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光の巫女  作者: 雪桃
第6章 機関へ
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静けさを残す学校へ

 ゴルベル戦が終わり機関で治療を受けてから早くも1週間が経った。

 千花はマーサの診察を受け、結果を待つ。


「昨日魔法を散々使ったようだが、それでこの数値なら完全に回復したと言っていいだろう。若者の回復能力には感服するね」


 マーサの感想が混じった検査結果に千花は安心とも嬉しさとも取れる表情を浮かべる。

 ようやく元の生活に戻れる。


「とは言え正常に戻っただけで魔王との傷が完治したわけではないからな。自分のキャパを超えた訓練をしないこと。いいね?」

「は、はい」


 千花の表情で大方予想がついたマーサは念を押すように身を乗り出して伝える。

 これ以上訓練しすぎの人間を世話したくないという思いが込められている気がする。


「治療が終わったなら学校に戻っても大丈夫ですか? 色々忘れ物をしたので取りに行きたいんですが」


 不注意とは言え高校の終業式の日にバスラに行き、そのまま1週間以上経っているのだ。

 寮に置いてきた物がたくさんある。

 主に夏休みの課題や教科書や──2学期になってまた一から勉強だけは避けたい。


「構わないが、クニヒコには必ず報告しておけよ。伝言残されて(なじ)られるのだけは勘弁だからな」

「安城先生もマーサさんに対して詰め寄ることはないんじゃ」


 「誰かさんのせいで過敏になってる」という言葉は、マーサは情けで伝えないでおいた。

 身支度をしている千花を背に、マーサは検査結果の書類に目を通す。


(体重の増減なし。栄養失調も治ったな。疲労度は高いが、昨日の今日だし、子どもの体ならすぐ回復するだろう)


「若いっていいねえ」


 体にガタが来ているマーサは独り言として呟く。

 年齢だけ見ればマーサも若い部類だが、そういうことを言いたいのではない。


「よし。準備できたので安城先生に伝えてきます」


 いつの間にか千花の着替えも終わり、リュックを背負って出かける一歩手前まで完了していた。


「今日は呼び出されてないだろうから自室にいるだろう」

「はい。場所はわかるのでこのまま行きますね」

「気をつけてな。また門限破るなよ」

「ぜ、善処します」


 まさか昨日同様門限を過ぎて帰ることはないだろうが、期待を裏切るのが千花だ。

 不本意だが完全に大丈夫と言える確証はない。


「じゃあ、行ってきます」


 千花は静かな廊下へ1人、歩き出していった。


 邦彦の部屋はワープホールから左へ5つ進んだ先にある。

 今までどこかで待ち合わせして会うだけだったので、アポイントなしに邦彦の部屋に行くのは少し緊張する。


「おはようございます安城先生」


 扉をノックして挨拶する。

 偶然外出していないだろうかと不安になる千花だが、すぐに扉は開いた。


「おはようございます田上さん。僕の所に来るのは珍しいですね」


 中から出てきた邦彦はジャケットを着ていないとは言えスーツ姿に変わりはなかった。

 仕事がない日もスーツを着るのかと千花は用件も忘れてしばらく見入っていた。


「僕の立場上急に呼び出されることも少なくないので仕事着でいるんですよ」


 千花の心を読んだかのように質問されていなくても邦彦は答える。

 そこまでわかりやすかったかと千花は気まずさを残しながら顔を引き締めて話を切り出す。


「今から学校に戻って忘れ物を取りに行きます。今日は寄り道しないのですぐに戻ってきます」


 千花の伝達に邦彦は返事をせずしばらく考える素振りを見せる。

 まさか邦彦まで約束を破るだろうから外出禁止と言うのだろうかと千花は怖気づくが、予想は違っていた。


「少し時間をいただけますか? 僕も同行します」


 外出禁止とは言われなかったが、信用はないらしい。


「あ、あの、絶対帰ってきますから」

「いえ、時間がどうというわけではなく。王宮に1人で行けばあの男が……」

「え?」


 珍しくボソボソと話す邦彦の言葉が聞き取れず千花は首を傾げて返す。

 しかし邦彦は切り替えるように微笑を戻した。


「僕も学校に用があるんです。急ぎではないですが田上さんが行くなら一緒に行ってしまおうかと」

「あ、そうなんですね。じゃあ待ってます」

「ええ、お願いします」


 一度部屋に戻った邦彦は扉を閉めてほとんど終わっている仕度を済ませる。

 机上には錠剤の小瓶が2つあるが、それは持っていかない。


(まだ田上さんには静養が必要だ。絶対にあいつには会わせない)


 邦彦は冷酷な表情を浮かべるが、扉を開けた時には片鱗すら見せることはなかった。


 トロイメアに着いた時には既に働いている人達で街中栄えていた。

 昨日同様美味しい香りに誘われつつあるが、邦彦の前なのでぐっと我慢する。


「何か食べたい物があれば買ってあげますよ」

(エスパー!?)


 先程と言いなぜ邦彦は思惑がわかるのだろうか。

 そこまで顔に出ているのだろうか。

 邦彦がからかうように笑うので千花は意地を張って寄り道しないよう決心した。


「王城に行くの久しぶりな気がします」

「泉からそのままバスラに行き、機関で養生してましたからね」


 おかげで今まで挑発を免れたのだと邦彦はバレないように目を逸らしながら考える。

 寄り道さえしなければ、トロイメアの外れの森から王城まで1時間もかからず来られることがわかった。


「安城先生、女王様は元気ですか?」


 シルヴィーに気軽に会えるわけではないことはわかっている千花だが、ここまで世界を救っていて一度しか会えないのが当たり前なのかと疑問に思いながら千花は返答を待つ。


「健在ですよ。今日も謁見の間にいらっしゃいます。女王陛下も中々お時間を取れませんが、田上さんの健闘をいつも称えていますよ」


 本来会えない理由は多忙だからではないが、これはついてもいい嘘だろう。


「さあ行きましょうか」

「はい」


 異世界移動の間へ着くとすぐに邦彦は簡単に呪文を唱える。

 久々だったが緊張する間もないその行動に千花は無意識に感謝した。


「あ、暑い」

「バスラもトロイメアも肌寒い気候ですからね」


 日本は夏真っ盛り。

 泉にいた時はまだ涼しかったが、寮に近づく頃には一気に全身から汗が噴き出してきた。


「暑さに慣れない体が悲鳴を上げているんですね。熱中症には気をつけてください」

「は、はい……」


 せめて直射日光だけは避けようと千花はすぐに寮の中へ入っていった。


「僕は一度職員室へ行ってきます。用事が終わったらロビーで待っていてください」

「わかりました」


 部屋まで一緒に行くことはできない邦彦と別れ、すぐに自室へ戻る。

 元々1人部屋だが、学生はほとんど帰省しているため寮内は静かだ。


(春奈ももう帰ったよね。せめてちゃんと挨拶してから別れたかったけど)


 この学校で唯一出来た友達の春奈には何も言わず帰省したように思われてしまっているだろうか。


(ゴルベル戦は終わったから、これからは夏休みが終われば会えるよね)


 自室に戻ると持っていこうと思っていた荷物がそのまま机の上に置かれていた。

 蒸し暑いが窓を開け、軽く埃を払うとリュックに入れていく。

 進学校となれば課題も多い。

 1週間は何もできなかったためこれからは計画的にやらなければならない。


(31日に全部やるのは無理だよね)


 千花は重みが増したリュックを背負い、先程邦彦と約束をしたロビーまで戻る。

 邦彦は既に先にいた。


「もう仕事終わったんですか?」

「ええ、終わりましたよ」


 行動が早い邦彦について再び泉まで戻る。

 30分にも満たない滞在時間だった。

 泉に飛び込みトロイメアへ着くとそのまま城下町への道へ進もうとする。


「クニヒコ様。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」


 歩いていくと騎士の格好をした青年が邦彦を呼び止めた。


「トロイメア女王陛下がお呼びです。話があるため至急1人で来てほしいとのことで」


 騎士の呼びかけに邦彦は不快そうに眉を寄せる。


「申し訳ありませんが女王陛下の頼みと言えど今はここから離れられません。もしくは彼女も同行できれば行きますが」

「そ、それが、どうしても1人でなければならないと」


 2人のやり取りを見ながら千花は邦彦の返答に耳を疑う。

 トロイメアの最高権力者の頼みを千花がいるだけで断るのかと。

 そうなると千花の方が申し訳なく思う。


「あの、安城先生。少しだけなら待ってますよ」

「ですが」

「女王様が呼ぶってことは緊急ですよね。それに、王城ですから襲撃があっても警備隊はいるでしょう?」


 千花の言葉に邦彦は複雑そうな表情を向けるが、恐らくここで断っていても押し問答になることはわかっているだろう。


「わかりました。ただし田上さん、絶対に知らない人について行ってはいけませんよ」

「幼稚園児ではないので……」


 千花が呆れながら答えるが、足早に邦彦は謁見の間へ向かう。

 ここで待っているだけでもいいが、忙しなく働いているメイドや騎士の姿を見ると申し訳なくなる。


(どうしよう。城下町の門まで行ってようかな。安城先生も移動したとしてすぐわかるだろうし)


 千花は壁に預けていた背を上げ、長い廊下を進もうとする。


「おやおやぁ? そちらにおられますはもしかして光の巫女様では?」


 また呼び止められたが、今度は千花目的らしい。

 千花が若干警戒しながら振り返ると、腹に贅肉を蓄えた中年の男が立っていた。

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