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光の巫女  作者: 雪桃
第5章 バスラ
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第3のヴァンパイア

 螺旋階段は中央が吹き抜けになっている。

 足を踏み外したら真下へ落ちてしまいそうだ。


「こんな所で敵に遭遇したら不利ですね」

「口に出したら本当に来るぞ」


 堂々と歩くシモンの後ろで、千花はできるだけ下を見ないようにしながら慎重に足を進める。

 いざ落ちた時に自分の身を守る方法は知らない。


「それにしてもバスラの建物ってどうしてこんなに高層なんですかね。上るのも降りるのも大変なのに」


 階段を上がっていくと先程囚われていた部屋と同じようなタイル張りの場所が見える。

 だが、ゴルベルがいるであろう場所ではない。


「ここでもない。ちっ、そろそろ飛ぶか」

「ここを!? もう少し歩きませんか?」


 シモンの魔法だから安心だろうが、下が見えなくなるほど高い塔を飛ぶのは遠慮したい。


「けどな、ここまで上ってまだつかないだろ。魔王だって俺達の存在はわかってる。なら一気に目の前まで行って奇襲を図る方が得策だろう」

「じ、じゃあせめて安全運転で」


 シモンに説得され、千花は怖気づきながらも彼の肩に手をかける。

 シモンは一度大きく息を吐くと、その場で風を舞い上げた。


(安全運転って言ったんだけど)


 かなりの速度で上がっていく体に千花は堪らず体を強張らせる。

 だが先程とは比べ物にならない速さで塔を上がっているのもまた事実だ。


(塔のてっぺんまでくれば、ゴルベルもいるはず。もう少しで……)


 部屋をいくつか通り過ぎ、ちょうど5階層目を過ぎた頃、塔の最上階かと思われる天井が見え始めた。

 千花がその姿を視認した瞬間。


「伏せろ!」


 シモンが千花の頭を掴み、隠すように下を向かせる。

 千花がその意味を理解する前に、頭上で爆発音が響いた。


「え、ちょっと」


 シモンが魔法を解いて地上に戻るため、千花は反応が遅れ真下に落ちそうになる。

 間一髪支えてもらうが、心臓は早鐘を打ち始める。


(も、もう少しで吹き飛ばされるところだった)


 千花が背中に嫌な汗をかいている横で、シモンは爆発が起きた方を睨む。


「チカ、悪い予感が当たったみたいだぞ」

「え?」


 シモンの指す方向を千花も見上げる。

 ゆっくり足音を立てながら階段を下りてくる影が1つ見えた。


「ごきげんよう。まさかここまで来れるとはね」


 金色のショートボブに短い黒のスカートを身に着けている女性はやはり今まで同様にヴァンパイアの容姿をしている。

 紛れもないゴルベルの支配下の1人だ。


「ここで戦うのは危険すぎませんか」

「だが、安全な場所で戦わせてくれるとも思えないな」


 千花は下を見て身を震わせながら魔法杖を持つ。

 ここで落とされるのだけは勘弁願いたい。


「この場で戦う意思があるなんて良い度胸ですね。でも、1対2は卑怯じゃない?」


 女は一瞬でその場から消えると、瞬きも終わらないうちにシモンを弾き飛ばした。


「シモンさん!」


 バランスを崩したシモンは重力に逆らうことなく下へ落ちていく。

 千花の目の前には女が立つ。


「光の巫女を倒した後に彼も倒します。もちろん生きていればですが」


 女が微笑みを絶やさず千花に魔法陣を展開する。

 しかしその前に緑色の蔓が女の手首に巻きつき下に引っ張る。


「!?」


 女が反応できずに引っ張られていく。

 下を見ると、空中に舞っていたはずのシモンが階段に降り立ち、蔓を引っ張っていた。


「順番なら、俺を先にしてもらうか」

「不意をついたのにっ」


 女は蔓を魔法で切ると、自身もその場に着地する。

 シモンは上で呆然としている千花を見て声を張り上げる。


「チカ、先に上に行け。こいつを倒して必ず向かうから」


 シモンの言葉を理解した千花は我に返り、杖を片手に階段を駆け上がっていく。


「巫女は行かせない」

「それは俺を倒してから言ってもらおうか」


 なお千花を追いかけようとする女をシモンは土壁でせき止める。

 女は一瞬不愉快そうな顔を見せるが、すぐに不敵に微笑む。


「そうですね。あなたを倒した後でも十分間に合います」


 敵の目がこちらへ向いた。 

 千花から逸らすだけでも十分ありがたい。


「他の2人は簡単に倒せたようですが、私はそう容易く倒せませんよ。だって、私、あなた達のことを見くびってはいませんから」


 女がパチンと1つ指を鳴らす。

 再び姿を消した女をシモンが探している間に横から打撃を受ける。


「っ!?」


 シモンが体勢を立て直す間に女は元の場所に戻っていた。


「ああそうだ。申し遅れました。私はシヅキ。幹部の1人です。今は、あなたを倒すヴァンパイア」


 シヅキと名乗った女はシモンに向き直ると、笑みを崩さぬまま目の前の敵に襲いかかった。






 廃墟となった隣のビルで千花が休んでいる。

 邦彦と一緒に見張りを頼まれた唯月は扉の外を眺めながらふと小さく言葉を零す。


「どうして、あんなに余裕でいられるんですか」

「はい?」


 突然話しかけられたため、邦彦は唯月に視線を向けながら聞き返す。


「あいつは国1つ簡単に破壊できる魔王です。田上さんだって、ミイラのようになったハヅキをしっかり見たはずなのに、どうして諦めないんですか」


 半分独り言のように唯月は視線を変えず思いを口にしていく。

 その表情にはもどかしさが垣間見える。


「僕はずっと見ているだけだった。ハヅキに諭されても、父さんがあいつに取り憑かれても、ずっと」


 邦彦はあえて口を挟まず唯月の言葉を待つことにする。

 彼の真意を聞き出したかった。


「父さんに勧められて異世界に行って、学校でたくさん学ばせてもらって。でも、いざ悪魔が襲ってきたら僕は何もできない」


 やはり唯月が地球に来たのは父親の勧めがあったからか。

 頭の良いヴァンパイアの世界では珍しくない。


「なのに田上さんはどれだけ反対しても悪魔を倒すと決意して、怖気づくことなくここまで来て、僕は……」


 邦彦は静かに話を聞く。

 唯月のやるせなさもわからなくはない。


「どうすれば田上さんみたいに悪魔に挫けず戦うことができますか」


 唯月は下唇を噛みながら邦彦に零す。

 戦いたい意思があるようだ。


「彼女の気持ちは本人にしかわからないので僕からは何も申し上げられません」


 邦彦も霧が立ち込める扉の外を見ながら口を開く。

 隣の唯月から落胆ともとれる息づかいが聞こえてくる。


「ただ、僕が経験した彼女の姿から推測はできます」

「推測?」


 聞き返してくる唯月に邦彦は眉を少し寄せながら微笑う。


「魔王を倒すよりももっと怖いことを、彼女は知っています」


 唯月は体をビクッと震わせながら目を開ける。

 いつの間に寝ていたのだろうか、霧だらけのバスラでは時計がないと時間もわからない。


「今は……7時半? なんで僕寝てたんだろう」


 目の前にある時計を見ながら唯月は首を傾げる。

 確か夜明けと共に家に帰ってきたはずだ。

 それに、家の内装も自宅ではない。


「ここってシュウゲツの……シュウゲツ!」


 部屋を見渡し、ここが幼馴染の部屋であることを思い出す。

 同時に彼に無理矢理気絶させられたことも。


「おはようイツキ。気分はどうだ」

「シュウ……おじさん?」


 シュウゲツが入ってきたのかと身構えるが、目の前に来たのは彼の父親──アキヅキだった。

 もちろん顔なじみである。


「息子はお前の部屋にいる。お前に代わってハヅキを見守るんだろ」


 それなら自分を家に帰してくれればよかったのにと思いながら、唯月はベッドから立ち上がる。


「おじさん、シュウゲツと話がしたいんです。まだいるんですよね」


 唯月が食い気味にアキヅキに詰め寄るが、彼は椅子に腰かけたまま動こうとしない。


「いるが、俺はあいつの命令でお前をここから出さないように言われてる」

「そこを何とか! シュウゲツとはこのまま仲違いしたくないんだ」


 静かに断るアキヅキを何とか説得しようとするが、いつもの子どもに甘いおじさんは今ここにはいない。


「イツキ、俺はあいつのやり方がいいとは思えない。友達を無理に洗脳させるのはヴァンパイアとして悪いことだ」


 じゃあ、と話を続ける唯月に対し、アキヅキは更に言葉を進める。


「だがな、一応あいつの父親として擁護するなら、おかしくなったのはお前だイツキ」


 アキヅキの冷たい声に唯月は首を絞められたように息ができなくなる。


「シュウゲツの言う通り、お前はヴァンパイアの掟を何度も破っている。手違いとは言えよそ者をバスラに招いて、他の奴らに心配かけたんだ」


 アキヅキの言うこともわからなくはない。

 だから唯月は、咄嗟に反論ができなかった。

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