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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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リースの海

 扉が開き、降り立った先を見て千花はその景色に口を開いたまま固まる。


「これがリースの海」


 海のない所で生まれ育った千花だが、流石に何度か日本にいる間に海に行ったことはあった。

 記憶に残る千花が知っている海は砂や汚れで濁っていたはずだ。

 だが目の前に広がる大海は空が反射する程に透き通っている。


「きれい」


 千花は太陽の光で輝いている海に自然と足を踏み入れようとする。

 しかしその直前で押し寄せてきた波が足にかかり、我に返る。


(違う、私は遊びに来たんじゃない。ウォシュレイに行かないと)


 あまりの美しさに真の目的を忘れていたが、千花は気を引き締めて手に握っていた小瓶を2つ見つめる。


「1回何錠飲めばいいんだろう」


 焦って受け取ってしまったが、用量だけは聞いておくべきだったと少し後悔している。


(1錠ずつ飲んで、効果がなかったら量を増やそう)


 ライラックが作る薬だ。

 大量に飲んではいけないことだけは千花もわかっている。

 自分の体が変化することには怖気づくが、ここで進まなければウォシュレイには行けない。


「っ」


 意を決して薬を2粒飲み込む。

 白く小さい錠剤は喉に引っかかることもなくすぐに体内に入っていった。


(別に、なんともない?)


 即効性のある薬ではないのか、はたまた1粒では足りなかったか。

 体の変化に戸惑う千花だが、効果は突然やってきた。


「うっ!?」


 上空から鉛を降られたように体が重力に耐えられなくなる。

 必死に呼吸をしようとするが、肺が機能していないのか息の吸い方がわからない。


(し、死ぬ、息が、できな……)


 立っていることもできず、砂浜に両手をつきながら千花は酸素を求める。

 苦しむ千花の手に、波が押し寄せてきた。


「うぅ……ん?」


 悲鳴を零す千花だが、手のひらに海水がついた瞬間少しの間だけ呼吸が楽になった。

 すぐに状態は戻ってしまうが理解できた。


(海!)


 千花は力を振り絞り目の前の海水に向かって飛び込む。

 大きく1歩踏み込むと、浅く体が沈んでいく。

 そのまま更に奥へ進むと、完全に海へ入っていった。


「息ができる」


 苦しさに海の中で大きく息を吸ってしまった千花だが、海水が体内に入ってくることはなく、むしろようやく空気を取り込めたと言わんばかりだ。


「薬の効果ってこと?」


 試しに千花は腕を大きく動かしてみる。

 泳ぐことはできるが、動きづらさは感じず快適だ。


「効き目抜群だなぁ」


 魔法を知らなければ一生体験できないその自由と不思議さに少々戸惑いながら、千花は改めて海の中を見渡す。


(すごい。海なのに明るい)


 太陽の光が届かないはずの海だが、千花に待っていたのは奥でキラキラと光る何かだった。

 近づくと珊瑚の形をしていることがわかる。


(光るサンゴなんて初めて見た)


 地上からは離れていくが、千花はその美しさに目を奪われ、どんどん海底へと進んでいく。

 色とりどりの小さな魚も周りをゆらゆらと泳ぎ、まるでセンサーが働くかのように近くへ行くと珊瑚が光って招いてくれる。


(本当にこの海が国そのものなんだ。案内されている雰囲気が伝わってくる)


 千花は当初の目的を忘れないようにしながらも更に海底を警戒しながら泳いでいく。

 「国」と呼ばれているのであれば少なくとも建造物の1つや2つあるだろう。

 王国の騎士が囚われているとするならば牢屋らしきものもあるはずだ。


(ここがもうウォシュレイの内部だとすれば私の侵入がバレててもおかしくない。いつでも対処できるようにしておかないと)


 千花は片手に魔法杖を握りしめる。

 殺意や気配を感じ取れるほどの能力はない。

 怪しい物を見かけたらまずは攻撃しなければと考えた矢先、優雅に泳いでいた魚達が突然同じ方向へ駆け出していった。


「えっ!?」


 歓迎されているように見えた景色から一変、まるで侵入者の危険を知らせるように忙しなく動く小さな魚達。

 異様ともとれる行動に千花が攻撃しようと杖を構えた瞬間、ぐん、と体が無理矢理引っ張られた。


「何?!」


 咄嗟に掴める物をと手を伸ばしたが、ここは何もない海。

 光る珊瑚を掴んでも千花の方が圧倒的に強く1房ちぎれてしまう。


(多分これはまずいやつ!)


 千花が対策を考えている間にも勢いが強まる海流に何も抵抗できず、段々と奥へ奥へと連れ去られる。


(怖い!)


 海底に行こうとはしたが、得体の知れない物に引っ張られることは恐怖でしかない。

 もがいてももがいても流れに逆らうことはできず、そのまま国も追い出され海の藻屑となるのではないか。

 想像しただけで血の気が引く。


(こんなの、どう対処するばいいの)


 ウォシュレイに行くこともできず自然の脅威で殺されるのか。

 千花が絶望しかけた瞬間、願いが叶ったかのように急に流れが止まり、再び穏やかな海が戻ってきた。

 身を任せかけていた千花は止まったことを理解できず目を丸くするばかりだ。


「ほ、本当に何だったの……?」


 大分奥まで進んだのか、既に太陽の光は届かない場所まで来ている。

 海底(ここ)まで来ると珊瑚の光だけでも足りず、暗い空間だ。


(やっぱり、少し不気味)


 敵と衝突しないように、ここからは慎重に進む。

 必死に握りしめていた魔法杖を構えながら千花はゆっくり海を泳ぐ。


「……──」

「ん? 今なにか」


 音が遮断された海の中で高い声が響いた気がした。

 気のせいかと思いつつ一度歩みを止め耳をそばだてる。


「────あぁ」


 やはり小さく聞こえてくる。

 消え入りそうな程に弱々しく、優しい歌が。

 千花は少しずつ、声のする方へ歩いていく。


(この声は、女王じゃない)


 敵かもしれない。

 だが何か握っていることは間違いない。

 千花が1歩、2歩、とゆっくり近づいていくと仄暗い先の方に丸い石が積み上がっただけの塔を見つけた。

 人工物とも言えそうな塔の頂上を見ると人影があった。


「あぁ──」


 人影が口を開くとか弱い声が海に響く。

 下から見ただけでもわかる。

 上は人と同じ裸体、下は小さな鱗が1つずつ連なる大きな魚のヒレ。


「あれが……」


 海を守る、人魚そのものだった。

 

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