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光の巫女  作者: 雪桃
第6章 機関へ
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私はお人形じゃない!

 ウォシュレイのメイデン女王から挑発を受け早くも1週間が経った。

 千花としてはすぐにでも魔王を倒しに行きたかったが、邦彦とも会えなかったため踏ん切りがつかなかった。


「はあ」


 今日で何度目になるかわからない溜息が出てくる。

 心ここにあらずの千花は面と向かっている課題にすら本腰を入れられない。


「溜息ばかり聞いてるとこっちが滅入ってくる」


 黙って部屋に入れてくれていたマーサが痺れを切らして近くまで来た。

 鬱陶しそうな顔に千花は慌てて謝ろうとするが、その前に首根っこを掴まれた。


「いっぺん運動してこい。頭に酸素を送り込んでから課題に取り組め」

「あの、訓練したら体力がなくなって課題ができなくなる」

「体力残しておけっていつも言ってるだろうが」


 半ば蹴られながら医務室を追い出される。

 自分でも溜息にうんざりしていたが、ここまで乱暴に追い出されるとは思っていなかった。


「興人、いるかな」


 ここ数日、興人ともまともに会っていない。

 訓練場でたまに会うが、すぐに切り上げて出ていってしまう。

 八つ当たりしたことは怒っていないらしいが、水晶玉を見せてしまったことを千花は申し訳なく思っている。


「やっぱりいない」


 訓練場はもぬけの殻だ。

 興人も課題に取り組んでいる可能性がある。


「自主練しよう。新しい魔法も定着させたいし」


 千花は軽く準備運動をし、体が温まったところで魔法杖を手に取った。

 深呼吸をし、的に向かって杖を繰り出す。


「レビン!」


 杖からは鋭い雷が一直線に放たれていく。

 簡素な的は容易に崩れていく。


「良かった。物にはなったみたい」


 光の魔法は一度端に置き、地属性から草属性を習得した千花は作戦を変えていた。

 本来は次の属性を鍛錬し、こなさなければならないが、魔法の師がいない今悠長なことを言ってはいられない。


「雷魔法は見本が2人もいたし」


 千花の魔法は想像力をよく使う。

 普段から見慣れている魔法であれば独学でも簡単だった。


「今度は、風魔法かな。あんまり見てないけど想像で……」


 千花は唸りながらも魔法杖を抱え、再び流れる魔力に集中することにした。


(確か)

「ウィンドスラッシュ!」


 魔法杖を横に大きく振ると、風の刃──のようなそよ風が空を切っていった。


「あ……い、いや、昨日は形にもならなかったから前進!」


 千花は自分で鼓舞しながら次へ次へと魔法を連発していく。

 その姿は奮闘する少女そのものだが、焦りを多分に含んでいた。


(早く強くならなきゃ。魔法をたくさん使えるようになって、1人でも大丈夫にならなきゃ)


 千花はマーサからもらった分厚い語録集を捲りながら想像できる魔法を試していく。

 魔法の練習をしたいと言ったら渋々貸してくれたものだ。


「音魔法、は説明はわかるけど想像ができない。火と水魔法はウォシュレイではあまり重宝されない。そうするとやっぱり雷魔法が一番適してるかな」


 海の国、となれば水中戦は必須だろう。

 水の中で雷はよく通る。

 被弾することも予想できるが。


「海なんて戦ったことがないのに……」


 千花は人並みに運動ができるだけで、特別素早く泳げるわけではない。

 一度に大ダメージを与えられるよう計算しなければ、と思いつつ、より威力の強い魔法を練習しようとする。


「あ、巫女様だ!」


 耳元にとびきり明るい声が響き千花は反射的に泥団子を撃ってしまう。

 直撃した声の正体であるテオドールの顔は土塗れになった。


「あああごめんなさい!」


 攻撃してからテオドールを確認した千花は慌てて頭を上下に何度も振り謝る。


「あはは流石巫女様ぁ。でもダメだよ? 攻撃するならもっと四肢を抉る魔法じゃないとぉ」

「いや、テオドールさんじゃなかったら死んじゃうんですよ」


 反射神経も大事だがそれで殺人者にされても困る。

 グロテスクな映像はもっと勘弁だ。


「珍しいですね。お仕事はさぼ……お休み中ですか?」

「うんサボってる! ライラにはまだバレてないよ」


 せっかく言い直してあげたのにと内心千花が頬を引きつらせていると、テオドールは何やら錠剤の入った小瓶を2つ見せてきた。


「クニヒコの部屋にあった薬持ってきてあげたよ」

「だ、駄目じゃないですか! 大切な物なんですよきっと!」


 邦彦の部屋に無駄な物があるわけがない。

 邦彦が困ることはいくらテオドールでも怒らねばならない。


「だって巫女様、海に行くんでしょ」

「ウォシュレイには行く予定ですけど、何が関係あるんです」

「だってこれ、『水中呼吸』と『水中で人間が動ける』薬だよ。悪魔と戦うのに必要でしょ」


 テオドールに説明され、千花は反発する気持ちが急に止まる。

 ちょうど今、そんな薬があったらと願っていたところだ。


「で、でも安城先生に返さないと」

「なんでなんで? 戦うのは巫女様だよ。クニヒコは魔法使えないから戦えないじゃん」

「安城先生が今策を考えてくれてるんです。それからウォシュレイに行くので」


 いちいち詳しく説明しなければならないのがもどかしい。

 千花が薬を拒否しようとすると、テオドールが陶器のような瞳で見つめてくる。


「巫女様ってお人形さんなの?」

「はあ? 人間ですけど……」

「人間なのに指示されたことしかできないんだぁ」


 テオドールが子どものように笑いながら吐きかける言葉に、千花は目を見開き、硬直する。

 心臓が鷲掴みされたように呼吸ができなくなる。


「世界を守る巫女様はぁ、先生の言うことがないと悪魔を倒しに行けないお人形さん。薬も魔法も他人任せなお人形さん」

「違います!!」


 からかうように陽気に歌うテオドールに千花は悲痛な声で叫ぶ。

 息もまともにできていない千花を見下ろし、テオドールは踊りを再開する。


「がんばれがんばれ巫女様。1人でがんばれ巫女様ぁ」


 呑気に歌うテオドールと追い詰められていく千花。

 対称的な2人だが、止める者はいない。


「……ください」

「がんばれがんばれ……ん? 何?」

「薬、ください。安城先生がいなくたって、やってみせます」


 極限状態まで追い込まれた千花の目は据わっていた。

 ここに興人がいれば確実に止めていただろうが、気配もない。

 そしてテオドールも、決して止めることはない。


「行ってらっしゃーい。イアンに言えばすぐそこだよ」


 千花が薬を2瓶受け取ると、テオドールは雲のように流れ去っていった。

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