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光の巫女  作者: 雪桃
第6章 機関へ
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上階へ

 水と丸椅子を持ってきてくれた邦彦に従い、千花はしばらく休息を摂る。

 千花にくすぶる黒い思いは変わっていないが、一先ずは落ち着いたようだ。


「怒ってすみません」

「いいえ、疲れているあなたに無理をさせました」


 同じく千花の隣に座っている邦彦が静かに答える。


「機関の情報はまだあります。今日はこのまま休憩しますか」


 邦彦の提案に千花は(かぶり)を振る。


「……わかりました」


 千花は再び邦彦の手を取り、寝ているシモンを一目見た後、泣きたい気持ちを抑えながらその場を去った。


「ああそうだ。この時間なら訓練場に日向君がいますね」

「興人?」


 その名を聞くのは久しぶりな気がする。

 バスラで離れ離れにされてから一度も会っていなかった。


「興人は無事だったんですね」

「脇腹を刺された状態を無事と呼んでいいのかわかりませんが、本人はかすり傷と言っています」


 それは多分かすり傷ではない。

 邦彦もそう言いたいのだろうからあえて千花は何も言わなかった。


「先に会いに行きましょうか」

「はい」


 2人は先へ進む。

 飛行船はどうやら1つ1つ扉で区切られた部屋に分かれているらしい。

 千花は休んでいた医務室の向かいと思われる所に両開きの扉があった。


「ああ、やっぱりいましたね」


 邦彦が両扉を開けて中に入る。

 千花も続いて入ると、大剣を素振りしている興人が目に入った。


「興人!」


 千花が声を張ると、遠くにいた興人もこちらに気づいたらしい。

 素振りをやめて流れる汗を拭いている。


「今日も精が出ますね」

「先生。それに田上も、目が覚めたのか」


 シモンの件もあり心配していた千花だが、いつもと変わらない元気そうな興人の姿を見て一安心した。


「興人、刺されたって聞いたよ? 動いて大丈夫なの?」


 体を案ずる千花に興人はああ、と服を捲って腹の包帯部分を見せる。


「ただ掠っただけだ。大事ない」

「掠っただけならこんなに包帯巻かないと思うよ……」

「もっと言ってください田上さん」


 邦彦が煽るということは確実に軽傷ではないだろう。

 恐らく、邦彦も何度も止めて諦めたに違いない。


「訓練場、こんなに広いのに興人しかいないんですね」

「機関の方々は基本体を動かすことがお嫌いなんですから」

「リンゲツさんはたまに見かけます。俺が入るとすぐどこかに消えるので手合わせしたことはないですが」

(出不精、コミュ……人見知り、後は人付き合いがそんなに得意ではない)


 話だけ聞いていると人間関係に難ありのの強い人達、という印象だろうか。


「機関の案内ですか?」

「ええ。1階は全て案内したので上へ行こうかと」


 邦彦の返答に興人はなぜか渋い顔をして、大剣を鞘に収める。

 首を傾げる邦彦に興人は理由を伝えるように小声で話す。


「俺も行っていいですか? あの、さっきテオドールさんが2階を徘徊してまして。ライラックさんには言ったんですが……」

「言いたいことはよくわかりました。ぜひ同行をお願いします」


 興人が全て言い終える前に邦彦は頼み込む。

 考え事をしており話を聞いていなかった千花には全く踏み込む余地がなかった。






 1階を全て周った千花は再びワープゾーンの元へ戻ってきた。

 2階に行くにはここを通るらしい。


「田上さん、日向君と手を繋いでいてください」

「え、どうして?」


 はぐれる癖があるとしても流石に機関内であればそこまで迷うことはないだろう。

 千花が言い返そうとすると邦彦が珍しく千花の肩に手を置いて迫るように微笑む。


「本当に危険なので手を繋いでください。絶っ対に目の前にいてくださいね」

「え? え? はい……」


 いつも冷静な邦彦の勢いに圧されて千花は冷や汗をかきながら手を伸ばす。

 その手を興人は取り、握り返しながら耳打ちする。


「今はとりあえず何も聞かないで指示に従ってくれ。後で説明するから」

「お化け屋敷にでも行くの?」

「……あながち間違いではない」


 否定してくれない興人に千花は冷や汗が止まらず顔色も悪くした。


(だ、大丈夫大丈夫。仲間だから)


 千花は自分に言い聞かせながら興人と一緒にワープホールの中に入った。

 地上の異世界を繋ぐ扉と同じで目を開けた時には姿が──変わっていなかった。


「ここが2階?」


 見回してもやはり変わらず白い壁と左右に続く通路のみでどこが変わったか区別がつかない。

 困惑している千花に興人は背後の壁を指す。


「数字が書いてある」

「本当だ」


 白い壁には黒字で大きく数字の2が書いてあった。

 試しに手で触れてみるが、魔法で書かれているのかインクのようなものはつかなかった。


「恐らく会わないとは思いますが、ここからは機関の者が多数在籍しています。刺激しすぎないように」

「は、はい」


 邦彦に改めて言われ、千花は気を引き締める。

 そこまで警戒する必要はないかと思うが、するに越したことはない。


「とは言え様相は1階と全く変わらないので何も起きなければただ1周して終わりになりますね」


 千花は邦彦の後ろを歩きながら辺りを見回す。

 左右は白い壁、ということは内側は吹き抜けで間違いないだろう。


「本当は1つずつ部屋を開けてここの人達を紹介したいところですが」

「で、できればまた今度で」

「と言うと思いました」


 確かに先へ進みたいと言ったのは千花だが、10人全員紹介されるとキャパを超える。

 邦彦もよくわかっているのか即答する。


「というよりあちらに許可なく扉を開けるとこちらが怒られますので」


 邦彦は説明しながら歩みを進めていく。

 先程言われたように興人と手を繋いではいるが、このまま静まりかえった廊下を歩いているだけなら何も問題はないだろう。


(まだなんで手繋がなきゃいけないのかは教えてくれないのかな)


 千花はすぐ隣にいる興人を見上げる。

 その視線に気づいた興人がその意図を少し考えて耳打ちしてくる。


「ちょっと……いや、贔屓目で見てもかなり危険な人が今仕事サボって徘徊してるから」

「それもっと早く言ってくれない!?」

「姿隠して近づいてくるから迂闊に話すと目をつけられる」


 今回に関しては言えない理由がしっかりあったようだ。

 姿を隠すということは隣にいるかもしれないということにも繋がるわけで。


「え、今もいる?」

「わからない。何せ気配そのものを消せるから」


 千花は誰もいないはずの廊下を堂々と歩けなくなる。

 興人の言っていたお化け屋敷の意味がわかった。


「私、誰も見えないよ」

「安心しろ。俺もだ」


 失礼だとは思うが興人に見えないと言われても何も安心はできない。

 2人の会話を黙って聞いていた邦彦が歩みを緩めて後ろを向く。


「そこまで怯えなくてもいいですよ。田上さん、バスラにいた時もリンゲツさんを呼んだでしょう。見守られていると思えばいいんです」

「リンゲツさんは任務でしたけどテオドールさんはお遊びですよね」

「テオドールさん?」


 興人が返答する横で千花は新しい名前を小さく反芻する。

 その名前を持つ者が徘徊しているということかと首を傾げていると、左から声が聞こえてくる。


「呼んだ?」


 千花がそちらに顔を向けると何もいない。

 気のせいか、と視線を上にした瞬間、逆さまになったゾンビの顔が目の前に現れた。

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