私のせいだ
少し先へ進んでいくとカーブのように道が曲がる。
「機関は丸型なんですね。この緑色の円はなんですか?」
カーブを曲がるとすぐに足元に蛍光色の円が出現した。
近づこうとする千花を邦彦は止める。
「飛行船を行き来できる簡易扉のようなものです。ああ、田上さんとしてはワープゾーンと言えばわかりやすいですかね」
室内なのにワープする必要があるのかと千花は触れないようにしながら観察する。
「先程も言いましたが機関は3階建てになっています。移動を面倒に思う方々が作ったんですよ」
心を読んだようにタイミングよく邦彦が千花の疑問に答える。
「何だか、人間らしいと言えばいいんでしょうか」
「そう思っておいてください。いい人達ではありますが、癖がとてもある方々なので」
興人にも以前言われた。
「いい人ではある」の枕詞が言い訳に聞こえてくる。
「ここは何階ですか?」
「1階です。序列を気にする場ではありませんが、説明しておくと1階は医務室や休憩所、ほとんど誰も使いませんが一応訓練所もあります。2階は仕事をする者が集中するために個室が並んでいます」
「3階は?」
「機関長ノーズの管理部屋です」
「1階全部!?」
いくら機関長と言えどそれは欲張りではないか?
千花が声に出すのをためらっていると、邦彦が再び問題ないというように答える。
「何も機関長の小部屋というわけではないですよ。彼の部屋には全ての国の映像が映し出されています。悪魔に支配された今もこれ以上被害が出ないように監視していますので」
膨大なまでの仕事量に千花は途方に暮れる。
一端の人間にはできないことだ。
(900年以上も生きてれば造作もないのかな)
ワープから先へ進むと先程の医務室と同じシンプルな扉が見えた。
邦彦が扉の前で止まるので千花も続く。
「マーサさん、入ってもいいですか」
邦彦が扉を軽く叩くとすぐにマーサが向こうから現れた。
先程の件もあって千花は後ろで緊張するが、マーサは全く気にしていない様子だった。
「なんだ、話が早かったじゃないか」
「まだ説明することはありますが、シモンさんの様子が気になったようなので」
「ああそうかい。巫女、あんた仲間が傷つくのは平気かい?」
「え?」
突然話を振られて千花は戸惑いどもる。
邦彦が代わりに苦笑しながら返答する。
「マーサさん、その言い方は語弊がありますよ。仲間が傷ついて平気な人はいません」
「悪かったね口下手で。病み上がりで精神的ショックは悪化するよ」
「心得ています」
「そうかい。わたしゃ席を外すよ。さっきの医務室に戻るから問題がありゃ呼んでくれ」
マーサは端的に返すとまた部屋を出てしまう。
こんなに移動させて申し訳ないと思いながらも千花は手招きをしてくる邦彦に続いて部屋に入る。
「こっちも医務室ですか?」
「そうです。こちらは重傷化した方を集中治療する場なのでより精密な機械がたくさんあります。手は触れないように」
「は、はい」
千花は誤って大事な物を触らないように手を体にくっつけて歩く。
部屋の構造は千花が先程出てきた所より少し広く、ベッドの数も増えていた。
「安城先生、どうしてここに来たんですか」
移動してきた目的がわからない千花が聞くと、邦彦は意外と言うように驚いた顔をした後、眉を寄せて口角を上げる。
「シモンさんに会いたいんでしょう?」
邦彦の言葉でようやくこの場を理解する。
医務室に千花1人だったのは、シモンがこちらにいるということだった。
「会いたい。会いたいです」
「どうぞこちらへ」
千花が慌てないように手を取りながら邦彦は病室へ案内する。
先へ進むと空っぽのベッドの中に1つだけ使われている物があった。
「っシモンさん」
点滴に繋がれ、身体中包帯だらけでも千花にはその正体がシモンだとわかった。
「一命は取り留めていますが、出血があまりに酷すぎました。回復に必要な魔力も底を尽きていたので、生きていたことが不思議なくらいです」
「私のせいだ」
崩れるように座り込む千花の後ろで邦彦も朗らかな態度を一変、眉を寄せて説明する。
「私が考えて攻撃しなかったから。もっと頭を使えば、シモンさんが魔力を流さなくて済んだのに」
「それは違います」
自分を責める千花に邦彦はすぐさま否定する。
「あなた方が拉致されたこともバラバラになったことも全てこちらの予測不足です。決して田上さんのせいではありません」
「私が弱かったから強いシモンさんがこうなったんです」
「魔王の前では人間の強い弱いは関係……」
「私が! 魔王を殺せるくらい強かったらシモンさんはこうならなかったんです!」
泣きながら声を荒げる千花に邦彦は何も言わない。
ただ、同情なのか憐みなのか、今まで見たことのない悲しそうな表情を浮かべている。
「寝ている人の前でこのような話はやめましょう。ここで少し待っていてください。水を持ってきます」
邦彦が離れていく。
静かになった空間で千花は俯き顔を覆い、唇を噛む。
(私が、もっと強くならなきゃ)
千花の心には、老人の言葉は残っていなかった。