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光の巫女  作者: 雪桃
第5章 バスラ
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シヅキ対シモン

「ウィンドスラッシュ」


 何もない所から風の刃が降りかかってくる。

 シモンは間一髪頬に掠めるように避けると、その場からメテオを繰り出す。


「そこにはもういませんよ」


 今度は背後から声が聞こえる。

 シモンが振り返るのと同時に再び風の刃が今度は左腕を切り裂いた。


「ここですよ」


 シヅキが何もない空中に現れる。

 その顔はシモンを馬鹿にしたものだ。


「私、かくれんぼが得意なんです。ヴァンパイアの中でも見つけられないと噂なんですよ」

「ああそうかい」


 シモンは苛つく気持ちを抑えながら魔法陣を展開する。

 シヅキが目の前にいる間に急いで雷を撃つ。


「無駄です」


 雷が撃たれる直前にシヅキは姿を消す。

 雷はそのまま空を横切り、一切の手応えを与えない。


「ちっ」

「惜しい惜しい。的はとてもいいですよ。当たればの問題ですが」

「いちいち癪に障る言い方しやがって」

「陰湿なヴァンパイアですから」


 再び姿を現したシヅキはハンデとでも言いたいのか地面に降りてくる。

 その距離ではあるが、迂闊には近づけない。


「地形も不利でしょう。早く巫女の所へ行きたい焦りが伝わってきますよ」


 シヅキが挑発を繰り返すが、シモンは反論することができない。

 間違ってはいないからだ。


(今頃魔王の所まで行っててもおかしくない。それにしては静かすぎる。チカが、劣勢なのは信じたくないが)


 戦闘慣れしてきた千花とはいえ相手は一国を支配できる魔王。

 シモンでさえ互角に渡り合えるかわからない敵だ。


(視覚で敵わないなら他の感覚を使え。見えない相手と戦うなんて今に始まったことじゃない)


 シモンはその場でメテオを発動する。

 シヅキは体を透明化し、魔法を避ける。


(今!)

「シャープセンス」


 シモンは自身の目に手を置いて呪文を唱える。

 その瞬間、視界は濁り、何も見えなくなる。


「あら? 自ら枷を課して自棄になりました?」


 シヅキは姿を現し、シモンの紫色の瞳が自分を捉えていないことに気づく。

 余裕の表情で近づくシヅキに、シモンは視界を遮ったままメテオを発動する。


「またですか? せっかく強いんですからもっと違う魔法を……」


 シヅキは姿を消して躱そうとする。

 だが、見えていないはずのシモンの魔法は初めてシヅキの頬を掠めた。


「え?」


 色白の頬に一筋血の跡が流れる。

 今まで当たるはずもなかった攻撃に傷つけられ、シヅキは驚愕の表情を浮かべる。


「リーフカット」


 困惑しているシヅキに構うことなく、シモンは狙いよく鋭い葉をシヅキに繰り出す。

 慌てたシヅキは風で払おうとするが、全て避けきれず腕を裂かれてしまう。


「どうして!? 目が見えていないはずなのに」


 シヅキの焦りが伝わってくる。

 今まで自分に勝てた人間がいなかったため油断していたのだろう。

 先程シモンを侮っていないと話していたが、そこはやはり悪魔としての性格が出たらしい。


(こいつはこの魔法を知らないのか。教える気もないが)


 シャープセンス。五感の1つを失う代わりに他の感覚を研ぎ澄ませる補助魔法だ。

 確かに何も見えないが、代わりに音、匂い、振動で全て把握できる。


(使い過ぎると視界が戻るまでに時間がかかる。急がないと)


 足場は変わらず不安定なままだ。

 シモンはできるだけ動きを最小限に抑えながらシヅキに魔法を繰り出す。

 しかしシヅキもすぐに平静を取り戻す。


「原因はわかりませんがこれで勝ったと思わないでください。あなたが不利なことに変わりはないのです」


 シヅキはシモンが繰り出すメテオを手で払い退けると風の刃を3つ出す。

 音で避けるシモンだが、最後の刃に寸でのところで当たり、額の皮膚を斬られる。


「っ」


 パックリと切られた額の痛みにシモンはよろめく。

 その姿にシヅキは首を傾げる。


「たかが切り傷1つに大袈裟じゃないですか? あなた、見たところかなり死線を乗り越えているでしょう?」


 まるで腕1本取られたように顔を歪ませるシモンにシヅキは思考を巡らせ、「ああ」と答えを導き出す。


「感覚を強めたんですね。あなたが私を見つけられる理由がわかりました」

「……ちっ」

(騙し騙しの魔法にヴァンパイアが引っかかるわけないか)


 相手が調子に乗るから絶対に言わないでおいたが、かなりヴァンパイアの直感は冴えている。

 攻撃を受けたこともかなりの打撃だ。


「触覚を強めたら痛みも倍増しますよね。音も匂いも、ああ、それならこれはどうかしら」


 相手の弱点を知ったとでも言うように意地悪く笑うシヅキは自身の剥き出しになっている左腕を爪で引っ掻く。

 深い3本の傷が出来た腕から流れる鮮血が床に流れ落ちる。


「?」

血の(ブラッディ―)惑い(エンチャンテッド)


 シヅキの行動を理解できなかったシモンは油断してしまう。

 シヅキが呪文を唱えた瞬間、脳天を貫いたように吐き気が襲ってきた。


「ぐっ!」


 甘ったるい匂いが敏感になった鼻に入ってくる。

 それだけではない。

 血の流れる音が、虫の羽音のように不快に感じる。


「気分が悪いでしょう。ヴァンパイアは血を吸うだけの生き物じゃない。血を魔法にもできるんですよ」


 シヅキは地を蹴ると、覚束ない足取りのシモンに襲いかかる。

 咄嗟の判断で首を掴もうとするシヅキを止めるが、血が近くなったことで気持ち悪さは悪化した。


「あらあらすごい汗。顔色もヴァンパイアより悪いですよ。早く楽になったらどうです?」


 シヅキは力を強め、シモンを後ずさりさせようとする。

 シモンは何とかその場で踏みとどまる。

 一歩でも後ろに下がれば、塔の真下へ落とされてしまうから。


「往生際の悪い人ですね。血の匂いって、人間にとってはかなり辛いんでしょう?」


 シヅキがもう片方の手でシモンを制そうとする。

 しかしその前にシモンがシヅキの腹を膝で蹴り上げる。


「がはっ」


 かなり強く蹴られたシヅキは悲鳴を上げながら後ろに飛ぶ。


「女性のお腹を蹴るなんてとんだ最低男ですよ!」

「命を奪われそうなのに最低も何もねえよ」


 シモンは汗と共に額から流れる血を腕で拭う。


「まだ正気でいる気?」

「悪いな。こういう臭い匂いは慣れっこなんだ。忘れてたけどな」

「は? 普通に生きてて血の匂いなんて。もしかしてあなた元ど……」

泥の海(マッドシー)


 シヅキの頭上に大量の泥が降ってくる。

 シヅキは階段を駆け上がり、泥を躱す。


「御託はいい。これ以上手がないならチカの所に行かせろ」

「こっちのセリフです。大人しく降参しなさい。あなただって視界を長時間奪っていると危ないんでしょう」


 シヅキの言うことも間違いではない。

 無理矢理見えなくしているとかなり目への負担は大きい。

 だが、戻したら振り出しに戻るだけだ。


「持久戦しかないか」

「あら奇遇。私も思ってました」


 シモンは手中に鋭い岩を発動させる。

 シヅキも同じように風の刃を手中に収める。


「メテオ!」

「ウィンドスラッシュ!」


 同時に唱えた魔法は2人の間で強くぶつかり合う。

 これ以上頭を使って戦ってはいられない。

 ただ、最悪魔力が尽きるまで戦えばいいとシヅキは考えているが、シモンはそう簡単にはいかない。


(ここで魔力を使えば巫女の所へ行く前に倒れる。でも、私としてはいいチャンス)

「魔力が尽きるまでお相手しますよ!」


 魔法がぶつかって岩が落ちてくる。刃が吹き荒れる。

 階段を直撃し、建物自体が揺れ始める。

 隙を見てシヅキに一撃を、と思うが停滞状態では先に魔力が尽きるのはシモンの方だ。


(くそっ。どうすれば) 


 シモンが気を取られている間にもシヅキは刃を発動させる。

 その刃が岩を避け、シモンの立っている白い床を斬る。


「まずいっ」

「終わりです!」


 振動で立てなくなったシモンは魔法の手を止めてしまう。

 その隙にシヅキはとびきり大きな刃をシモン目がけて吹き飛ばそうとする。


「さようなら……」

「お姉ちゃん!」


 手を振り下ろそうとしたシヅキの耳にシモンとは違う少女の声が入った。

 動きを止めて声のした方を見ると、それは、同じブロンドの髪を持つヴァンパイアの女の子だった。


「…………ユ、ヅキ?」


 シヅキは目を見開いて愕然とした顔で体を強張らせる。


「あ、ああ」


 シヅキは魔法を消し、頭を抱えて苦しみ始める。

 長い爪が頬に食い込み、血が噴き出る。


「お姉ちゃん!?」

「止まれガキ!」


 少女がシヅキに近づこうとするのをシモンは急いで阻止する。

 ユヅキが驚いて止まった所でシモンは魔法を繰り出す。


「エコグラフィー!」


 超音波はシヅキを囲む。

 反応できなかったシヅキは苦しそうな顔を緩めると、脱力したように目を閉じ、気絶した。


「お姉ちゃん! あなたお姉ちゃんに何を!」

「落ち着け。眠らせただけだ」


 ユヅキに責められそうになり、シモンは弁解する。

 シヅキに近づきながら視界を元に戻す。

 やはり負荷がかかっていたようで、視力が戻ってくるには時間がかかった。


「お前、こいつの妹か? まさか1人で来たんじゃないだろうな」


 シモンの問いかけにユヅキは首を横に振る。


「イツキと来ました」

「イツキ、ってあいつか? 今どこに?」

「先に上へ。魔王の所へ行ったのかと」


 シモンは驚いて上を見る。

 ここ以外に上に続く道があったことにもそうだが、あのイツキが既にゴルベルの元へ向かっていることが何より信じられなかった。


「そうか、俺もすぐに行きたいところだが」


 イツキがいるだけまだありがたいが、彼も千花同様まだ子どもと言える年齢だ。

 状況が覆せるわけではない。


(ただこいつらをここに置いとくと危険だな。ここの足場も不安定だ)


 逸る気持ちとユヅキ達の対処にシモンが困っていると、同じ道から見知ったスーツの男が走ってきた。


「シモンさん」

「クニヒコ。お前無事だったのか」


 あの廃墟で別れて以来だと思い出しながらシモンはあることを思いつく。


「悪いがクニヒコ。こいつら連れて塔から出てくれ」

「僕は加勢に来てるんですが」


 無駄足を踏む形になったため邦彦は眉を寄せる。


「俺もまだ戦える。それより、今ここにいないオキトと他のヴァンパイアの安否を確認した方がいい」

「それはそうですが、あなたは大丈夫なんですか? 見た所無傷ではないですが」

「これくらいは何度も経験してる。それより、まだ助かる奴らだけでも逃がしてくれ」

「わかりました。ああそうだ。これを渡しておきます」


 邦彦は薄く濁った液体の入った透明瓶を手渡してくる。


「なんだこれ?」

「廃墟で見つけました。恐らく回復薬です」

「得体の知れない物を持ってくるな」


 確かに回復用の色をしているが、放置されている物を邦彦が持ってくることに邦彦は若干引く。

 だが、千花には必要かもしれない。


「田上さんをお願いします」

「任せとけ」


 シモンは瓶を受け取ると魔法で空中に上がっていく。

 ユヅキは心配そうに見上げながら、邦彦を見る。


「あの、大丈夫ですか」

「何がですか?」

「その、手が」


 ユヅキの指す自身の手を見ると、拳が作られていた。

 開くと、爪が軽く肉に食い込んでいたらしい。血が滲んでいる。


「……ええ、大丈夫です。時間もありません。お姉さんと一緒についてこれますか」

「は、はい」


 自身にくすぶる感情を抑え込み、邦彦は作り笑いを浮かべてシヅキを抱え、階段を降りていった。

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