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光の巫女  作者: 雪桃
第5章 バスラ
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身動きの取れない戦闘

 目を開くと暗闇にいた。

 身動きは取れる。


「ここは?」


 興人が警戒して動かないでいると、自分ではない足音が耳に入った。


「こんな簡単に捕まるなんて、本当に人間は頭が悪いな」

「……お前が、腕の正体か」


 目の前には明るい茶色の髪に、くっきりと目立つ垂れ目を持つ細身の青年が立っていた。

 肌の色は青白く、病気がちな様子を窺わせる。


「お前が連れ去った他の2人はどこにやった」


 戦いの前に行方不明の千花達を聞きださなければならない。

 しかしヴァンパイアは馬鹿にしたように鼻で笑う。


「そう簡単に教えるとでも? 聞きたいものは自分で奪えばいい」


 ヴァンパイアは片手を上げる。

 すると、暗闇から土気色のゾンビが這い寄ってきた。


「っ!?」


 興人は近づいてきたゾンビの首を容赦なく斬り捨てる。

 首を斬られたゾンビは少し痙攣した後動かなくなる。


「瞬発力はあるようだな」

「このゾンビはお前の魔法か」


 興人は更にゾンビを倒しながら冷静にヴァンパイアを見据える。


「さあね。塔の中に干からびたヴァンパイアがいたからちょっと操っているだけさ」


 今襲いかかってきている者は全て魔王の被害者ということだ。

 興人は眉間に皺を寄せ、ヴァンパイアを睨む。


「お前は魔王に乗っ取られているヴァンパイアか。4人の中の1人」


 邦彦が説明していた、バスラを統治する者達。

 その中の1人と思われる男がここにいる。


「お前を倒して田上達の居場所を聞く。外にも出る」

「希望ならいくらでも言うといい。何も叶わないのだから」


 ヴァンパイアはゾンビを増やすと、全てを興人に向けさせる。


(動きは単純。気を抜かなければあいつの所に行ける)


 ゾンビになった者達を愚弄することは避けたい。

 興人は真剣にゾンビの首を刎ねていく。

 5体目、10体目、15体目──それだけ魔王に殺されたヴァンパイアがいることを興人は戦いながら感じ、胸がざわつく。


「イグニ……」


 ゾンビを倒し、素早くヴァンパイアの眼前まで着く。

 興人が大剣に炎をまとわせようとする。

 だが、大剣を持つ右腕が突然動かなくなる。


「!?」


 まるで石にされたように腕が動かない。

 興人の一瞬の戸惑いを見過ごすことなく、ヴァンパイアは興人の腹を容赦なく殴る。


「っ!」


 ヴァンパイアに飛ばされた興人はよろめきながら体勢を立て直す。

 右腕は動くようになったが、ヴァンパイアからは離れた。


(今のは?)

「どうした? なぜこちらに剣を振るわなかった」


 今まで腕に不調はなかった。

 今もしびれや違和感はない。

 明らかにヴァンパイアに細工をされたのだろうが、原因がわからない。


「ではもう一度亡骸と戦ってもらおう」


 興人の目の前に再びゾンビが現れる。

 興人は同じようにゾンビを斬り捨て、ヴァンパイアに近づく。


(今度こそ)


 次は魔法を使わずに剣を両手で下から振り上げる。

 やはりその直前、今度は両腕の感覚がなくなり動けなくなる。


(なにが起きて)


 興人が焦りと戸惑いを顔に浮かべていると、ヴァンパイアがその鋭い爪で興人の肩を切り裂いた。


「うっ」


 肩から血が流れる。

 ヴァンパイアが後ろに遠ざかると、腕が戻る。


「お前、何した」

「察しがいいならわかるだろう」


 興人は片方の手で裂かれた肩を抑えながらヴァンパイアを強く睨む。

 ここはヴァンパイアのテリトリーだ。

 あちらの好き放題だろう。


(あいつの魔法はなんだ。なぜ動けなくなる。それも、一部だけ)


 全身が石になるのであればともかく、足や頭は動いていた。

 つまりヴァンパイアが望む部分だけ止められている。


(なら今度は)


 興人は義務のようにゾンビを倒すと、ヴァンパイアに近づく。


「学習しないんだな君は。人間は愚かだ」


 ヴァンパイアが再び腕を止めようとする。

 その前に興人は手から大剣を振り放し、ヴァンパイアの肩に突き刺す。


「いたっ!」


 興人の腕も石化したが、ヴァンパイアが攻撃を受けたことにより一瞬で戻る。

 ヴァンパイアが逃げる前に大剣を抜き、後ろに飛びずさる。


「お前が止められるのは俺だけ。それも数秒だろう。乗っ取って少ししか経っていないから魔法の制御も完全ではない」


 あっさりと弱点を見破られたヴァンパイアは先程までの余裕そうな顔を歪め、痛みと怒りを込める。


「こんなことで勝った気になるなよ! こっちにはゾンビだっている!」


 怒りに任せた攻撃は確かに激しくなっているが、その分余裕がなくなっている。

 興人は冷静にゾンビを払い除けると、その場から呪文を唱える。


「レビン」


 大剣から雷が出現し、ヴァンパイアが石化させる前に体を直撃する。

 ヴァンパイアの体は雷で痺れ、同時に操られていたゾンビも動かなくなる。


「ぐはっ」

「これで決着はついた。さあ、外に出してもらおうか」


 仰向けに転がるヴァンパイアの腹を踏みつけ、興人は身動きを封じる。

 説明してもらうことはたくさんあるが、現実世界に戻らなければ邦彦を残したままだ。


「誰が、出すか」

「そっちがその気なら」


 興人は痺れた体に大剣を突き刺す。

 腕に刺さった大剣にヴァンパイアが悲痛をあげる。


「ひ、光の巫女の護衛が拷問なんていいのかね」

「……」


 仲間の居場所を探るためなら手段を選ばない。

 今までもそうして生きてきた。

 だが、興人もヴァンパイアの言葉には逡巡する。

 その隙を狙われ、興人の体は今度こそ全て動かなくなる。


「まずいっ」

「人間は本当に頭が悪いな」


 興人が石化を解除しようとした矢先、背後からゾンビが1体襲いかかってくる。

 ゾンビは興人の背中を斜めに切り裂く。


「ぐっ!」

「ははは! これで1人。ゴルベル様に逆らうからそうなるのさ」


 興人は痛みに耐えながら高笑いするヴァンパイアの脇腹を斬る。

 しかしヴァンパイアが焦る様子はない。


「好きなだけ攻撃するがいい。俺はゴルベル様の体に戻る。もうこれは、ただの人形さ」


 大きく笑いながらヴァンパイアの体から黒いモヤが出てくる。

 モヤは暗闇の遥か彼方へ飛ぶと、ヴァンパイアの体も崩れ落ち、動かなくなる。


「待て!」


 興人がモヤを追いかけようとするが、次に目を開けばあの小部屋に戻っていた。

 魔法の主が気絶したから解除されたのだろう。


「……くそっ」


 悪態をつく興人だが、背中の痛みに我に返る。

 ゾンビと言えどヴァンパイアの爪はかなり鋭い。

 傷の部分がジクジクと熱を持ち、痛み出す。


(このままじゃ塔に行く前に傷が膿む。せめて包帯になるものを)


 邦彦の姿は見当たらない。

 興人の安否も含めて塔に向かったのだろう。

 そこは特段気にすることではないが、救急用の物は全て預けてしまった。


(ヴァンパイアの建物……風間先輩の所に戻って傷薬をもらうか。いや、血だらけで行ったら今度は住民に襲われかねない。後は)

「リンゲツさん、いたら返事を」


 ダメ元でバスラの偵察をしているリンゲツに声をかけてみる。

 千花達が本当に拉致されたとあればそちらへ向かっているとも考えたが、しばらく待っていると頭上に包帯と傷薬が落ちてきた。


「……ありがとうございます」


 礼を言う興人だが、その顔は完全に呆れていた。


「ここまで親切にしてくれるなら、姿を現わせばいいのに」


 興人の疲れたような言葉に物を渡した張本人は何も答えなかった。


「全く。俺は大丈夫です。リンゲツさん、先生から伝達があったでしょうが、田上とシモンさんが他の悪魔に囚われています。俺もすぐに行きますが、先に先生達の援助をお願いします」


 興人は諦めて空中に向かって告げる。

 リンゲツの返答は一切ないが、室内に静かに風が吹いた。

 恐らく、彼女の動いた証だろう。


(リンゲツさんが動けば俺がいなくても回る。俺は)


 興人は室内に倒れているスーツ姿の男を見やる。

 それは先程まで戦っていたヴァンパイアだ。


(こいつの治療もしなければ。事情も聞きたい)


 興人は自分の治療を行いながら、目の前のヴァンパイアを起こすことにした。

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