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光の巫女  作者: 雪桃
第6章 機関へ
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どうせ悪魔に壊されるなら

「薬草もノルマ分あります。クエスト達成、こちらが報酬分です」

「はい……ありがとうございます」


 受付嬢がにこやかに給料を手渡してくる中、千花は力なく受け取った。

 現在は日没10分前。

 この場でワープすれば門限より前に帰れるが、人目がある所で突然姿を消すわけにはいかない。


「ちなみにいつもの安城先生も叱ると怖いけどもっと怖いの?」

「怒鳴ることはない。でも1つ1つ順序立てて正論を述べていくから反論もできなくて精神的にくる」

「そっちの叱り方かぁ……」


 興人が苦手としている説教の仕方だ。

 だからここまで怯えているのだなと千花も納得する。


「私達にできることは?」

「正座して謝ることだけ」


 暗くなっていく空を切り目に、店じまいを始め、飲み屋に行こうとする大人が群を為している。


「……帰ろっか」


 急いでも無駄だが、ここで何もない時間を過ごす必要はない。

 (きた)る雷を覚悟しながら帰途に着こうとする。

 しかしギルドから足を踏み出す前に呼び止められた。


「こんばんは2人とも。出かけていたんですね」


 後ろからよく知った声が聞こえ、2人はほとんど同時に振り返る。

 そこにはいつも通り微笑みを顔に貼りつけながら手を振るスーツ姿の男──邦彦がいた。


「「先生!」」


 再び同時に自身の名を呼ぶ2人に邦彦は苦笑いを返す。


「奇遇ですね。ギルドから出てきたということは仕事をしていたんですか? 2人とも病み上がりなんですから無理してはいけませんよ」


 薬草摘みはしたがそこまでハードな仕事はしていない。

 そう説明しようとしたが最終的に戦闘はしていたことを思い出す。


「元々仕事をする気はなかったんですが」


 千花達は順を追って説明することにした。

 訓練が終わったらトロイメアに行く約束をし、一通り行きたい所に足を運んだこと。

 最後のギルドでアイリーンに会えず、代わりに簡単な依頼を受けたはいいものの、不運が重なり崖に落ちたり猛獣、魔物と立て続けに襲われたことも話した。


(思い出すとかなり密な時間だったな)


 説明しながら千花は我に返るように心の中で呟く。

 説明を全て聞いた邦彦も同じように思ったようで苦笑は止まらなかった。


「それは災難でしたね。よく頑張って帰ってこれました」


 邦彦が穏やかに褒めてくれるため、千花は高揚していた心がすっと軽くなったように思えた。


「それで、門限を破る時間になったということですね」


 しかし褒めてくれたとして約束を邦彦が忘れたわけではなかった。

 邦彦のわざと確認するような言葉に2人は目を泳がせる。


「すみませんでした先生。これくらいなら間に合うと思って」


 興人が謝罪する中、千花はいずれ来る静かな雷がいつ落ちるか不安だった。

 だが怒る時にいつも笑っていない目は今日に限って一切姿を見せない。


「そうですね。予想できていたことを蔑ろにしたのは反省すべきです。が、それも勉強になったでしょう」


 てっきり1つずつ長々と説教されると思った千花達は本人を目の前にして思わず顔を見合わせる。

 そんな2人を見て邦彦は意地悪く笑う。


「論理立てて説教しましょうか?」

「滅相もございません!」


 自分から地獄に行こうとは思わない。

 拒否する千花に邦彦は「ふふ」と声を出して笑う。


「それだけ話を聞いていれば2人も反省していることは目に見えています。ここで時間を潰すとすぐに一面酔っ払いの波に変わりますから、早いうちに外れの森まで戻りましょう」

「はい」


 先頭を切る邦彦に千花は怒られなくて良かったと心の底から安心した。

 しかし興人は安堵よりも戸惑いが勝っているようだ。


「興人?」

「いや、何度門限破っても叱ってた先生が許すのは今日が初めてだと」


 驚く興人だが、千花としてはどちらかと言うと彼がそこまで門限を守らず外出していたことに対して複雑な感情を抱く。


「興人、小さい頃はやんちゃしてたの?」

「森で鍛錬してて気づいたら夜になってただけだ」

「それは安城先生も怒ると思うよ」


 邦彦がしょっちゅう叱ってくる理由がわかったと同時に、興人と訓練する時は必ず時間を確認しようと心に誓う千花だった。






 機関に戻り数時間が経った。

 夜も長いとは言え、トロイメアの酒飲みも酔い潰れて寝ている頃だろう。

 邦彦は白い扉をノックし、中に入る。


「まだ入っていいって言ってないんだけどね」

「待っていても返事をしないでしょう」


 部屋の主であるライラックは突然の来客にも動じず肘をついて退屈そうに目の前の錠剤を玩具のように振っている。


「頼んでいた薬ですが」

「これ。1錠飲めば12時間は海中でも息が保つ。こっちは海でも陸のように体を動かせる錠剤。服用してもいいけど、効力が強すぎるから必ず1錠ずつ飲みなよ。体が魚になるからな」

「お忙しい中ありがとうございます」


 最後の脅しのような言葉にも無反応に礼を言う邦彦にライラックはつまらなそうな顔をする。

 邦彦は錠剤が入っている小瓶を2つもらうとその場を去ろうとした。

 しかしライラックはまだ引きとめる。


「それよりクニヒコ、今日巫女達が門限を破って帰ってきたのに、いつもみたいに長々説教しなかったんだってね」


 ライラックの話の意図を掴めないまま邦彦は微笑で返す。


「トロイメアは夕暮れでしたし、あの場でくどくど叱るよりも効率的でしょう。彼らも反省しています」

「オキトの時は反省しても止めなかったくせにね。まあオキトも昔からやんちゃと言うか訓練バカな所はあるから執拗になるのもわかるけど」


 ただの暇潰しに使われたのかと邦彦は内心複雑に思いながら扉を開けようとする。


「それにしても海中呼吸の薬か。まーた戦いに行くのね。まあ? 1人を犠牲にすれば国を守れるんなら躊躇いはないわね」


 棘のある言い方に邦彦の動きは止まる。

 それを狙っていたかのようにライラックは口角を歪ませて笑う。


「心が壊れようが魔法は使えるからね。むしろ感情があれば魔王を倒すのは難しくなる。人間兵器にでもなったらもっと楽に……ああそうだ。強めの麻薬でもやろうか。戦争の時に兵士が使ってたやつが」

「ライラックさん」


 新しい薬を出そうとするライラックを邦彦は口で制する。

 その顔を見てライラックは再び面倒そうな、退屈そうな表情に戻る。


「その顔で戻るなよ。表情で人が殺せるから」

「肝に銘じておきましょう」


 軽く会釈をする邦彦だが、その顔は拒絶と憎悪を称えていた。

 ライラックは獣を追い払うように手でしっしっと帰す。

 邦彦が出ていった後、ライラックは出しかけた薬を揺らした。


「どうせ悪魔に壊されるなら、先に壊せばいいのに」


 壊れた人間をたくさん見てきたライラックの言葉は、本人には聞こえるはずもなかった。

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