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光の巫女  作者: 雪桃
第5章 バスラ
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希望を失った巫女

「うああ!」


 千花は黒い床に叩きつけられる。

 すぐに体勢を立て直したいが、力は全く出てこない。


「ま、泥団子(マッドダンプ)


 敵に向けて泥団子を撃つが、集中できないため全く力が入らないただの泥の塊になっている。

 目の前には、全身が血で出来た人形が立つ。


「せめて見世物くらいにはなってくれよなあ? わざわざ起こされてる身にもなれよ」


 血の人形の後ろにはゴルベルが肘をつきながら千花の戦いを退屈そうに見物している。


(こんな、ただの人形に負けてちゃいけないのに)


 千花は息も絶え絶えになりながら何とか杖を支えに立ち上がる。

 もう立っているのも辛い。

 それもこれも全て、毒が完全に回っていることが原因だ。


「死ぬ毒じゃねえんだからしっかりしろよ巫女さんさあ。つーか魔王倒しに来るんなら毒くらい耐性つけとけってもんだよなあ」


 面倒くさがりな割に挑発だけは楽しんでいるゴルベルだが、千花は口を開くのも痛みを伴う。

 恐らく神経毒というものだろう。


『毒を受けたらすぐに血を流して解毒してください』


 邦彦に毒を受けた時の対処法を習ったが、まさかあの時虫に刺されているとは思っていなかった。


「っ、メテオ!」


 何度も魔法を撃てない今、強力な攻撃を数回発動させるしかない。

 千花は痛みを耐えながら杖から岩を発射する。

 岩は人形の心臓部分をしっかりと貫き、床に血だまりを作る。


(よ、よし。倒せた)

「喜んでるとこ悪いんだけどよお、それで倒せてるわけなくね?」

「え?」


 ゴルベルが指を一振りすると、人形は再び人の形を取り戻す。


本体(おれ)倒さないと血だけで出来んだから簡単だろうよ。んな絶望した顔すんなよ。さっさと殺したくなんだろ」


 むしろそっちの方が今はありがたいかもしれない。

 千花は一筋の希望も絶たれたような顔で、激痛に苦しむ腕を下ろす。


(無理だ。私1人じゃ戦えない。何したってもう敵わない)


 戦う意思が激しく低下していくのがわかる。

 自棄になった千花はゴルベルに向かって杖を構えてしまった。


「イミル……うぐっ」


 今の状態でも浄化ができるかもしれないと思った千花の願いも虚しく、人形が一瞬で近づくと、首を掴んでくる。


「うぅ」

「ここまで何もできないと殺されたくなんだろ。可哀想な巫女さんにもっと絶望をやるよ」


 ゴルベルは人形をすり抜けて手で拳銃を作る。

 「バーン」と声を出して魔法を発動すると、千花の魔法杖を破壊した。


「──っ!」


 首を絞められて苦しむ千花は手に持っていた杖が朽ちていくのを見て声にならない悲鳴を上げる。

 杖がなければ戦うことすらできない。


「いやだ……」

「戦えねえなあ」

「もう、いやだ」


 千花が完全に希望を忘れ、絶望を称えた瞳から涙を流す。

 ゴルベルはニヤニヤ笑いながら人形を動かす。


「助けでも求めてみたらどうだ? ヴァンパイアは耳がいいから聞こえるかもな。息が続けば」


 人形の手の力が強まる。

 首の圧迫感が襲ってくる。

 逃げなければ死ぬだろう。


(助けて、誰か。お父さん、お母さん、安城先生……)


 千花は毒の激痛と息ができなくなったことで酸欠に陥り気を失う。

 ゴルベルはつまらなさそうに千花を壁に放り投げる。


「ほおら巫女なんて大したことない。べモスもあんな奴によく負けたねえ?」


 ゴルベルは人形を崩して自身の体に戻そうとする。

 しかしその直前殺気に気づき、防御の姿勢を取る。


「まあた来たのかよ。しつけえなあ……ってあ?」


 血の人形を操ろうとするが、その前に血液が全て飲み込まれていく。

 ゴルベルが目を開けると、そこにはヴァンパイアの姿をした青年がいた。


「お前、へえ、あの臆病者がよくまあ来たもんだ」


 ゴルベルに立ち向かうのは1人の青年──唯月だった。

 唯月は口の端についた血を拭い、ゴルベルを睨む。


「どうだぁパパの血は? 今は悪魔の血だけどな?」

「すごく最悪だよ」


 血の魔法は無駄だと思ったか、はたまた興味を持ったか定かではないが、ゴルベルは初めて体を起こす。

 それでも円卓に胡坐をかいていることは変わらない。


「その机は父さん達がこの国を良くするために話し合う大事な物だ。降りろ」

「そのトウサンは今や俺の入れ物だけどな? 欲しけりゃ自分で奪って見ろよ臆病者」


 唯月はゴルベルから視線を少し横にずらす。

 倒れ込んだ千花は所々深い傷があり、毒にやられ意識を失ってもなお苦しんでいる。


(もっと早く来れば。いや、今はそんなこと言ってられない。僕が、こいつを倒すんだ)


 千花の姿に奥歯を噛みしめるが、すぐに切り替える。

 ここまで来た今、怖気づいてはいられない。


「父さんとこの国を返してもらう。血の結界(ブラッドフィールド)


 唯月は自分の指を噛むと、そのまま床に血を垂らす。

 呪文を唱えれば、唯月の周りに血の渦が巻き始めた。


「防御魔法ねえ。そんなもの通用しねえけどな」


 ゴルベルはその場から動かず、手を拳銃の形にして発砲する。

 唯月はすぐに血の一部を迎え撃たせ、相討ちさせる。


「トルネード!」


 血の結界の外へ向かい、唯月は大きな竜巻を起こす。竜巻は一直線にゴルベルを巻き込もうとする。


「うわあ」


 ゴルベルは目の前の大きな竜巻に嫌そうな声を出し、テーブルから飛び降りる。

 目標を見失った竜巻はただテーブルを破壊する。


「トウサン達の大事な机、じゃなかったのか?」


 ただ塔の物を破壊しただけの唯月は悔しそうに、だが予想通りといった表情を見せる。


「お前を動かせることが目的だったから仕方ない」

「へえ。動かすだけにしては大分魔力を使ったなあ」


 ゴルベルは片手に風の渦を作る。

 唯月が身構えている間に渦は膨れ上がり、人の身長より高くなる。


「俺も風の魔法は得意なんだよなあ。見せてやるよ。本当の竜巻ってやつを」


 ゴルベルが繰り出す竜巻は周囲の物をいとも容易く飲み込んでいく。

 その場に踏みとどまることが難しいくらいに。


「巫女諸共刻まれちまえよ」


 ゴルベルの魔法に圧倒される唯月だが、その言葉で千花の方を急いでみる。

 千花は今気を失っている。防ぐ手段はない。


「田上さん!」


 唯月はゴルベルへの防御をやめ、千花の元へ向かう。

 千花の側についた瞬間、ゴルベルが呪文を唱える。


「トルネード」


 室内を壊す勢いの竜巻が迫ってくる。

 その威力に命の危険を感じながらも唯月は逃げることなく千花を引き寄せ、魔法を発動する。


血の防壁(ブラッドウォール)


 唯月の腕から血が流れ、目の前に盾のような壁が出来る。

 壁は竜巻を押し返そうとするが、威力では完全に負けている。


「おうおう粘るねえ。そんなに巫女が大事か?」


 竜巻を防ぎきれなかった唯月の体は切り傷に覆われている。

 体から床にかけて血がボタボタと零れ落ちる。


「それで? そんなに血だらけでまだ戦うってか?」


 ヴァンパイアの栄養源である血をここまで使えば、魔力よりも先に命が尽きる。

 血の魔法をこれ以上使うことは避けたいが。


(普通の魔法であいつに勝てるわけない。せめて田上さんが戦えるようになるまでは僕が相手をしないと)


 唯月はその場に千花を寝かせると立ち上がり、再び血の結界を作る。


「そういう愚直な所は嫌いじゃねえよお? でもよお、馬鹿は嫌いなんだわ」


 ゴルベルは唯月に向かって何発も発砲し始める。

 予測のつかない魔法に唯月は必死に防御しながら体勢を崩さないように踏ん張る。


「いいことを教えてやるよガキ。巫女は起きたとしてももう戦えねえ。杖は俺が壊して、そいつも戦う気力を失ったみてえだからな」


 ゴルベルに言われ視線を移すと、確かに千花の杖は歪に折れている。

 だが。


「田上さんが戦えなくても僕は諦めない」

「……今言ったろ。優劣もわからねえ馬鹿は嫌いなんだよ」


 ゴルベルは風を一点に集め、槍の形に成形する。

 槍の矛先はもちろん唯月達だ。


「巫女抱えて避けてみな。防御なんて、今のお前にゃ到底無理だからよお」


 唯月は今にも自分を貫きそうな槍に顔色を悪くする。

 それでも千花を離しはしない。


「大丈夫田上さん。ここで君を死なせはしない」

「グングニル」


 唯月が避ける間もなくゴルベルは槍を突き放す。

 唯月は千花を体で覆い隠し、迫りくる痛みに備えて強く目を瞑る。

 その瞬間。


「動くなよ」


 後ろから声がしたと同時に目の前で何かが激しくぶつかり合う衝撃波が襲ってきた。

 驚いて目を開けると、風の槍を追い風が防いでいた。


「レビン」


 追い風はそのままに、稲妻が唯月を通り過ぎる。

 稲妻は槍をも通り過ぎるとそのままゴルベルの肩に直撃し、再起不能にさせる。


「あ?」


 ゴルベルでさえ急な攻撃に対処することができなかった。

 唯月が魔法の出処を振り返ると、知っている顔があった。


「あなた、田上さんの」

「やっぱお前か。戦えんじゃねえか」


 シモンは唯月の隣まで来るとその腕に抱えられている少女を見下ろす。


「お前、チカ連れて1回下がれ」

「ぼ、僕も戦います! 戦わせてください」

「そういうことじゃねえ。お前ももうチカの正体は知ってんだろ? これ飲ませて、回復させてくれ」


 シモンは透明な小瓶を唯月に渡す。

 先程邦彦から受け取った回復薬だ。


「……よろしくお願いします」


 唯月は小瓶を受け取ると千花を抱えて後ろへ下がっていった。


「さて」


 シモンはゴルベルに向き合う。

 何度も死線を潜り抜けてきたはずだが、やはり魔王となると緊張感は変わってくる。


(よくべモスを倒したものだな)


 シモンは目の前の脅威に冷や汗をかきながらも攻撃に備えて臨戦態勢に入る。


「興が冷めた。勝手に乱入してきてよお」


 ゴルベルはさほど肩を抉られた痛みには言及せず、むしろ唯月を懲らしめられなかった怒りを溜めているらしい。

 そういうところは魔王だ。


「で? 肩1つ持ってったくらいで余裕こいてんじゃねえよなあ?」


 かなり魔力を込めて攻撃したはずだが、ゴルベルは麻痺している腕を庇うことなく余裕を見せている。


(足止め……いや、2人のダメージを考えるとここでこいつを戦闘できないようにする必要があるか)


 シモンは魔法陣を展開する。

 考えながら戦わなければならない。


「悪魔とは話す気にもならねえってか。まあいい。寝るのを邪魔されて気が立ってんだ。お前殺してあいつらいたぶってやるからよお」


 ゴルベルが標的を変えた瞬間、シモンは攻撃を始めた。

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