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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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薬がない

 昔々、深海に眠る国があった。

 海の底に沈んだ岩だらけの宮殿。そこには海を統べる美しき人魚が棲んでいた。

 人の形を成した半分の体に、光に反射して煌めく鱗が映える魚のヒレ。

 人魚の国を治めるは、彼らの中でももっとも美しいと言われた女王。

 海のように広い慈悲の心と、海を操る程の強大な力を持って、閑かで平穏な国を守ってきた。

 穏やかな海は生きとし生ける者を見守る偉大な母である──はずだった。






(田上さんの様子を一度も見ていないが大丈夫だろうか。日向君に任せきりになってしまっている)


 邦彦が水晶玉の件を聞いていることは千花もわかっている。

 今顔を合わせて千花のプレッシャーを増やしても、と思い距離を置いていたが、1週間も経てばやはり確認はしておくべきだろう。


「失礼しますマーサさん」


 邦彦はイアンの部屋の前から医務室へ来た。

 客室もない機関では半分千花の部屋になっている。


「クニヒコか。チカをお探しかい? 2時間前から訓練場にいるはずだよ」

「2時間も? 過度な運動は危険と念押ししましたが」

「私だって何度も言ったが、無駄に闘志が芽生えちまったあの子が1人になりゃ時間を忘れることもあるだろうね。オキトがいりゃ休み休みやるだろうが」

「わかっていたなら様子を見に行くくらいしてください」


 それで再び魔力切れを起こしても体は傷つくだけだ。 

 邦彦が外で耐えてきた分のストレスもそのまま放出すると、マーサは「知るか」と言うようにため息を吐く。


(訓練での時間の使い方も、彼女に教える必要があるか)


 邦彦はその足で訓練場へ向かう。

 魔力の使い過ぎでまた倒れていなければいいが、と思案しながら訓練場を開けると、中は不気味なくらい静かだった。


「田上さん?」


 試しに名前を呼んでみるが、無駄だということは本人がよくわかっている。

 訓練場は死角がないためどこかに入ればすぐわかるはずだ。


(訓練場にも医務室にもいない? まさかトロイメアに行ったか? いや、ローランドの件は田上さんも怯えるほどだった。断りなしに行くことはないだろう)


 この場に興人もいないということは2人で課題を行っている可能性もある。

 あまり年頃の男女2人きりで狭い部屋に過ごしてほしくはないが、そこまで詰めると口うるさいだけだろう。


(もう一度2階に行って)


 千花が見つからなければ胸のわだかまりは解けない。

 残っている仕事は山ほどあるが、今は捜すことが第一優先だ。


(日向君の部屋、は……)


 興人の元へすぐに向かおうとした邦彦だが、ふと自室を見て違和感を覚える。

 違和感の理由はわからないが、急いで部屋の中に入る。


(いや、何もないか?)


 電気のついていない部屋は暗く何があるかわからない。

 邦彦は灯りを点け、周りを物色する。

 自室だというのに何故ここまで胸騒ぎがするのか。


(やはり何も……)


 違和感は勘違いだったか、と何も置いていない机を見てその正体に気づく。


(何も、ない? 薬は?)


 机の端に並べておいた薬はどこに行ったのだろうか。

 ライラックから受け取ったあの日から動かしていない。


「まさかっ」


 最悪の事態を信じることができず邦彦は引き戸を開け、物が少ない部屋を隈なく探していく。


(確かに部屋には鍵はついていない。だが機関に窃盗が入るわけはないし、あいつらが機関の居場所を知っているはずがない)


 邦彦の部屋に侵入できるのは部屋を知っている機関の者だけだ。

 あの薬の正体も知っているとなれば、千花がウォシュレイに行くこともよくわかっている人物。


「ライラックさん!」


 邦彦は怒り混じりにライラックの部屋へノックもせず入る。

 研究に没頭していたライラックは驚くこともなく、邦彦へ顔を向けることもなく口を開く。


「そんな叫ばなくても聞こえてるわよ。やかましい」

「僕がいただいた薬、どこにやりました?」


 マーサが責めた言葉を吐くが、邦彦は挨拶も謝罪もなく本題を切り出す。


「はあ? あんたにやった薬はそのままあんたの所にあるでしょ。まさか失くしたとでも?」

「そのまさかが起きてるんです。僕はあれから一度も瓶に振れていません」

「機関内で窃盗が起きたとでも?」

「それ以外何か考えられますか?」


 緊迫した室内で2人は言葉を交わしながらお互いを敵と認識しているように睨み合う。

 しばらく沈黙が流れた後、苛ついた様子でライラックは大きくため息を吐いた後、以前の瓶よりも更に小さい瓶に入った錠剤を手渡してきた。


「私は盗られたであろう薬については何も知らない。前にも言ったがあれは飲み過ぎると人体の形を大きく変える危険物。さっさと犯人見つけて薬を取り返してきて。三度目はないから」


 その瓶の中身があの2つあった薬の予備だということはすぐにわかった。

 ライラックが犯人でないとすれば誰が盗ったのか、疑問は残るばかりだが、邦彦は礼を言って受け取ると部屋を後にした。


(ライラックさんじゃない? 薬のことは誰にも言ってないし、彼女も言うわけがない。とすれば、あの時盗み聞きできた人物)


 透明化の魔法が使えるのは機関内では2人。

 リンゲツは除いていいだろう。彼女は波風を立てることが好きではない。

 消去法として残るは。


「おかえりクニヒコ! 地上は楽しかった? それともイライラした?」


 邦彦が犯人の名前を呼ぶ前にテオドールが頭上から逆さまに降りてきた。

 普段であればその軽口も適当にあしらうだけだったが、今日はそうはいかない。


「テオドールさん、1ついいですか」

「何ー?」

「僕の部屋にあった薬、ご存知ないですか」


 邦彦ができるだけ声を荒げないようにテオドールに問う。

 テオドールは「あはは」と笑いながらすぐに答えた。


「巫女様にあげたぁ」


 冷静に、怒らないように、と何度も己に言い聞かせたが、いい加減堪忍袋の緒が切れた。

 気づけば邦彦はテオドールの頬を拳で殴っていた。


「わあ、クニヒコの本気の怒り顔久しぶりに見たぁ。そのまま首も切っちゃえば良かったのにぃ」


 痛みに悶えることも狼狽えることもなく無邪気な子どものように笑うテオドールに殺意に近い感情を覚えた邦彦はそのまま拳銃を構える。

 そのまま撃ち殺してやろうかと引き金に手をやるが、運がいいか悪いか、飛行船が急に揺れ、体勢を崩すと共に我に返る。


「……なぜ、田上さんに薬を渡したのです」

「だってその薬が必要なのは巫女様でしょぉ? 早く渡してあげないと戦いにいけないじゃん」

「田上さんには僕から行くことを伝える予定だったのです。余計なことをされては困ります」


 邦彦が怒りを殺せず、だが殺意だけは思いとどめてテオドールを責める。

 だがテオドールはわからないと言うように首を傾げる。


「巫女様も同じこと言ってたけど、なんでクニヒコが魔王退治を命じるの? 好きな時に行って戦えばいいよね」

「田上さんは自分の実力をまだわかっていない。行かせても無謀なだけです」


 純粋に疑問を呈するテオドールは更に無垢な顔で口を開く。


「だから言ったんだ。巫女様はお人形さんなの? って。そしたら違う、戦えるって言うから薬渡してあげたんだよぉ」


 テオドールは全貌を説明してくれないが、その言葉だけで大体の経緯(いきさつ)がよく理解できた。


(田上さんは魔王退治を焦っていた。そこにトドメを刺されたか)


 邦彦は奥歯を噛みしめ、テオドールから離れようとする。


「どこ行くのぉ?」

「決まってるでしょう。ウォシュレイに行って田上さんを連れ戻します」

「魔法が使えないクニヒコが行っても時間の無駄じゃなぁい?」

「そんなこと……」

(自分が1番よくわかっている)


 後ろでテオドールが能天気に宙を舞う中、邦彦はライラックからもらった薬を手に暴走しかけている彼女を探しに行った。

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