死に物狂いのチャンス
「遅くなってごめんなさいシモンさん」
千花は申し訳なさそうにシモンの隣まで来る。
以前の唯月の発言から、千花が戦意喪失しているのだろうと思っていたシモンは無言でその顔を見る。
「……チカ」
「はい」
「大丈夫か?」
気遣いがあまり得意ではないシモンが絞り出した言葉に千花はぐっと杖を握る力を込める。
「シモンさんが、死ぬ方が怖いので」
やせ我慢をしていることはよくわかる。
だが、千花に下がっていいと言えるほど優位には立っていない。
シモンはその場で立ち上がると覚悟を決める。
「俺もフォローできる限界はある。悪いが、自分の身は自分で守ってくれ」
「はい」
千花が迷わずに答えているところを見ると、覚悟はできているらしい。
そうと決まればやることは1つだ。
「懲りねえなあてめえらも。何人いたって同じだってこと、教えてやらなきゃわかんねえのか」
未だ諦めようとしないシモンに、役立たずだとみなされた千花が加わったところでゴルベルが焦ることはない。
面倒そうに頭を乱暴にかき、大きく溜息を吐く。
「ゴルベルは体力がないそうです。魔法を拡散して逃げ回らせればすぐに倒れると」
どこから仕入れてきた情報なのか気になるところではあるが、シモンはその言葉を信じることにする。
「どうせ通常の攻撃は効かないんだ。それに従ってみるか」
シモンは魔法陣を部屋中に発動させる。
陣からは岩が交互に発射されていく。
「ああ? 当たんねえからって拡散かよ」
ゴルベルはさほど気にしていない様子で岩を次々壊していく。
「お前は浄化が残ってる。魔力を大量に使わずにゴルベルを追い込め」
シモンの指示に従い、千花はその場を離れながら魔法杖をゴルベルに向ける。
「泥団子!」
杖から放たれた泥団子は岩の間を縫いながらゴルベルへ直撃する。
一点からしか攻撃できないが、岩が上手く目くらましをしてくれている。
「あぶねっ」
ゴルベルが仰け反りながら岩を避ける。
魔力があっても全方位から防御することはできないらしい。
(あの人が味方かわからないけど、今は信じてもいいんだ)
千花はサポートしてもらいながら岩の隙間に泥団子を撃ちこむ。
威力は全くないが、千花達の魔法を両方避けるためには動くしかないゴルベルは左右に進む。
「めんどくせえ意地の張り方しやがって。見苦しいんだよ!」
ゴルベルは怒りのまま千花の方へ地を蹴る。
攻撃されそうになり千花は焦るが、その顔が唯月のものであることに悔しさと共に正気に戻る。
「風間先輩を返して!」
千花が勢いを込め、泥団子よりももっと硬い弾をゴルベルの腹に撃つ。
後ろに下がったゴルベルに間髪入れずシモンが攻撃を仕掛ける。
「レビン」
頭上から雷を直撃されたゴルベルはその場で麻痺し、倒れる。
このまま気絶してくれれば後は浄化するだけだ。
「チカ、準備してろ」
何をと言われずとも千花は魔法杖により魔力を集中させる。
もう魔力も少ない。一度外せばチャンスはもうない。
(集中)
千花の心の準備が整ったところでシモンはゴルベルに手を向ける。
魂を取り出すため、トドメを刺そうとしているのだ。
「マッド……」
「──ン」
シモンが呪文を唱えようとした瞬間、地面が揺れる。
徐々に勢いを増していく床に千花は集中を保てなくなる。
その直後だった。
「血潮の破滅」
ゴルベルの魔法により地面から血液が触手のように出現する。
その数は視界を覆い尽くす程だ。
触手は全て一直線に千花を狙って突撃してくる。
「ひっ!」
「チカ!」
防御ができない千花は咄嗟に両腕で顔を隠す。
その肢体を守るように、シモンが千花の体を覆う。
触手は容赦なくシモンの体を突き刺し、貫いた。
「シモンさん!!」
自分を庇って目の前で人が死んでいく。
その様を見ているようで千花は絶望に襲われる。
だが、シモンは全身血だらけになりながら声を張り上げた。
「リンゲツ!! 見てないでさっさと助けろ!」
シモンが叫んだ途端、何者かが旋風を引き起こす。
触手も全て斬られ、部屋の瓦礫が全て巻き込まれていく。
「なに!? なんで!?」
「……チカ」
混乱する千花の肩に手を置きながらシモンは呼びかける。
もう息も絶え絶えで、生きていることが不思議なくらいだ。
「チカ、これが本当に最後のチャンスだ。あいつを倒せ」
肩から魔力が流れてくる。
シモンが残りの魔力を渡しているのだ。
「俺の魔力も全部使ってこい。お前は、強い奴だから、絶対勝てる……」
「シモンさん!」
魔力を出し切ったシモンは千花の目の前で倒れる。
味方がいなくなった千花だが、その目は諦めていない。
「光の、巫女……殺してやる」
悪魔の本性を剥き出しにしているゴルベルは魘されたように触手を繰り出している。
再び攻撃されるのも時間の問題だ。
だが。
「私の仲間を傷つけて、みんなみんな傷つけて……絶対許さない!」
千花は魔法杖をその場に捨てて両手をゴルベルに向ける。
光の巫女の存在に気づいたゴルベルはそのまま狂ったように千花に襲いかかる。
「巫女ぉぉぉぉ!!」
「ライトアロー!」
千花の手のひらから光の矢が発動される。
矢は一直線にゴルベルの腹を貫くと、真っ黒な魂をも引きずり出していく。
「アアアアア!!」
魂は異形の形をしながら不快な声を上げていく。
しかし千花は恐怖に竦まない。
魔法杖を一瞬で手に取ると、黒い塊に強く念じ、勢いを込めて呪文を唱えた。
「イミルエルド!!」
喉が張り裂けそうなほどに口から出たその言葉は目を開けていられないくらいに眩い光を放ち、魂を包み込んでいく。
魂は尚も抗おうとするが千花は決して許さない。
「もう消えて!」
千花が叫ぶと同時に魂の勢いがなくなっていった。
魔法が収束し、光が消えた時には禍々しい気配もなくなり、部屋中が静けさを取り戻した。