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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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牢屋に残された人魚たち

「ひっ!?」

「しっ!」


 悲鳴を上げる千花の口を冷たい何かが押さえつける。

 千花は抜け出そうと必死にもがくが、口と手を押さえられては満足に動くこともままならない。


「暴れないで。あなた人間でしょ。魔王の味方ではないわよね?」


 耳元で千花を宥めるような高い声が聞こえてくる。

 千花は体を強張らせながらも魔王という言葉に反応を見せる。


「傷つけるつもりはないから、魔王の味方じゃないというならこのまま大人しくして」


 少しずつ平静を取り戻してきた千花は自分の口を閉じているその手に水かきがついていることを知る。

 この手の持ち主は、紛れもない人魚だ。


(大人しくしないと殺されるかもしれない。従っておこう)


 魔法杖からは手を離さず、だが警戒は見せないように体の力を抜いた千花を信用してか、手の持ち主は口のみ解放した。

 手首はまだ拘束されたままだ。


「声を出し続けてたら気づかれる。手短かに答えて。あなたは何しに来たの」


 千花は迷う。正直に答えて吉と出るか凶と出るか。

 どう答えるべきか悩む千花に手首を掴んでいた力が強くなる。


「早く答えて。手首を折られたくなかったら」


 今でも十分折れる気がする程手首に激痛が走るが、ここは白状するしかないだろう。


「魔王を倒しに」


 命令通り簡潔に用件を伝えた千花の耳に、遠くから怯えた悲鳴が聞こえた。

 次いで慌ててその悲鳴を咎める声も聞こえる。


(人魚がたくさんいる?)


 千花は平静を失わないように保ちながら聞き耳を立てる。

 微かではあるが、実際聞いてみると確かに息づかいがあちらこちらから聞こえてくる。


(敵、だとしたらもう集団で殺しに来てるはず。錆びついた長い棒に暗闇に近い場所で生活している人魚達……つまりここは)

「牢獄?」


 千花の言葉に手首を掴んでいた手は反応を示す。

 力こそ抜いてもらったものの捕らわれていることに変わりはない。


「あなたが信じるに値する人間か証拠がない」

「そう言われても」


 千花だって牢屋に閉じ込められているこの人魚達が味方かわからない。

 というより正直に魔王退治に来たと言ったのにそれでもまだ信じられないと言うのか。


(どうしよう。とりあえず手だけは離してほしいけど、説得するしかないかな)


 こんな所で時間を食っている暇はない。

 千花が何とか信用してもらおうかと口を開いた瞬間、後ろから声が張り上がる。


「見張りが来たわ! 皆静かに!」


 ある人魚の言葉に一斉に他の人魚達も身を強張らせて緊張が走る。


(魔王群の方? いや、考えてるより先に見張りが来たら私が餌にされる。何とか逃げないと……っ?)


 千花が急いで手を振りほどこうとした瞬間、それまで離す気などなかった人魚がすぐに手首を解放した。

 そして耳打ちしてくる。


「もっと奥に行って。1つ壊れてる牢屋があるからそこに隠れるの。見張りもそこまでは行かないから」

「え、なんで」

「いいから早く!」


 千花が呆然としていると急かすように耳元で焦りを含みながらまくし立てる。

 千花は反射的に暗闇へと向かった。


(壊れた牢屋、壊れた牢屋……痛っ)


 慌てて探していると体に何かがぶつかった。

 開閉できるその何かが扉であることはすぐにわかった。


(閉まってない、これだ!)


 千花は急いで中に入り、扉を閉める。

 同時に反対側からランタンの光が近づいてきた。


「さあさあ美しい魚達よ。お仕事の時間だぞぉ?」


 舐めるような気色の悪い声が響く。

 気づかれないように注意しながら千花が外を覗くと、ランタンの光に照らされた全身青白い半魚人が見えた。

 目つきも悪く、先程見た人魚と比べると余程醜い姿をしている。


(あれって、映像で見た時と同じ人魚?)


 魔王が送ってきたホログラムにはトロイメアの騎士が人魚にされた映像が映っていた。

 そして今眼前に広がる醜悪な半魚人は同じ容姿をしていた。


「おしゃべりする声が聞こえたぞぉ? 誰だ無駄話をしていたのはぁ?」


 半魚人は檻の中にいる人魚を舌なめずりしながら見回す。

 誰も答えないが、遠くにいる千花でもその気味の悪さに身震いする程だ。


「おいおいぃ? 聞かれたことにはすぐ答えろって言ったろぉ? また鞭打ちされたいのかぁ?」


 頭に血が上った千花はそのまま出ていこうとする。

 油断しきっている半魚人だけなら奇襲で対処できそうだ。

 そう思い出ていこうとする千花だが、身を乗り出した時に気づいた。

 半魚人の後ろに鎧を纏った同じ半魚人がいることに。


(何も話さない操り人形みたい。違う、あれが騎士だった人達だ)


 1人なら、と思ったが、敵が3人もいると仮に戦えたとしても檻の人魚を人質に取られかねない。


「まあいいさ。さあ、今日の慰め役は誰になる?」

(慰め役?)


 千花が出られず迷っている間に半魚人は牢屋を開け、ランタンの光を元に人魚を見回す。

 そして何を思ったか1人の幼い少女の手首を掴んだ。


「今日はお前だなぁ」

「い、いや」


 少女は体を強張らせ抵抗しようとする。

 その華奢な体躯を乱暴に懐に収め、半魚人はその白い肌を汚らしく舐める。


「ひぐっ」

「っ!」


 千花は吐き気を催しそうになる。

 あの半魚人に一発喰らわせられればどれだけ気分が晴れるだろうか。


「さぁてさてさて、慰め役も決まったところだ。今日もいい子でいるんだぞぉお前達。もし何か企んでいるなら別に捕らえている男共を燃やすからなぁ?」

「いや! 助けてみんな! お母さん!!」


 泣き喚く少女は半魚人に俵のように担がれながら牢屋を出ていく。

 その直前、騎士と思われる半魚人が千花と目を合わせた。


(まずい!)


 完全に気づかれたと思った千花は呼吸を止めながら魔法杖を構える。

 先手必勝とばかりに呪文を唱えようとしたが、意に反して半魚人は何も言わず、目線を外した。


(え? 今絶対気づかれたのに)


 半魚人はそのまま戻っていった。

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