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光の巫女  作者: 雪桃
第6章 機関へ
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ずっと心配していた彼へ

 しばらく唯月と談笑していると扉がノックされる音が聞こえてきた。

 ミツキと話が済んだ邦彦が迎えに来たのか。

 千花が身を乗り出そうとすると、唯月が何かに気づいたように顔を険しくしながら引きとめる。


「ちょっと待っててね田上さん。話してくるから」

「誰と?」


 千花の質問には答えず、唯月はすぐに玄関へ向かう。

 理解はできていない千花だが、唯月の態度からおおよそ客人の正体がわかる。


「おはようシュウゲツ」

「……おはよう」


 咄嗟の判断で隠れた千花はその声に覚えがあった。

 唯月にここまで連れてこられた時に、酷い言われようを受けたヴァンパイアだ。


(確か風間先輩の幼馴染って)


 見つからないように気をつけながら千花は玄関へ目を向ける。

 ちょうど唯月の斜めにシュウゲツの顔が見えるが、その顔色は唯月よりも悪い。

 目元も赤く腫れている。


(あんな顔だったっけ?)


 怒りの表情ではあるが、威圧感がない。

 唯月もそれがわかっているのか警戒よりも心配が勝っているようだった。


「シュウゲツ? 大丈夫?」


 唯月が声をかけながらシュウゲツの肩に手を置こうとする。

 その手を強く掴み、シュウゲツは何かを堪えるように辛そうに息を吐く。


「それはこっちのセリフだ馬鹿」


 シュウゲツの弱々しい声に唯月は完全に警戒心を解く。

 ずっと心配させていたのだろう。


「ごめんねシュウゲツ。僕も喧嘩別れしたかったわけじゃなくて」

「わかってるよ。でも喋る余裕があるなら先にこっちに連絡くれても良かったじゃないか」


 シュウゲツの指摘に唯月は気まずそうに目を逸らす。


「いや、今のは父さんと話してただけで」

「嘘つけ、廊下でおじさんと声を張り上げるほど会話するか。大方、人間がいるだろ」


 弱い声から一転、シュウゲツが再び敵意を示すように顔をしかめる。

 次はどう切り抜けようかと唯月が悩んでいる後ろで千花は考える。


(このまま黙ってればまた諦めてくれるかもしれない。でもシュウゲツさん、きっとすごく心配したんだろうな。大切な幼馴染をとられそうになって)


 シュウゲツは散々耐えただろう。

 態度はどうあれ、逆の立場なら千花も同じ行動をとる。


「……風間先輩」

「田上さん!?」


 千花は意を決して表に出る。

 焦る唯月の後ろでシュウゲツが千花と目を合わせる。

 その目が驚きから怒りに変わったのは一瞬だった。


「お前……っ」

「シュウゲツ、待って!」


 唯月の制止も振り払い、その体を押すと大股で部屋に入る。

 千花が反応する間もなくシュウゲツは目の前まで来ると、彼女の胸ぐらを強く掴んで引き上げた。


「お前だろ、イツキを誑かした人間は。お前のせいで、イツキがどれだけ苦しんだと思ってる」


 体格差のある男に首元を締め上げられ、千花は少したじろぐ。

 だが尻込みするわけにはいかない。


「はじめましてシュウゲツさん。千花と言います」

「名前なんて聞いてない」


 千花は怖気づかないように心を鎮めながらシュウゲツの顔を見やる。

 怒りはあってもやはり覇気がない。

 近くで見たその目元は、泣いた跡だとわかる。


「シュウゲツさんの言う通り、あの日、私はここにいました」


 千花の肯定にシュウゲツの胸ぐらを掴む手が強まる。

 もう片方の手が拳になり、振り上げられる。


(あ、殴られる)


 千花は来るであろう衝撃に備えて目を強く瞑る。

 しかし拳が振り下ろされる前に唯月がその手を掴んだ。


「やめろシュウゲツ!」


 部屋に唯月の怒号が響く。

 こんな声を出せばまたミツキに叱られるだろうと冷静に考えながら千花は様子を見る。


「なんで止める!? こいつはお前を利用して……」

「ちゃんと説明しなかった僕が悪い。田上さんを殴るのは絶対違う」


 通常より弱っている唯月がなぜシュウゲツを止められるのか。

 いや、シュウゲツもこう言いながら手加減しているのかもしれない。


「……どれだけ我慢すればいいんだよ」


 唯月の力強い目にシュウゲツは今にも泣きそうな声で手を下ろす。

 千花への怒りが消えているわけではないだろうが、今はそれどころではないのだろう。


「ごめんねシュウゲツ。ずっと説明しないままで。話、聞いてくれる?」


 シュウゲツの思いも理解した唯月が諭すように声をかける。

 シュウゲツは何も言わず、その視線から逃れるように目を逸らす。


「田上さん、少し時間をくれる?」


 千花は無言で頷く。

 せっかくシュウゲツが理解してくれそうなところに水を差すわけにはいかない。


「じゃあシュウゲツ、まずは田上さんと会った経緯を説明するよ」


 そこからは嵐のように説明の連続だった。

 地球で千花に会ったこと、誤ってバスラに連れてきてしまったこと、正体は隠しつつも千花が本来魔王を倒すためにバスラに来る予定だったこと。

 そして、バスラを救いたい決意を唯月が思い出したこと。

 シュウゲツは口を挟むことなく、説明が終わるまで静かに聞いていた。


「だから、僕は人間に唆されたわけでも無理に戦わされたわけでもない。急に色々説明されて、シュウゲツも納得できないことがたくさんあると思う。でも、これだけは信じて」


 唯月が全て説明し終えてシュウゲツに頭を下げる。

 その姿を見下ろし、シュウゲツは諦め半分と言ったように大きく溜息を吐いた。


「いつもいつも、何も言わないで面倒事ばっかり引き受けて。こっちがどれだけ心配したか」

「それは本当に申し訳ないと思ってる」


 2人の会話から、唯月が無茶なことをするのは日常茶飯事だということが千花はわかる。

 同時に、唯月が何も相談しないのならシュウゲツが神経質になるのも仕方ないと千花は思った。


「お前が頑固なのはずっと前から知ってる。だから薄々諦めてはいたよ」


 でも、とシュウゲツは千花を睨む。

 千花は自分に焦点が当たったことに慌てて背筋を伸ばす。


「そこの人間をすぐに許すことはできない。故意じゃないとは言え、イツキを傷つけたことに変わりはない」

「シュウゲツ!」


 唯月が諫めようとするが、千花はそれを制止する。シュウゲツは何も悪くない。


「ごめんなさいシュウゲツさん。私の力不足で風間先輩を傷つけたことは間違いありません。でもこれだけは信じてください。私はバスラを救いたかった。それは真実です」


 怖気づくことなく真っ直ぐに目を見て話す千花はをシュウゲツも黙って見つめる。

 唯月のみその場で狼狽えていたが、しばらくしてシュウゲツが疲れたとでも言うように肩の力を抜いた。


「……殴ろうとして悪かった。バスラを取り戻してくれてありがとう、チカ」


 その言葉に千花は一瞬驚いた後、嬉しそうに笑った。

 唯月はその変化ぶりにまだ戸惑っている様子だった。

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