意識は途切れる。

 爆発後、女王の間にはメイデン以外誰もいなかった。


「藻屑になったか、逃げられたか。私には関係ありませんね。さあ、人間を始末する時間がやってまいりました」


 メイデンは玉座に座り直しながら、悲鳴を轟かせる人間の姿を想像し、醜く笑った。

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