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光の巫女  作者: 雪桃
第6章 機関へ
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笑顔の裏の恐怖

 魔力が込められている水晶玉はしばらく透明だったが、少しずつ形を成していき、美しい人魚の姿へと変わっていった。


『お久しぶり……いや、()()()()()()トロイメア女王陛下。あなた方からいただいたか弱き人間、我らの同士が悦んでおりますのよ』


 その姿は以前会ったことのあるメイデン女王とほとんど変わりない。

 慈しみに満ちていた瑠璃色の瞳が血のように真っ赤なことを抜けば。


『可愛らしい人間たちですが、このまま海の中に入れておけば息も続かず魚の餌になってしまいます。それはあまりにも可哀想でしょう? ああ、今は(わたくし)の魔法で眠らせていますので』


 今までの魔王を経験した邦彦は違和感を覚える。

 微笑を称えた美しい顔、友好的とも思えるその態度に本当に乗っ取られているのかとさえ思う。


(何のためにわざわざメッセージまで……)


 邦彦が意図を理解しようとシルヴィーと目を合わせようとする。

 しかしその直後、期待は裏切られる。


『せっかくの貢ぎ物を殺してしまうのは可哀想ですので、私の子どもにしてさしあげます』


 そう言うや否やシルヴィーは眠っていた兵を1人呼び寄せ、手を取る。

 目を覚ましたその兵は何かに怯えていた。


『さあ坊や、何か言い残すことはありますか?』

『お、お助けください女王陛下! いやだ! アレにはなりたくない!!』


 絶叫を上げる兵士だが、メイデンの微笑みは変わらない。

 その状態で兵士の頭に両手を置いたメイデンは呪文を唱えるように口を動かす。


『アガッ……アアア……』


 魔法をかけられた兵士は苦痛の悲鳴を上げながらその形を変えていく。

 皮膚は青くなり、耳はエラに、口は牙だらけ、2本あった足はくっつき、魚のヒレとなった。


『さあ、これで子どもの完成です。簡単でしょう? 後人間は、50おりますね。1日1人、私の子にしましょう』


 微笑んでいたメイデンはゆっくり瞼を開ける。

 その瞳は一切の光を灯さず、口は狂気を含んで歪んでいた。


『やめてほしいかしら? では光の巫女を寄越しなさい。仲間など連れてきてはなりませんよ。1人で来なさい。もし約束を違えば、次はトロイメアの人間も全て私の子にします。慈悲はないと思え』


 メイデンが──魔王が吐き捨てると、水晶玉は元の透明な球体に戻った。

 謁見の間には沈黙が訪れる。


「……田上さんを、ウォシュレイに連れていこうと?」


 邦彦は努めて冷静に問おうとしたが、結果を想像しただけで怒りが湧き、ついシルヴィーを睨んでしまう。

 しかしシルヴィーは気にしていない様子だった。


「王国騎士団が束になって勝てない相手に少女1人行かせようとは元より考えていない。だが解決策も打ち出せていない」


 シルヴィーが千花を簡単に売る女王でないことは安心した。

 それで話が終わるわけではないが。


「ローランド宰相はこの件についてなんと?」

「まだ伝えていない。答えは確実に巫女を売れ、だろうがな」


 シルヴィーなりの配慮なのだろう。

 ローランドの返答を聞いたら邦彦が暴走する可能性も少なくない。


「ローランドへは私から話しておこう。お前達は引き続き魔王討伐に向けて研鑽に励んでくれ」

「承知いたしました。ご協力感謝します。失礼します」


 時間があるのであれば更に問い詰めたい思いを抱く邦彦だが、この場にローランドが来れば必然的に邦彦も話を聞かなければならない。

 深く会釈をし、邦彦は振り返ることなく謁見の間を後にした。






 人混みと喧騒の中、千花は両手に花ならぬ串とパンの袋を持って街並みを歩いていた。


「楽しいね、興人」

「お前いつまで食ってるんだよ」


 頬を詰まらせ、幸せそうに歩いている千花を隣に、興人は冷めた視線を送る。


「急いでたから忘れてたけど訓練終わった後からすごくお腹が空いてたの。誘惑がたくさんあるから止められない」


 流石リースの都市とも言えるトロイメア、蓋を開けてみれば楽しい出店が並んでいた。

 確かに高揚する気持ちもわからなくない興人だが、殺伐としていた国で戦っていた反動か千花のはっちゃけ具合が少し以上だ。

 10分歩いてまだ区画を超えていない。


「興人、あっちも気になる!」

「その両手の食い物処理してからにしろ」


 確かについて行くとは言ったが、度を超えた休息は邦彦に叱られる。

 いい香りがする出店に引き寄せられる千花の首根っこを掴み、興人は前へ進んでいく。


「興人はお腹空かないの? 同じ成長期なのに。よく食べるでしょ」

「俺は自制ができる」

「そんなこと言わずに。ほら」


 千花は茶色い包みの中から香ばしい小麦色の丸いパンを取り出す。

 酔っ払いに絡まれたように眉を寄せて煙たがる興人だが、諦めたように1つ受け取った。


「後で返せとか言うなよ」

「言わないよ!」


 本当に酔っぱらっているとでも思われているのかと千花は違う意味で頬を膨らませる。


「というか、お前行きたい所って全部食い物か? もっと色々寄りたいのかとばかり」

「食べ物以外に何かあるの?」

「……」


 食欲以外の一切を無視した千花にむしろ敬意を表したい興人だが、自分が守るべき国の文化は知っておくべきだとも思う。


「ついてこい」

「どこに?」


 問い返してくる千花にその場では答えず興人は手を引いて店に入った。

 串揚げは先に食べさせておいた。

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