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光の巫女  作者: 雪桃
第6章 機関へ
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神にならねばならない

 ライラックは静かな廊下を歩く。

 鉈を背中に、すぐに仕事をサボる片割れを探していた。


(あいつ、2日も仕事しないで何やってんのよ。こちとら新しい薬の製造に手を焼いてるってのに)


 片割れが透明化していることくらいは900年も共にしていれば簡単にわかる。

 だが悲しいことにかくれんぼで勝てた数は負けている。


(見つけたら縛りつけてその四肢切断してやる。修復するまでほっとけばあいつも懲りる……いや、そんなことじゃ懲りないわ)


 900年も不老不死を続けていれば残虐な死に方を何度も経験する。

 面白半分に体を弄る者も少なくなかった。


(テオもなんでそっち側に立つかなあ)


 慣れてはいるが平気なわけではない。

 テオドールも同じはずなのだが。


「ら、ライラックさん!」


 後ろから控えめに、だが必ず呼び止めるという意思を持った声音で名前を呼ばれる。

 ライラックが足を止めて振り返ると、そこには姿を現したリンゲツが立っていた。


「リンゲツ、あんたが自分から姿を出すなんて珍しい。明日は槍でも降るんじゃないの」


 ライラックは驚きながらも茶化す言葉を吐くが、リンゲツは怒ったような悲しそうな顔をする。


「あれは言い過ぎだと思います」

「あれ? ああ、訓練場にいたの。なんか気配が珍しく2つあるなと思ってたけど、盗み聞きの趣味なんて悪いわよ」


 ライラックが訓練場に現れた理由はいつも1人しかないはずの気配が珍しく2つになっていたから。

 テオドールがちょっかいをかけているとばかり思っていたのだ。


「で? 何が言い過ぎだって?」


 ライラックの睨むような視線にリンゲツは尻込みしそうになるが、そこは耐える。


「巫女様はまだここに来て日が浅いんです。ライラックさんの言う真実は今の巫女様が聞くには酷すぎる」

「だから時間をあげたでしょうよ。巫女だってすぐに聞いてこなかったんだから」

「巫女様は責任感が強いです。あんな言い方をしたら疑心暗鬼になって心の準備もできないまま無理矢理この世界を受け入れようとしますよ」

「それの何が悪い?」


 頑張って弁論しようとするリンゲツにライラックは軽く一蹴する。

 予想だにしない返答にリンゲツは開いた口が塞がらない。


「私から言わせれば真実を伝えるのが遅すぎる。光の巫女の名を背負わせた時点でこの世の暗いドロドロした過去は全て話すべき。それを聞いてなお悪魔と戦うと決心した者が本物の光の巫女でしょう」

「巫女様は、ただの女の子ですよ?」

「いいや違う」


 ライラックはまた睨む。今度は顔つきのせいではない。

 意図を持ってリンゲツを黙らせるために表情を険しくしている。


「あの子は神にならなければならない。人の世を捨てて、この世界を守るために犠牲になる者だ」


 あまりの言葉にリンゲツは二の句が告げず、驚愕な表情のまま固まる。

 2人の間に沈黙が訪れて数秒、そのまま時が止まるかと思えたが、静寂はすぐに破られた。


「2人とも喧嘩してんのお?」

「テオ!!」


 この重い空気を一切読まず、黒髪の青年・テオドールが「ばあ」と逆さになりながら飛んできた。


「もー、ここ1階だよ? あんまりうるさくするとマーサが怒りに来るよー……ってあれ? ライラ怒ってる?」


 明るい調子で宙を舞うテオドールだが、片割れの顔を見た瞬間動きを止めた。


「そうねえ。今なら山を真っ二つにできるかも」

「わー、めっちゃ怒ってんじゃん」


 ライラックは笑いながらも般若のように顔を歪ませ、背中の鉈を引き抜く。

 テオドールは同じような顔でニコニコ楽しそうに笑いながら廊下を飛んでいく。


「にっげろー」

「待てえええ!!」


 先程の一触即発の空気はどこへやら、機関の双子は見る間もなく遠くへ消えていった。


(優しさが、巫女様にとっては仇になる)


 顔も知らないリンゲツに花のように笑いかけてくれた千花。

 あの笑顔のまま、戦って、平和を取り戻してほしい。

 それがたとえ不可能な願いだとしても。


(もう一度訓練場へ。いえ、今は1人にしておきましょう)


 千花はリンゲツが隠れていれば正体に気づかない。

 だが、それでも今は1人で考える時間が必要だ。

 リンゲツは姿を消し、2階へと上がっていった。






 翌日。邦彦が今日もいないということで千花は訓練場に来た。

 だが、その顔は晴れない。


(私は何も知らない。今まで辛い場面を何度も見てきたけど、あんなのほんの一部でしかないんだ)


 ライラックに教えてあげると言われた時、すぐに頷けなかった自分がいた。

 ここまで来て話を聞いたら千花の中の決意が揺るぎそうだったから。


(きっと、安城先生なら私が苦しむ話はしない。でもそれじゃ意味がない。光の巫女を名乗るなら、私は……)


 ストレッチをしながら物思いに耽っている千花は訓練場の扉が開いたことに気づかなかった。


「田上?」


 背後から突然名前を呼ばれ、千花は体を震わせながら振り返る。

 扉の前に立っていたのは興人だった。


「お、興人か。おはよう」

「おはよう。もう動いて大丈夫なのか?」


 なぜ誰もノックしないで入るのか、と疑問に思った後、千花は訓練場がほとんど使われていないことを思い出した。


「うん。昨日からマーサさんに体を動かしていいって言われたから」


 邦彦には秘密にしていることは言わないでおく。

 興人は千花の訓練姿を見ながら首を傾げた。


「動きが鈍いな」

「3日も寝てたから体が戻ったみたい」

「そうか」


 股関節を伸ばしている千花の動きを見て興人は背後に近寄る。


「興人……? あ、いたたたた!」


 千花が手加減しながら柔軟をしていたというのに興人が容赦なく広げてきた。


「少し痛いくらいでやれよ」

「せめて一言声かけて!」


 痛みに悶えながら千花はしれっとしている興人に怒る。


「昨日は病み上がりだったろ。何やったんだ?」

「今日と同じ。柔軟と体力作りを多めにやってる。後杖がないから素手で魔法を出す練習も」


 最後の千花の言葉に興人は驚いたような素振りを見せる。


「杖なしで魔法出せたのか」

「出すだけはね。実戦で使えるほどの威力は全く出てこない」


 昨日も全力を出してようやく動かない的を1つ壊したくらいだ。

 千花が説明すると興人も何かを考えているようだった。


「興人はやったことある?」

「昔に一度だけ。田上と同じで道具を使わなきゃ弱々しいものだったが」


 試そうとしているのだろうか。

 興人は大剣を鞘から抜かずに手のひらを的に向ける。

 千花も様子を見るために立ち上がって少し離れる。


「フレイムボール」


 慣れた口調で呪文を唱える興人だが、それとは反し、弱々しい火の玉が1つ噴出された。


「難しいな」

「でしょ? シモンさんがすごいってことくらいしか学べてないの」


 千花が共感するように強く頷く横で、興人がぽつりと一言呟く。


「あの人は、生まれが特殊だから」

「どういうこと?」


 言葉の意味を詳しく知ろうと千花は聞き返す。

 だが興人は失言に気づいたように口を噤む。


「……聞いちゃいけないこと?」

「本人の許可なくベラベラ話す内容ではなかった」

「そっか」


 いつもは食い下がってでも根掘り葉掘り聞こうとする千花がすぐに諦めるため、興人は首を傾げる。


「知りたくないのか?」

「聞いたら教えてくれるの?」

「いや……」

「きっと、私がまだ知っちゃいけないことがたくさんあるんでしょ。だからライラックさんもあの時話さなかったんだ」

「ライラックさん? あの人に会ったのか。何もされなかったか?」


 諦め半分で悟っていた千花は興人の心配する声で現実に戻る。


「何も、って普通に優しい人だったよ。人体実験するのはテオドールさんでしょ?」

「いや、ライラックさんもやる」


 テオドールを追いかけていた時はかなり危ない人だと思っていたが、話すとまともな人だった。

 イメージをそのまま伝えると興人は渋い顔をする。


「薬のことになると周りが見えなくなるから、絶対にライラックさんの前でその話はするな。何か入り用があればマーサさんに言え」

「具体的に何をするの?」

「……それこそ口が裂けても言えない」

「余計気になるんだけど!?」


 やはり機関は危ないかもしれない。

 千花は嫌な予感を抱きながら身震いした。

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