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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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約束したの

 千花が状況を理解できずに呆然としていると、不意にすすり泣く音が聞こえてくる。


「もういやぁ。早く帰りたい……」


 その言葉を皮切りに檻の中から苦しそうな、悲しそうな声が響く。

 千花は警戒しながらも外に出て、檻があった所へ戻る。


「私の手首を掴んだのは誰?」


 千花が再び戻ってきたことに檻の中はまた静けさを取り戻す。

 闇に少しずつ慣れてきた千花が見ると、檻の中には少しの身動ぎも苦しそうな程に詰め込まれた人魚がいた。


「あたしよ」


 千花が黙って待っていると不意に答えが返ってきた。

 はっと顔を上げると檻を挟んで目と鼻の先に人魚が顔を合わせていた。

 完全には見えないが、千花と同い年か少し年が上の娘であることはわかった。


「あなたが助けてくれたの?」

「勘違いしないで。人間がこんな所にいたらあたし達が匿っていると思われて罰を受けるだけだからよ」


 快活そうなショートカットの髪に物怖じしない性格だ。

 だがその声には疲弊が見られる。

 ずっとここに閉じ込められているのなら当たり前だろう。


「連れていかれたあの子はどうなるの?」

「あなたには関係ないでしょ」

「いやだから私魔王を倒しに」


 千花が反論しかけたところで人魚は憎しみを込めて睨む。


「そうやって望みを持たせて裏切るのが人間じゃない。人魚が束になって勝てない相手に弱そうなあなたが太刀打ちできるわけないでしょ」


 人魚の鋭い言葉に千花は口を噤む。

 肯定したくはないが、否定もできない。

 彼女達と和解することはできないだろうと半ば諦めていた千花だが、突然足元で声が聞こえた。


「ねえ、あなたはどこから来たの?」


 声のする方へ顔を向けると人間で言う4歳程の人魚が千花を見上げていた。


「ちょっと! シオは隠れてなさいって言ったでしょ!」


 シオと呼ばれた人魚は隣から咎められても千花の目を見つめ、答えを待っている。


「か、海岸から? 道がわからなかったけど人魚が1人案内してくれたから」

「外に人魚がいたの?」


 張りつめた空気に似つかわしくない興味津々な声に千花も度肝を抜かれる。

 下手なことを言ったら今度こそ売られるかもしれないと怯えながらも答えるしか道はない。


「髪が長くて、美しい顔をしてて、綺麗な声で歌ってる男の人魚が……」

「カイト王子のこと!?」


 千花が案内してくれたあの人魚の詳細を伝えると、途端に後ろから驚きの声が上がった。


(静かにしてなきゃいけないのに皆抑えられないんだな……)


 3年もこんな暗闇に幽閉されていれば箍が外れてもおかしくないが、このままだとまた監視が来るだろうと千花が焦っていると、シオが花のような笑顔を後ろの人魚達に向ける。


「王子様生きてたの! 良かったね、助かるよ」


 シオは狭い牢屋でも昂る心が抑えられないのか尾ひれを振って喜ぶ。


「ねえ人間さん! 王子様はどこにいるの? 一緒じゃないの?」


 シオが目を輝かせながら千花に聞いてくる。


「あの、ここまで案内してくれた後は元いた所に戻っていったけど」


 その勢いに気圧されながら千花が答えると、奥から落胆の声が聞こえてきた。


「そりゃそうよ。そのために王子だけは外に出したんだもの」


 その言葉で千花はあの場所に人魚がいた理由をようやく理解した。

 あの人魚は、仲間の犠牲の元助かったというわけだ。


(だから助けられなかったんだ。自分が戻ったら仲間に何されるかわからないから)


 千花は人魚の何も映さない表情と哀しそうな歌声を思い出し、拳を強く握る。


「魔王はどこにいるの?」


 千花が一言問いかけると何度も言わせるなとばかりに少女が語気を強める。


「人間には関係ないでしょ。いい加減出てって。私達を無駄死にさせたくなかったら……」

「お願い教えて。私、そのためにカイト王子と約束したの」


 千花の言葉に人魚は信じられないと言うように目をこれでもかと見開く。


「そんなの嘘よ! 王子が約束なんてするはずがない」


 もちろん千花が話を進めるために吐いた嘘だ。

 普通の状態ならこんなハッタリに騙されるわけがない。


「約束してないのに魔王の巣にのこのこ来ると思う?」


 だが今は普通ではないのだ。

 ずっと牢屋に閉じ込められているということは彼女達は王国騎士団が来たことは知らないだろう。


「で、でも」

「もういいよナギサ。人間さんの言うことに従おう」


 尚も拒絶しようとする人魚──ナギサと呼ばれていた──は他の人魚によって止められた。


「このまま待ってようが人間さんに女王……魔王の場所を教えようがどっちにしろ殺されるんだよ。それなら秘密にする必要はないよ」


 言葉の1つ1つに諦めの感情がこもっており、それだけ酷な目に遭わされた人魚に千花は胸が抉られる。

 説得の後、ナギサは辛そうな表情をした後、千花に向き直った。


「あなた、名前は?」

「千花」

「そう。入口から正面の道を通って上の階段を進むの。そこが女王のお住まいだったから。左右に続く道は敵がいる。下は絶対ダメよ。人魚の無惨な姿を見たくないならね」


 細かく教えてくれたナギサに驚きと共に千花は心の中で反芻する。

 恐らく最後の言葉は脅しではなく親切心だろう。

 きっと、その姿を見たことがあるから。


「ありがとう。待ってて、ナギサ」


 千花に礼を言うと、引きとめられる前に牢屋を後にした。

 ナギサはその後ろ姿を見ながら再び歯を食いしばる。


「やっぱり言わない方が良かったわ」

「今更何言ってるの」


 ナギサの悔しがる姿に他の人魚が聞き返す。


「だってあの娘泳げないのよ。海を生きる私達でさえ勝てないのに、情報だけ教えて見殺しにしたようなものじゃない」


 千花と名乗った少女が死んでいった同胞のように肉塊にされる姿を想像して、ナギサは恐怖と憎しみで涙を流した。

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