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光の巫女  作者: 雪桃
第1章 出会い
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異世界・リース

「別世界は通称『リース』と呼ばれています。予想はついていると思いますが、あなた達がよく言うファンタジーの世界と同じように、魔法を使うこと、人間以外の異種族が当たり前のように生きている世界です」


 まるでおとぎ話でも聞いているような錯覚に陥りそうになりながらも、千花は聞き逃しのないように真剣に頷きながら聞いていく。


「原理としては地球とほぼ同じです。1つの惑星に様々な国が点在している世界です。その中でも中心であり、中立となっている国が『トロイメア』。日本で言う東京のようなものですかね」


 千花はひとつひとつ噛みしめるように二度頷く。


「トロイメアを中心に、リースには主要国が7つあります。この国を総じて七大国(セーミランターラ)と呼んでいます」

「セーミ……はい」


 少し雲行きが怪しくなりながら千花は1つ頷く。


「トロイメアは主に人間が、七大国は異種族が住んでいます。例えば獣人の住まう『ウェンザーズ』。吸血鬼の住まう『バスラ』。人魚の住まう……聞いてますか?」


 真剣に話す邦彦がふと顔を上げると千花が死んだような目で壊れた人形のように小刻みに首を動かしていた。


「聞いてますよ。トロイヤとセーミランランと……」

「トロイメアとセーミランターラです。横文字が苦手だと覚えづらいですね。省略しましょう」


 元々学力の成績が良くない千花に初見の難しい言葉を大量に覚えさせるのは不可能だと邦彦は気づいた。

 千花の意識が戻ってきたところを見計らって邦彦は再び口を開いた。


「このリースに平和をもたらしているのが光の巫女。悪魔から人々を守る神です」


 光の巫女の言葉に千花は一層顔を引き締めて身を乗り出す。


「元々リースを創造した神は別ですが、我々の間では『トロイメアには光の巫女の魂が眠っている』と昔から言い伝えられています」

「……へえ?」


 日本にも似たような神話はある。

 だが未だに理解できないこともある。


「それがどうして後継者探しに繋がるんですか。悪魔から守ってくれてたんでしょう?」

「ええ、本来は。しかし3年前からリースはおかしくなりました」


 何が、と首を傾げる千花に邦彦は暗い面持ちでゆっくり口を動かす。


「3年前、悪魔の世界と我々の世界を隔てている扉を打ち破られました。元々20年前に弱まり始めていた力を機関が騙し騙し修復していたのですが、それも間に合わず」

「悪魔が押し寄せてきたんですか」


 千花の問いに邦彦は静かに1つ頷いた。


「初めは有力の魔導士が足止めをしていたのですが、巫女を圧倒する程の力に打ち勝てた物は1人もおらず、結果、5つの国が魔王によって占領されました」


 当時のことを思い出したのか、邦彦は眉を寄せて険しい表情のまま組んでいる手をきつく握りしめる。


「今その国はどうなっているんですか」

「わかりません。3年前に占領されてから全ての国との交易が一切遮断されました。無理に交渉すればこちらが狙われます」

「じゃあその国の人達は」

「奴隷のように虐げられているか、そうでなくとも不自由で苦しい生活を送っているでしょう。だからこそ後継者が必要なんです」


 おおよそ平和な国で暮らしてきた千花は魔王や奴隷という言葉に絶句する。

 そんな千花を横目に邦彦は話を戻す。


「トロイメアは中心であり中立の国。故に他国との繫がりを切ることも悪魔にこの世界を渡すこともあってはならない。一刻も早く悪魔に打ち勝つ存在が必要なんです」


 邦彦のいつも落ち着いた声が段々と気色ばんでいく。

 千花は何とも言うことができず、重い沈黙が続く。

 次に静寂を破ったのは邦彦の短い溜息だった。


「これで教えられることは全てです。他に聞きたいことはありますか」

「え!?」


 更に何か説明が来ると思っていた千花は唐突な終わりに拍子抜けした声を出してしまう。

 千花が返答に困っていると邦彦が一言零すように呟いた。


「責任を負おうなんて考えないでくださいね」

「え?」


 千花の考えていることを言い当てたとでも言うように邦彦は続ける。


「確かにあなたは巫女の力を持った類稀な存在。正直口から手が出るほど欲しい人間です」

「じゃあ」

「けれど、巫女として悪魔と戦うことは常に死と隣り合わせと同意です。今までも候補はいましたが、誰もが恐怖から逃げだしました」


 邦彦の言葉を千花は黙って聞く。


「気持ちはわかりますが、一縷の望みを託した者達が直前になって逃げだすと人間の士気も下がります。そのため我々は本当に覚悟のある者を連れてこいと命じられています」


 邦彦はそこまで言うと千花の目を冷たく見据える。


「あなたにはありますか。育ててくれたご両親、共に学び合った友人、故郷。全てを捨ててでも別の世界の見ず知らずの人間を救う覚悟が」


 邦彦の問いに千花は顔を俯かせて黙ってしまう。

 苦しんでいる人達を救いたい正義感はあるが、同じように家族や友人、更に自分の命を捨てる恐怖も押し寄せてくる。

 長い間悩んだ後、千花は震える口を開く。


「連絡先をいただけませんか」


 意外な返答に邦彦は目を丸くする。


「何故ですか」

「今この場では決められません。まだ、灯子さん達ともけじめがついていないのに、覚悟は決められない」


 そうでしょうね、と邦彦が無言で頷く中、千花はでも、と続ける。


「私、自分のやりたいことがわからないんです。好きな生き方も、将来のことも。だから、考えてみたい。両親とも友人とも向き合ったうえで、どうしたいか考えさせてください」


 千花の訴えと真っ直ぐ自分を見つめるその目に邦彦は驚きながらも考える素振りを見せる。


「そうですね。考える時間を与えたことは一度もないかもしれません。ちなみに断る可能性は?」


 邦彦の質問に千花は言葉を詰まらせる。


「ない、こともないです」


 千花の返答を予測していたかのように邦彦は特に表情を変えずに胸ポケットからメモ帳を取り出し、連絡先を記入した。


「直前になって断られるよりかはマシでしょう。決断ができたら連絡してください。何度も言いますが断ってもこちらは深追いしませんので」


 千花は邦彦からもらった紙切れを手帳に挟み、最後の忠告に力強く頷いた。

 千花がメモをしまったところで邦彦は立ち上がり外へと続く扉に手をかけた。


「話はこれで終わりです。そろそろ1時間が経ちます、あなたは修学旅行でここにいらしたのでしょう。これ以上長居すると怪しまれます。送りますので静かについてきてください」


 千花は複雑な感情が入り混じりながらも何も言うことなく黙って邦彦についていった。

 その後、邦彦は千花の修学旅行のしおりを頼りに15分程で目的地に辿り着いた。

 集合場所には既にほとんどの生徒が立っていた。


「ここなら見つかりません。僕はすぐに離れますのであなたは何食わぬ顔で戻ってください」

「ありがとうございます」


 お礼を言い、すぐに生徒の輪に入っていく千花を見届けてから邦彦は静かに車を動かした。


(田上さんがこちらへ来るとは考えない方がいいでしょう)


 邦彦の予想は1週間後、千花の手によって破られることになるとは彼は知る由もなかった。

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