王国騎士団の遠征
トロイメア城の奥、重厚な扉を抜けた先にある謁見の間に、邦彦は跪いていた。
「此度の討伐もよくやった。七大国を徐々に取り戻せたこと、褒めてつかわす」
「ありがとうございます」
邦彦は頭を垂れたまま感謝を述べる。
トロイメア女王、シルヴィーは「しかし」と話を続ける。
「やはり悪魔側も巫女の存在に気づいていたか。こちらの計画としては、誤算だったな」
「仰る通りでございます。光の巫女を孤立させたことは、完全に私の落ち度でした」
「現在、巫女はどうしている?」
シルヴィーもバスラでの痛手は理解している。
その問いだろうと邦彦はすぐ答える。
「昨日目を覚ましました。万全とはいきませんが、動くことはできています」
「毒を喰らったと聞いたが、後遺症が残らなかったことは幸いだな」
本当にシルヴィーの言う通りだ。
例え生き残っていたとして、戦えなくなったら本末転倒だ。
「後は、重傷者が多数。死者もいないわけではない。はあ……また厄介な者達が噛みついてくるな」
シルヴィーは珍しく疲れたような顔で額を押さえる。
「配慮が足りず、申し訳ございません」
「良い。お前達のせいでないことくらいは容易にわかる」
「お心遣い感謝します。続けて、次の魔王討伐についてですが」
邦彦が話を変えようとしたところで、重厚な扉が勢いよく開いた。
謁見中に堂々と割り込んでくるのは1人しかいない。
「おやおや、また会いましたなクニヒコ殿」
シルヴィーが明らかに不機嫌な顔をしているが、全く気にしていない様子で宰相ローランドはずかずかと部屋に入ってきた。
「いつもお世話になっております。ローランド様」
邦彦もシルヴィーと同じ意見だが、そこはいつも通りポーカーフェイスを貫く。
前のようにここで離れてしまえば突っかかられることはなくなる。
「何の用だローランド。以前は許したが、2回目は不敬罪として牢に入れるぞ」
話を遮られたことにも、自身の命令を無視することも、全てに対してシルヴィーは我慢の限界を超えている。
「落ち着いていただきますよう。宰相を安易に牢に入れては、民から不信感を抱かれますよ」
女王の怒りすら届かないその傍若無人ぶりに、邦彦はむしろ尊敬する。
もちろん悪い意味でだ。
「もういい。用件を話せ。まさか世間話をしにここに来たわけではあるまい」
「滅相もございません。今回は女王陛下に王国騎士団の遠征の知らせを」
「遠征? ウェンザーズにか?」
悪魔に支配されてから長期遠征を中止していたトロイメア国。
騎士団を動かすのは実質ローランドの仕事であるためシルヴィーが初耳でも仕方はないが。
「いいえ。ウォシュレイでございます」
「っ!?」
「ウォシュレイだと!? 貴様、何を言っているか!」
シルヴィーは怒りと焦りを交えながら声を荒げる。
邦彦も声こそ出さないまでも表情は引きつらせる。
そんな邦彦を横目で嘲笑しながらローランドは話を続ける。
「私は思ったのです。これまで魔王を倒した光の巫女候補者は、年端も行かない少女でしょう? では、少女が余裕で倒せる悪魔を、訓練を積んだ騎士団が倒せぬはずがないのです」
ローランドの言葉に邦彦は静かに額に青筋を立てる。
「余裕」? 千花とシモンの状態を見てから言ってほしい。
「それともまさか? 光の巫女様は少女にして天才とでも仰いますか? それでしたらぜひ一度私の元に連れてきてほしい所です」
ローランドの前に千花を連れていったら体の前に心を壊されるに決まっている。
光の巫女候補者を否定している者なら必ず。
「というわけで女王陛下。ご報告までにあがりました。お心に留めておいていただきますよう」
「……もういい。下がれ」
シルヴィーは心身ともに疲弊したように、力なくローランドを手で指示する。
任務を遂行できたローランドはその無駄な腹の肉を揺らしながら出ていった。
「なんなんだあの者は。権力を持たせてはいけなかったか。しかし、あやつを政権から降ろすことはできるか……」
ローランドはあの性格だが、王宮の者からはかなり人望が厚い。
シルヴィーが実権を取り上げればトロイメアが分断される。
今の混乱でそれは避けたい。
「重ねて謝罪しようクニヒコ」
「彼らにとって余所者は我々でしょう。覚悟の上です。しかし、問題は……」
「ああ、ウォシュレイだ」
七大国が1つ、人魚の国・ウォシュレイ。
南に位置し、海の中にある国だ。
「予想はできているが、騎士団が魔王の地へ踏み込むことは可能か?」
「不可能でしょう。一度瘴気に当てられれば、覚悟ない者は息絶えます。今兵力を削るのは、最善とは言えません」
「私も同意見だ。どう止めるか」
どれだけ止めようとローランドが大人しくなることはないだろう。
無理に止めれば千花を盗られてしまう。
「機関の中で1人偵察を用意しましょう。気づかれないように、援護をします」
「頼んだ。ローランドに、好きにさせてはならん」
「はい」
邦彦は1つ礼をし、謁見の間を後にした。