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光の巫女  作者: 雪桃
第6章 機関へ
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手から零れ落ちる救いたかった者

「失礼します」


 邦彦が迷うことなく入るため、千花も一言告げてから慌てて後を追う。

 扉を抜けた先はワンルームになっており、書き物机やベッドなど簡素な造りになっている。

 そしてベッドに腰かけている初老に近い男性は。


「おはようございますミツキ様。ご気分はいかがですか?」


 ゴルベルの一件があり反射的に体を強張らせていた千花だが、邦彦が物腰柔らかに話しかけるため肩の力を抜く。

 目の前にいるヴァンパイアこそ、唯月の父・ミツキだ。


「万全とは言えぬが改善に向かっている。我の代わりにトロイメア女王に状況を説明していただきありがたい」


 怠惰なゴルベルの時とは打って変わって物静かな低い声だ。

 顔色は悪いが、床に伏しているとは思えないほど顔つきは凛々しい。


「……朧げに覚えている。そこにいるのは、光の巫女だな」


 ぼんやりとミツキの姿を見ていた千花がしどろもどろに話そうとするとミツキが手で落ち着くよう制する。


「そう畏まらなくていい。先も言ったが魔王に乗っ取られた時のことは薄らと覚えている。貴殿には感謝を伝えたい」


 千花はこっそり邦彦の顔を横目で見る。

 邦彦も視線に気づいたらしく、わずかに口の端を上げる。


「あ、ありがとうございます」


 固い口調ではあるが、ミツキが言いたいことは千花も理解できた。

 感謝されていることに千花はほっと肩の力を抜く。


「我が乗っ取られた魔王をこのような少女が倒せたとは驚きだ」

「あ、それは……」


 ゴルベルを浄化したのは千花だが、そのために犠牲になった者もいる。

 千花が言い淀んでいると邦彦が助け舟を出す。


「助力があってこそです。特に、ご子息には負担をかけてしまったことをお詫びしなければなりません」

「イツキか。巫女にも世話になったようだ」


 唯月の名前がミツキの口から飛び出す。

 千花は安否を確認したい気持ちと遠慮に揺らぐ。

 その空気を察したか、ミツキが更に言葉を続ける。


「息子とは積もる話もあるだろう。我の隣にいる。貴殿が来ることも伝えてあるので、行ってくるといい」


 事前に唯月に伝えてくれたことも面会の場を設けてくれたこともありがたい。

 だが、こう簡単にミツキとの面会を済ませていいものかと千花がためらっていると、邦彦が耳打ちしてきた。


「ミツキ様は話すのが少し不得手なお方です。早めに切り上げた方がありがたがられるのですよ」


 邦彦はまだ仕事の話があるから残る、と言うので千花はお言葉に甘えて部屋を出ることにした。


(この隣に風間先輩がいる)


 ゴルベル戦で千花の代わりに戦ってくれた唯月。

 最後はゴルベルに乗っ取られた姿しか見ていない。

 ミツキはああ言ってくれたが、唯月は怒っていないだろうかと不安になりながら千花は小さく扉をノックする。

 返事は来ない。


(あ、ノックが小さすぎた?)


 自信のなさからノックとは思えない行動をしてしまった。

 今度はもう少し強くノックしようと千花が手を上げた瞬間、扉が内側から勢いよく開いた。


「わっ」

「田上さん!?」


 千花が両手を上げながら驚いている所に、同じように目を見開いて声を張り上げている唯月が現れた。


「田上さんもう動いて大丈夫なの!? 父さんに会いに来るとは聞いたけど、僕の知らない所でも戦ったんでしょう?」

「風間先輩、落ち着いて……」


 静かな廊下に唯月の声が響き渡る。

 気まずさに千花が青ざめながら止めようとする。

 そこに隣の扉が開いた。


「イツキ、うるさい。中に入れ」


 威圧感のある声でミツキが扉から顔を出し、唯月を叱る。

 別に千花は怒られていないが、その表情に息を詰まらせる。


「あれ? あ、ごめん父さん」


 我に返った唯月が冷静に謝罪し、千花を部屋に招き入れる。


「改めて、無事でよかったよ田上さん」


 千花は床に敷かれたクッションに座らせてもらう。

 隣に座る唯月の姿を見ると、ヴァンパイアの姿だからか顔色が少し悪い。

 隈も少し浮き出ているが、優しそうな顔つきは変わらない。


「風間先輩も後遺症はないと聞きましたが」

「うん。僕は魔力もそこまでなかったんだけど乗っ取られた時間が短かったから運が良かったんだ」


 千花を安心させるように唯月は微笑む。

 実際に味方がこれ以上傷ついていないことに千花も安心する。

 唯月の家に来るのは2回目だ。

 失礼にならない程度に部屋の中を見回し、千花は小部屋に続く扉に目をやる。


「あの、風間先輩」

「ん?」

「ハヅキさんは、その後どうなりましたか」


 千花は扉の方を見ているが、唯月の表情が強張るだろうことが予想できる。

 やはりこちらから話を切り出すのは傷を抉ったかと千花は申し訳なさそうに顔を合わせるが、打って変わって唯月は悲しそうに笑っていた。


「生きてはいるよ。それに、体も少しずつ緩和されている」

「本当に!? じゃあ……」

「でも、意識は戻らないって」


 回復に向かっていても悲しい顔をしている理由がすぐわかった。

 理解ができない千花に唯月は更に付け加える。


「植物状態っていうのかな。人のように、ヴァンパイアも血を吸われすぎると体内で血液を作れなくなるんだ。今は魔力を流してもらいながら延命はしてるけど」


 心臓は動いているが、その意識が戻ることはない。

 3年待ち続けた唯月には酷な結果ではないだろうか。


「予想はできてたよ。ミイラ化までして、生きてることが奇跡なんだ。それでもまだ命があるだけ……田上さん、泣かないで」


 唯月に指摘され、千花ははじめて自分が泣いていることに気づいた。

 爪が食い込むほど握った拳が痛い。


「ごめんなさい」

「何を謝ることがあるの。田上さんは、バスラのために命がけで戦ってくれた。感謝しかないよ」


 救いたかった者も手から零れ落ちていく。

 救える命の限界に、千花は悔しさから涙が止まらない。

 唯月は千花の頭を優しく撫でながら宥める。


「ハヅキを延命治療するかはまだわからない。父さんも僕を完全に回復してから決めようと思う」


 唯月は前を向いているのだ。

 千花が立ち止まっているわけにはいかない。

 涙が溢れる目を乱暴に擦る。


「風間先輩はこの後どうするんですか」

「まずは回復に努めるよ。学校も夏休みに入ってるからちょうど良かった。1カ月もすれば身体も戻るだろうから、通常通り学校に行くよ」


 学校、と聞いて千花もあちらの世界を思い出す。

 唯月とはこれでさよならというわけではないのだ。


「また、会えますか」

「うん。田上さんが光の巫女だと知っている人は少ないだろう? 微力だけど、僕も協力できることがあれば喜んでするよ」


 今まで学生生活を送る中で千花の素性を知っている生徒は興人だけだった。

 それが1人味方が増えたとあれば心強い。


「ぜひお願いします。あ、でもあまり私のことを話しすぎると逆に……」

「そこは重々承知してるよ。どこに悪魔がいるかわかったものでもない。こっそり、ね」

「ありがとうございます」


 唯月が優しそうに、それでいていたずらを楽しむ子どものように人差し指を口に当てながら微笑む。

 その柔らかい態度に、千花は短い間でも心が和らいだ。

明後日水曜日はお休みです。2週連続ですみません。

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