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光の巫女  作者: 雪桃
第6章 機関へ
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二度あることは三度ある

 魔法で防御はできなかったが、以前とは異なり深い茂みに落ちたため奇跡的に無傷で済んだ。


「馬鹿」

「すみませんでした」


 かなり怒っている興人に真っ向から悪態を吐かれるが、千花は反論する気も起きず頭についた葉っぱもそのままに項垂れた。


「落ちるってわかってただろ。取りたい気持ちはわかるが俺を呼べよ」

「手が届くと思って」


 千花が本当に反省していることはわかった興人は本日何度目かわからない溜息を盛大に吐きながら彼女の頭にくっついている葉っぱを取ってやる。


「薬草は持ってるな。前にトロイメアまで帰ってこれた洞窟があるだろ。そこまで急ぐぞ。のんびり歩いてたらそれこそ日が落ちる」


 興人に手を出されて千花も立ち上がる。

 その直後、遠くの茂みから小さな子猿がひょっこり顔を出してきた。


「キキッ」


 小さく鳴いた子猿はすぐに茂みへ逃げていく。

 千花が可愛いな、と眺めていると、興人が面倒そうに顔をしかめた。


「興人?」

「あいつ、ビーストモンキーの子どもだぞ」


 千花は以前教わったことを思い出す。

 ビーストモンキーは基本的に群れで活動する。

 子どもが1匹で遠くまで行くはずがない。

 つまりどこかに必ず親猿がいるわけで、その親猿の向こうには更に群れのビーストモンキーがいて──。


「キイイイイ!!」


 千花が理解したと同時に耳をつんざくような咆哮が聞こえたかと思うと、体長3メートルは超えるビーストモンキーが10匹、千花と興人の前に飛んできた。


「こういうのを、飛んで火にいる夏の虫って言うんだよね」

「虫は俺達だけどな」


 顔が引きつる千花を置いて興人は大剣を手に取る。

 逃げずに戦う気だ。


「倒そうとはしなくていい。真剣に向き合ってたら帰れなくなる」

「うん……」

(どうしてこう、悪いフラグだけ立つんだろう)


 千花は魔法杖を片手に、ビーストモンキーから一度距離を取る。

 興人も反対側に走っていったため、すぐに魔法陣を起動する。


「ウッドボム!」


 魔法陣から放たれた重い丸太は勢いをそのままにビーストモンキーに降りかかる。

 容易に弾き飛ばされるが、興人はすぐさまその丸太を剣で斬り飛ばしながら炎を纏わせる。


爆発(エクスプロージョン)


 丸太を燃料に小さく灯された炎は大爆発を起こした。

 火花を散らせる丸太に近くにいたビーストモンキーが弱々しく鳴きながら茂みへと帰っていく。

 残りは7匹だ。


泥の海(マッドシー)!」


 千花も負けてはいられないとすぐに次の魔法を繰り出す。

 何度も発動している技だが、威力がいつもより増している気がする。

 2匹の動きは少しの間封じられた。


(もしかして少しずつ強くなってる?)


 そうであれば喜ばしい成長だ。

 だが喜びに浸っている暇はない。

 まだ残ったビーストモンキーは襲ってきている。


「レビン」


 興人も冷静に雷魔法を唱え、敵を麻痺させていく。

 動きだけ封じれば少量の魔力で対処ができる。


(泥の海はすぐに解かれちゃうから……)


 千花が考えている間にも動きを止めたはずのビーストモンキーも復活しつつある。

 しかし千花も焦るだけではない。


(そうだ!)

蔦の檻(アイヴィーケージ)


 千花は地面から太く強力な緑の蔦を何十本も出現させ、ビーストモンキーを閉じ込めていく。

 5体全て封じ込められたが、千花は一瞬目眩を感じる。


(あれ、もしかして)

「魔力使いすぎだ馬鹿!」


 興人から本日2回目の「馬鹿」をもらったが、千花はその前に耐えて持ちこたえる。


「大丈夫だった!」

「病み上がりなんだから無理するな」

「興人もでしょ?!」


 自分の腹の傷を棚に上げる興人に千花は今敵の陣地にいることも忘れて叫ぶ。

 その隙にビーストモンキーが檻から出ようとする。


「走れるか田上」

「何とか」


 蔦を千切られてしまえば走っても追いつかれる。

 作戦通り敵が動かなくった今をチャンスと捉え、2人は洞窟に向かって走り抜けた。






「よし、もう追ってはこれないな」


 どれくらい走っただろうか。

 いつの間にか雑草が生えていた森から崖が見える乾いた土の地面の所まで着いていた。


「日没まで1時間は切ったか」


 少し息を切らせながらも太陽の位置を見て興人は時間を把握する。

 その横では千花が崖の壁に手をつきながら激しく肩で呼吸を整えていた。


「おぶるか田上」

「ちょ、ちょっと待って」


 時間がないことはわかっている。

 だが休むことを許されず一定間隔で走らなければならないのはいくら運動神経のいい千花でもキツい。


「なんで、興人は、平気なの」

「そりゃ訓練を積んでるからな」


 体力おばけ、という言葉は肺に空気を溜めすぎて咳き込んだことにより掻き消された。


「すぐそこに洞窟が見える。前は魔物に襲われて30分かかったんだろ。歩けなきゃ担ぐ」

「わかったわかった。歩くから急かさないで」


 担がれるということは俵のように運ばれるだろう。

 興人はお世辞にも人を運ぶのが上手いとは言えない。

 乳酸でパンパンになっている足を奮い立たせ、千花は深呼吸を繰り返しながら体勢を整える。


「お待たせ」

「行くぞ」


 太陽の光に照らされていた外とは違い、洞窟は薄暗く肌寒い。

 興人に火種を作ってもらい、足下を照らしながら進んでいく。


「そういえばここ、大きな魔石があったんだよ。もう採掘されてるのかな」


 シモンとここを通った時、光沢を放つ淡い色とりどりの巨大な魔石があった。

 持って帰れないから依頼を頼もうと以前言っていたような。


「あれで魔物に襲われたんだよね」

「聞いた大きさの魔石だと、かなりの人手がいるだろう。何度か分けて採掘する必要があるから、まだ残っていておかしくない」

「魔法を使えば私達でも取れる?」

「時間がないっつってるだろ」


 強めに叱られ千花はしょげるが、ふと気づく。

 興人がここまで焦りながら時間を気にするのは珍しい。

 つまり門限を破るとかなりの雷が落ちてくることは想像に容易い。


「うん、急ぐ」

「頼む。ここで魔物に襲われたりなんかしたら大目玉確定だからな」


 興人が恐れるほどのお叱りは千花も断固避けたい。

 ふくらはぎの痛みも忘れ、千花も早足になる。


(安城先生が叱るのかな? それともマーサさん? マーサさんも怒ったら怖そうだな)


 長生きしている人の叱り方はまた違った恐怖がある。

 どちらにせよ叱られる方は気分がいいものではないため急ぐ。

 魔石ゾーンを通り抜ける時、以前見た時よりも減っていたものの、まだ圧巻するほど大きな魔石は残っていた。


「ここから先は真っ直ぐ行けばいいって教えてもらったから、出口はすぐそこだね」

「ああ、このペースなら余裕で間に合いそう……」


 興人が千花に答えた瞬間、大きく地響きが襲ってくる。

 突然のことによろめくが、転ばないように千花は何とか踏ん張る。


「キキャアアア!」


 ビーストモンキーに似た甲高い悲鳴のような鳴き声。

 だがビーストモンキーは洞窟には来ない。

 目の前のゴツゴツとした地面から勢いよく這い上がってきたのは、見覚えのある巨大なミミズだった。


「ギャギギャアアア!!」


 このミミズのような魔物はどうやら逃がしてはくれないらしい。

 地中に入っては挑発するように出てくる。


「……興人」


 千花は一縷の希望を託すように弱々しく興人を呼ぶ。

 だが彼は大剣を構えながら諦めたように答える。


「大目玉は、確定だな」


 まるで八つ当たりのように、魔物に当たり散らしながら戦った2人がいたそうな。

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