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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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魔王の座へ

 口が利けない彼は黙って目の前で起こる醜い半魚人とその男に食い散らかされた可憐な少女の死体を見つめるばかりだった。


「人魚の肉はいつ食べても絶品だぁ。女の肉は特に柔らかい」


 半魚人は血だらけの口を拭きもせずケタケタと笑いながらご満悦なようだ。


「おいお前ぇ。このゴミ片付けろよぉ。雑魚を殺さずに働かせてやってるんだから感謝しろぉ」


 半魚人は彼を指さして命令する。

 逆らうことができない彼は口答えすることもなく横たわった血だらけの死体を抱える。

 下の階層にある「生ゴミ入れ」に捨てるだけだ。


(ニン、ゲンが、いた)


 牢屋で少女を連れ去る際、奥の方に隠れている娘が目に入った。

 2本の足を持ったあの生き物は人間で間違いないだろう。

 元々の自分の種族。


(ミコ様)


 口が利けなくとも身振りで侵入者を報告することはできた。

 だがしなかった。

 人魚の方が大事だから? 自分の保身のため?

 違う。


(ミコ様、助けに来てくれた)


 あれは紛れもなくトロイメアにいる光の巫女候補者と呼ばれる娘だろう。

 魚人の体にされてから脳が破壊されていく。

 今はまだちぎれそうな糸ほどには人間の理性が残っている。

 今ならまだ光の巫女が人間に戻してくれるかもしれない。


(女神よ、お助けアレ)


 騎士は悪魔に逆らうことのない自分にできないことを、少女に強く期待した。






 牢屋から神殿の入口まで戻ってきた千花は今まで以上に気を引き締めて辺りを見回す。

 ウォシュレイ内部に誰もいなかったため気を緩めていたが、実際に敵はいたのだ。

 もし幽閉されている彼女達との話を聞かれていたら今頃血眼になって捜されているだろう。


(ここを真っ直ぐ行けば魔王がいる。敵もたくさんいる)


 ここから先は一寸の油断も命取りになる。

 守ってくれる者はいない。

 千花は吐き気すら覚える程の動悸を手で握るように抑えながら足を進めた。


(ナギサに聞いてよかった。こんな迷路になってるなら、いつまで経っても魔王に辿り着けなかったもの)


 表面はシンプルな設計になっていたが、ナギサの言う通り深く入っていくと上下左右に道が続いていた。

 更にランタンも壊れた物も点在しているため牢屋と同じくらい周りは見えない。


(壁伝いに進まないと、どっちへ進んでいるかわからない)


 千花は1歩1歩壁に手を付きながら進む。

 これで知らない間に敵陣地へ進んでいたら自殺しているようなものだ。


(このまま真っ直ぐ、階段を上って)


 泳いで進む人魚の国になぜ階段があるのか、と疑問に思い、きっと人間も使うからだろうと簡単に答えが出る。

 水中で歩ける薬を飲んでよかったと千花の足が階段にかかった瞬間、右から水面を漂うくぐもった音が聞こえてきた。


(!)


 千花は一気に警戒心を高め、来た道を戻り壁に張りつきながら息を潜める。

 その直後、今しがた千花が立っていた所を成人男性並みの半魚人が通り抜けていった。

 暗いが、その手には一刺しで体を貫ける程の槍を持っていることはわかった。


(気づかれないように、動かないように)


 こんな暗闇でも意思疎通ができるということは人魚はきっと目がいい。

 少しでも動けばこちらに違和感を覚えるだろう。

 賭けにも近い時間に千花の体からは汗が止まらなくなる。


(気づくな、気づくな)


 魔法杖を握る両手が痛い。

 半魚人がその場にいたのはたったの数秒だろうが、千花にとっては永遠とも思える時間だった。


「……イナイ」


 半魚人が口を開いたので千花は最悪の事態を想像したが、一方でそれは何もなかったように辺りを探索してから左へと泳いでいった。


(き、気づかれなかった?)


 千花は寿命が縮まる感覚を覚えながら大きく息を吐く。

 半魚人の姿が見えなくなったことを確認し、気を取り直して千花は階段へ差しかかった。


(この上に魔王がいる)


 転ばないように震える足をしっかり地につけながら着実に歩いていく。


(もう少し、後少し……)


 自分に言い聞かせながら千花はぐっと唇を引き結ぶ。

 魔王の姿が見えた瞬間魔法を撃つように狙いを定めておく。

 海中のため階段を登っていってもそこまで息が上がらないはずだが、緊張から動悸が激しくなる。


(……柱?)


 いつまで続くかわからなかった階段だが、変化は突然やってきた。

 目の前には屋根まで届く太い柱が2本経っていた。

 そして、目の前には長い廊下が。


(着いた!)


 先へ進んでいくと均等に並んでいた柱が所々欠けていることがわかる。

 いつ崩れるかヒヤヒヤする。


(きっと、こっちに行けば魔王が)


 千花は進んでいく。

 鉛のように動かなくなってくる足を叱咤しながら。

 そしてその時は来た。


「あら、いらっしゃい人間のお嬢さん」


 真珠が散りばめられた深い玉座に座している美しい人魚。

 魔王に乗っ取られた、女王メイデンの姿があった。

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