不老不死の危険人物
「わあっ!?」
静かにする約束を忘れ、千花は大声で叫ぶ。
話していた興人ははっと千花の方を向き、その身を背中に隠す。
「面白い反応だね」
ゾンビ頭はあははと笑いながら地上に降りてくる。
首から下はスーツに白衣姿のようだ。
未だ心臓がうるさく鳴っている千花の背を擦りながら邦彦はゾンビ頭に口を開く。
「お疲れ様ですテオドールさん。相変わらず楽しそうですね」
「うん、すごく楽しい!」
苦笑する邦彦にゾンビ頭は陽気な声を出す。
「その頭は、戦利品ですか?」
「実験で出来たゾンビの皮ー。でももういらないや」
ゾンビ頭は自分の頬を掴むとそのまま皮膚を引き剥がしていく。
メリメリという音に血の気を引かせる千花を差し置き、ゾンビは黒髪の青年へと変わった。
「いる?」
「結構です」
剥がされた皮を差し出してくる青年に邦彦ははっきり拒否する。
当たり前のような光景に千花の色をなくした顔からは冷や汗が止まらない。
「興人、あの人危ない」
「目つけられたら一生構われるぞ」
頑張って興人の後ろに隠れようとする千花だが、当然青年の興味は一気にそちらへ向く。
「ねえこの子誰? 新人?」
ためらいなく指を差してくる青年に千花は体を跳ねあがらせる。
「テオドールさん、人に指を差してはいけませんよ」
「そうなの? で、この子誰?」
注意されても何も改善されていない。
これ以上は無駄だと悟った邦彦が千花を紹介する。
「話は聞いていませんか? 光の巫女候補者の田上千花さんです」
自分の紹介をしてくれていることに気づいた千花は興人の背に隠れながら会釈する。
「ああ、リンリンの言ってた巫女様だ」
(リンリン?)
(リンゲツさんのことだ)
千花と興人はほとんど口に出さず会話を成立させる。そしてこの青年が今話に出ていたテオドールらしい。
(ていうことはこの人危ない人……?)
千花が少し考え事をしていると、テオドールは興人を柱のようにしながら顔を覗き込んできた。
「すごく健康そうだね巫女様」
「絶対に実験してはいけませんからね」
テオドールはただ千花の状態を褒めただけなのに邦彦が物騒な返しをする。
テオドールは千花の両手を取り、じっくり観察する。
「だめなの? ほら見て、両手だってこんなに綺麗だよ? 生爪1枚もらってもすぐ再生するって」
最後の言葉と共にテオドールは千花の小指の爪を掴もうとする。
反射的に千花は手を引っ込める。
「絶対に駄目です」
「じゃあ髪は?」
「ライラックさんを呼びますよ」
なお食い下がろうとするテオドールに邦彦はとどめとばかりに声を低くして脅す。
千花には何のことかわからなかったがテオドールは頬を膨らませながら諦めたようだった。
「まだどこか行くの?」
諦めたテオドールは淡泊で、千花から興味を失っていく。
「あ、あの人もすごい人なんだよね?」
千花は未だ鳴り響く心臓を無視して興人に聞く。
「人体錬成に手を出して不老不死になった人だ。計り知れないほど頭が良くてボロボロの体を完治させることはできるが、それより人体実験をしたくてすぐ臓器を求めてくる」
「サイコパス……不老不死?」
「900年以上生きてる人がいるって話したろ。その1人」
「1人じゃないの!?」
てっきり機関長ノーズという男だけが900年生きているのだと思っていた。
さも当たり前のような数字に千花は慄く。
「機関の中では珍しくない。むしろ、2桁の年齢なんて俺と先生くらいしかいない」
「マーサさんもギリギリ」と思い出す興人を横目に千花は頭の中がパンクする。
やはり少し休ませてもらおうかと邦彦に提案しようとしたところ、テオドールが割って入った。
「そうだ! さっきリンリンがノーズに呼び出されてたよ。巫女様が起きたから報告してるんじゃない?」
「リンゲツさんが?」
なぜ邦彦ではなくリンゲツが呼ばれるのか。
確かにバスラにはいたが、よく見ていたのは邦彦の方だろう。
「機関長の部屋に行けるのはそれなりに力のある人だけだから、俺達が呼ばれることはほとんどない」
「リンリンの胃がキリキリ鳴ってたよお。『行きたくない』って呟いてた」
「後でお礼を言わなければ」
人付き合いが苦手なリンゲツには酷な仕事だ。
リンゲツの話を聞いた邦彦は上を見上げる。
「さて、そろそろ行きましょう。ここで話をしているとうるさいと叱られますから」
邦彦が指した先には白い扉があった。
壁と同化して見えないと言うのにこの部屋の持ち主はそれでいいと言う。
「ボクもついて……」
「仕事にお戻りください」
自然とついてこようとするテオドールを即座に邦彦は拒否する。
「わかったよお。じゃあね巫女様、今度は血液ちょうだい」
「あげません」
千花の代わりに邦彦が答え、若者2人の背中を押しその場を離れていく。
消えていく彼らを見送り、テオドールは手のひらに乗っている黒い髪の毛をつまむ。
「わーい、巫女様の髪ゲットー」
子どものように喜ぶテオドールがこれから何をするかは、恐ろしくて誰にもわからなかった。