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光の巫女  作者: 雪桃
第1章 出会い
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伝えてみよう

 それから10分。

 千花は不意に感じたこともない悪寒に咄嗟に身震いし、腕で体を守る。

 その姿に邦彦もより一層警戒を強くする。


「悪魔の中枢に近づいています。気を確かに持っていないとすぐに飲み込まれますから注意しなさい」


 邦彦の声音からいよいよ大元と対峙することが理解できる。

 邦彦は千花に対し、最後の忠告を行う。


「いいですか。あなたは既に体力も限界に差し掛かっている。雑魚は僕が惹きつけましょう。あなたは1回で大元を浄化できるように自分の力に集中しなさい」

「はい」


 千花はあの時と同じ脅威に立ち向かうことになる恐怖とわずかに残っていた戦意を胸に邦彦に応える。


「僕が合図をしたらすぐに車から出なさい。そして、僕の背中を追いかけてください。決して自分から前に出ないように」


 邦彦の指示を千花は心の中で反芻しながら何度も頷く。

 そうしている間にも背筋が凍るような悪寒が体を巡る。

 そして千花が瞑っていた目を、意を決して開けた瞬間、目の前が真っ暗になった。


「あれが」

「そうです。人間の負の感情を取り込み、悪魔を生み出している大元です」


 千花と邦彦の目の前には大型ビルを呑みこむほど大きな黒い塊が不規則に蠢いていた。

 その大きさは千花が初めて見たあの体育館の5倍はありそうだ。


「大きすぎませんか」

「東京の都心部と長野の一高校では人数差も違いますから。さあ降りてください田上さん。怖気づいてももう後戻りはできませんよ」


 言われるまでもなく後戻りする気はない。

 元々邦彦が来なくとも悪魔に戦いを挑んでいた度胸だけはある。

 千花は邦彦の合図と同時に車から勢いよく飛び出た。


「僕が道を開きます! あなたはその後を追ってください!」

「はい!」


 言われた通り、拳銃を構えている邦彦に全身が隠れるようにしながら千花はその背中を追いかけていた。

 黒い塊に接近するにつれて悪魔が増殖していくのがわかる。

 邦彦の背後からその光景を観察するが、蠢いている黒い塊から球体が生み出され、それが悪魔の形を成している。


(悪魔ってあんな風に生み出されるんだ)


 一塊から悪魔が一体生み出されているということを考えると、埒が明かないということがよくわかる。


(絶対春子達の所へは行かせない)


 邦彦が悪魔に向けて銃弾を放つ。

 千花はその銃声と悪魔の唸り声を耳にしながら光の巫女の力に集中する。


(どんな風に発動されるのかわからないけど漫画とかだと手の中に力を集めるみたいなことをしてたよね)


 千花は二次元の絵を想像しながら、両手をお椀を持つ形にし、その部分に力を込める。


(力を入れて、落ち着いて、あの黒い塊に向けて)

「田上さん! 今です!」


 邦彦の合図に千花は力を込めて声を張り上げる。


「イミルエルド!」


 千花は叫びながら手中に込めていた力を放つ。

 その光が塊の中へ入っていく瞬間だった。


「オオオオ!!」


 黒い塊全体が地を揺るがすほど大きな呻き声を上げ、近くのものを吸い込んでいく。


「きゃあ!?」

「田上さん!」


 邦彦の救いの手も届かず、千花の全身は黒い塊へと落ちていった。




 塊の中は何も見えないほど暗く、冷たく、息苦しく、目が覚めているのに悪夢の中にいるような気味の悪い空間だった。

 こんなところにいれば、いつか気が狂ってしまいそうだ。


(出口は……どこもかしこも暗闇でどこから来たのかもわからない)


 自分が今動いているのか止まっているのかもわからない。

 時間がどれほど進んでいるのかもわからない。

 そもそも自分が今生きているのかすらわからない。


(もしかして私の体はもう悪魔になってる? 意識も戻ることなく、永遠に暗闇のまま?)


 何もない空間に取り残されていると不安しか浮かんでこない。

 何とか楽しいことを考えようとするが、その度に思考を奪われるような感覚に襲われる。


『気を確かに』


 邦彦からの助言が今ようやく理解できる。

 人は何もない空間に1人で残されると狂いそうになるものだ。


(辛いことは考えない。楽しことだけ考える。いや、でも思考を奪われてるなら何も考えちゃいけない? でもいつまで放置されているのかわからないのにずっと考えないなんてできるの? 出口……出口を探さないと。でも私は今どこを見てるの?)


 千花の脳内は時間が経つにつれて混乱してくる。

 考えなければならないことは沢山あるのに、出てくるのは不安と絶望ばかり。


(どうしようどうしようどうしよう。悪魔にはなりたくない。でも帰り方がわからない。誰か助けて……安城先生)


 千花が恐怖を覚え始め、外にいるはずの邦彦に聞こえるはずもない助けを求める。

 その直後だった。


『助けて』


(え?)


 暗闇の中から自分ではない声が聞こえた。

 それも1人ではなく、複数の声が重なっている。


『今日も学校でいじめられた。何も悪いことしてないのにどうして悪口を言われなきゃいけないの』

『毎日上司から怒鳴られて、怯えて仕事をしなきゃいけない』

『家事も育児も頑張ってるのに誰も褒めてくれない。私だって疲れてるのに』

『こんなに頑張っても認めてくれない』

『もう生きることに疲れた。死にたい』

『誰か助けて』


 千花の脳に、人々の声が聞こえる。

 それは老若男女問わず、この塊に囚われた者の、負の感情だ。


(そっか。悪魔は人の感情から湧き出るって先生が言ってたから)


 まだ意識が保てる千花だからこそこの声が聞こえるのだろう。

 未だ悲痛な声は止まない。


『どうせ僕はいらない子』


 そんな中、千花はある幼い声に気づいた。


『僕はお父さんともお母さんとも血が繋がってない。友達が言ってたもん。僕は捨てられた子だって。可哀想だからお母さん達は僕を拾ったんだ。僕のことなんて、本当は愛してないんだよ。僕は、誰からも必要とされてないから……』

「そんなことないよ!」


 千花は無意識に幼い子どもの言葉に否定の声を張り上げる。


「私も捨て子だからあなたの気持ち、よくわかるよ。灯子さん達はどうせ可哀想だから拾ったんだって。でも、まだ2人から完全に答えを聞いたわけじゃないの。あなただってそうでしょう。お母さん達が、あなたを必要じゃないって言ったんじゃない」


 千花はどこにいるかもわからないその子どもに手を伸ばす。


「ねえ、聞いてみよう。私も怖いけど頑張ってみる。あなたのお母さんとお父さんがあなたのことをどう思ってるか。私達は愛してるよって、ちゃんと伝えてみよう」


 千花が一息に自分の思いを子どもに向けて放つ。

 聞こえているのかはわからないが、これは千花自身の決意でもある。

 4年前、あの日から自ら育ての親を避けてきた千花の決意。

 もし灯子たちが自分に愛想を尽かしても、これだけは伝える。

 育ててくれてありがとう、と。


『……うん』


 千花がしばらく待っていると、どこからか同じ子どもの声が小さく聞こえてくる。


『僕も言ってみる。お母さん達に、大好きだよって、言ってみるよ。ありがとう、お姉ちゃん』


 千花にお礼を言った子どもの声は、それきり聞こえなくなった。

 子どもの声が聞こえなくなった後、千花を苦しめていた息苦しさが少しではあるが解消された気がする。


(ちゃんと話せばわかるんだ。皆を助けられるほど私は強くないけど。できることはあるんだ)


 千花は暗闇で見えない中、自分の両手で頬を一度叩く。

 先程まで恐怖で固まっていた体を動かすように反動をつける。


「しっかりしろ田上千花! お前は光の巫女の力が使えるんだ。絶対に悪魔に負けない。春子と雪奈に会うまで。灯子さんと恭さんにただいまって言うまで、田上千花のままでいるんだ!」


 千花は自分を激励するように暗闇に向かって叫ぶと、先程と同じように手で球体を作りながら力を入れる。

 そして精いっぱい息を吸い、一気に放出する。


「イミルエルド!!」


 千花が叫んだ言葉はそのまま暗闇を一筋の光となって貫いていく。

 光は急激に黒い塊を覆うほど拡大していき、終いには目を開けていられないほど眩い光が一帯を埋め尽くしていった。

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