あるヴァンパイアの証言
人が100人は入りそうな大部屋にはロウソクが1本しか立っていない。
これでは明かりとしての役割を果たさず、部屋は暗いままだろう。
だがその部屋は機能していた。
宙に浮かぶ20ものモニターが全体を囲んでいたから。
「来たか」
円状に浮かんでいるモニターの真ん中にあるシンプルな黒い椅子。
そこに腰かけているのは美しい金の長髪を流している、端正な顔の青年だった。
青年は黒のローブを着用し、目の前に現れた者を見上げている。
「リンゲツ、ただいま参りました」
目の前に現れたのは緑の長髪を下の方で結わき、赤い目を持つ女性だ。
巫女のような装束だが、なぜか二枚下駄を履いている。
名乗ったように彼女がリンゲツだ。
「手短に状況を話せ」
青年はリンゲツが登場したことには興味を示さず、モニターを見ながら話を進める。
だがその態度がリンゲツには嬉しかった。
「はい、ノーズ様。バスラを支配していた魔王ゴルベルの魂はどこにもありません。完全に浄化されたと思われます。3年続いた状況を変えられ戸惑う者も多数いたようですが、大半は脅威がなくなって安心しているようです」
リンゲツは目にまでかかる前髪をはらうこともなく早口にまくし立てる。
「直接乗っ取られた者達も既に目を覚ましています。若いヴァンパイアもいましたが乗っ取られた時間が短かったこともあり後遺症も残っていないようです。後倒壊した建物ですが……」
「光の巫女が目を覚ましたと聞いた」
青年はリンゲツの言葉に被せるように口を開いた。
やはりその話になるかとリンゲツは顔を強張らせる。
「わ、私は管轄外で……」
「接近しただろう。言い逃れできると思うな」
何でもお見通しの青年に誤魔化しをしたところで無駄なことくらいリンゲツもわかっている。
「光の巫女様はとても奮闘しておりました。一介の少女には辛いことばかりでしたが」
「例えば?」
「……毒に体を侵され、一切の魔法が効かないというプレッシャーに打ち勝ちました」
「私には、仲間を囮にさせたようにしか見えなかったが」
この青年は意地悪だ。
無論気の弱いリンゲツは毛頭反論する気はないが、詰め寄られないように表情を崩さず黙る。
「一介の少女には辛い、と言ったな。あの娘はそこらの少女と何が違う。辛いことから目を背け、戦いを他者に任せ、浄化のみ行っただけだろう」
「わ、私達は光の巫女様を守ることが役目です。前線へ出ることは当然かと」
「忘れたかリンゲツ」
青年の純白の瞳がリンゲツをじっと見据える。
それだけでリンゲツは金縛りにあったように動けなくなる。
「我らの目的は光の巫女に魔王を倒させること。巫女が命を奪われる隙を与えないように監視しておけと命じたはずだ」
青年の声は抑揚がない。
だがリンゲツは神の怒りに触れたようなプレッシャーを感じる。
「お前は自分から人と関わりを持たない。だから監視役を任せた。自分から巫女を救おうとするな」
「……仰せのままに。ノーズ様」
リンゲツは嫌な汗を背中に感じながら敬意を表して一礼する。
下がれの合図と共にリンゲツは焦らないよう努めてゆっくり薄暗い奇妙な部屋を出た。
「…………はあああああ」
重厚な黒い扉を閉め、静まりかえった白い空間に出た瞬間、リンゲツは遠慮なく大きな溜息を吐いた。
(人と話すのは苦手です。心臓ドキドキです)
リンゲツは牙のような犬歯を隠せないほど疲弊している。
こういう時は現実逃避に訓練場に行きたいが、1人でないと休まらない。
(この時間はオキトがいるでしょう。あの子も暇さえあれば鍛錬に行きますから)
リンゲツは2階へと続くワープホールへ入る。
3階はただでさえ息苦しいのにノーズの監視部屋しかないのだ。すぐにでも離れたい。
リンゲツは小さくあくびをして目を開ける。
「おや、リンゲツじゃない」
完全に気を抜いていたリンゲツは近くに来ていた存在の気配すら感知できなかった。
慌てて着物の下に身に着けていたフードを目深に被る。
「珍しいわね。あんたが気配を察知しないなんて」
「つ、疲れてまして」
リンゲツは一切の視界を遮断しながら足下で人の数を確認する。
目の前にいるのは声の主1人だけのようだ。
「ああ、ノーズの所に行ったってね。胃痛薬、やろうか」
「ぜ、ぜひ」
リンゲツは差し出された青い薬を受け取る。
とびきり苦いが、キリキリ鳴る胃にはとても効果がある。
「ふう。ら、ライラック様は何用でここに?」
リンゲツは極力目を合わせないようにしながら黒髪に黒い吊り目を持つ20代くらいの女性に聞く。
ライラックと呼ばれたその女性は「そうだ」と用件を思い出す。
「あんた、テオ見てない?」
「テオドール様? いいえ」
リンゲツの返しにライラックは軽く舌打ちをする。
「もし会ったら伝えといて。早く仕事に戻らないと八つ裂きにするよって」
そう言いながらライラックはおおよそ人体を切断するには十分な鉈を背中から取り出す。
リンゲツはその凶暴な武器に顔から色をなくす。
「こ、殺すのはいいですが無闇に血を出させないでくださいね」
「あんたの妥協も中々ハードよ。ああそうだ、巫女が起きたってね。今2階を回ってるそうだから1階にいた方が人と会わないんじゃない」
ライラックの言葉にリンゲツは目を丸くする。
「巫女様、動いてるんですか? まだ3日ですよ」
「私に聞かれても。ポラリス内部を案内してもらってるらしいけど」
あれだけ魔力を消費してよく立ち上がれるものだ。
リンゲツが心配そうに眉を寄せるとライラックが意外そうに見返してくる。
「あんた、巫女になんか恩でもあるの? 気にかけるなんて珍しい」
「えっ!?」
ライラックに指摘され、リンゲツは明らかに動揺する。
「い、いえ、気のせいですよ。あはは……」
「あっそ。じゃあリンゲツお願いね。テオを見かけたら3日間八つ裂きだって」
「期間増えてますよ」
ライラックは簡単に告げると、来た道を戻っていった。