別行動へ
千花は寒気に身震いしながら現実に覚醒する。
隣には興人が座って目を閉じていた。
「興人?」
千花が掠れた声で呼ぶと、興人はすぐに目を開けた。
「起きたのか田上」
興人の返しに、いつの間にか寝ていたことを千花は理解する。
やはり見知らぬ土地に来て緊張していたらしい。
「私、どれくらい寝てた?」
「3時間くらいだな」
興人は懐中時計を見ながら答える。
バスラはいつでも霧が立ち込めているため、時間感覚が狂う。
「後30分で夜が明けるな」
「そっか。じゃあもうすぐ出発?」
「いや、シモンさんと合流するんじゃないか」
まだシモンはこちらに来ていなかったのか。
この数時間、ずっと戦っているのだろうか。
流石のシモンも延々戦っているわけではないだろうが、千花は気がかりだ。
「安城先生と風間先輩は?」
「扉の方で見張りをしてもらってる」
唯月はともかく邦彦も一切休んでいない。
自分が寝たばかりにと千花は慌てるが、その前に足音が聞こえてくる。
「あっ」
「シモンさん!」
千花と興人はほとんど同時に目の前の人物に声を上げる。
そこにいたのはいつもより少し疲労感が漂うシモンだった。
「オキトと、チカか。お前、無事だったんだな」
シモンが安堵の表情を見せるため、千花は心配かけたことと探しに来てくれたことへの礼を言う。
「シモンさん、今までずっと戦ってたんですか」
興人の問いにシモンは首を横に振る。
「んなわけねえだろ、俺だって死ぬぞ。お前らの場所がわからなかったから、別の建物であいつと避難してた」
「あいつ?」
シモンの知り合いがバスラにいるのかと首を傾げる千花の一方で、興人は納得する。
「あの人と合流できたんですね。ここには来てないんですか」
「人前に立つのが苦手だからな。俺をここまで送り届けたら1人で消えちまった」
「敵地なのに?」
「あいつの強さならコウモリくらい造作もねえだろ」
「なんで2人とも機関の人の名前を呼ばないの?」
興人とシモンだけで話を完結してしまうので、千花は割り込みながら思ったことを口にする。
「……あの人、自分の知らない所で素性を明かされるのが嫌なんだ。名前だけでも」
「えっと、そういう性格なの?」
「コミュ障だからな」
折角千花が極力オブラートに聞いたのに、シモンは容赦なく答えてしまう。
戦闘面では強いらしい。
不思議な人だ。
「魔王の城に乗り込む時には影で戦うっつってたな。実力はあるんだから前線で戦ってくれりゃあ危険が緩和されるのに」
表舞台に立たない──立てないことが機関の掟なのかもしれない。
一度挨拶してみたかったと千花は心の中で残念に思いながら、話を進める。
「吸血コウモリは全部討伐できたんですか」
「いいや。魔王が増殖してるんだろうな。減る気配はゼロだ」
ゴルベルに辿り着く前に難関が待ち受けていそうだ。
吸血コウモリに4人のヴァンパイア。
戦う相手が多すぎる。
(ヴァンパイアたちが手伝ってくれれば話は別だけど、シュウゲツさんを見たら望み薄だし)
ゴルベルと戦う時に魔力が減っていては前途多難だ。
千花が先行きに不安を感じていると、見張りをしていた邦彦が近づいてきた。
「日の出の時間になりました。僕は風間君を送り届けてきます」
「1人で? 吸血コウモリは日中もいるだろ。俺もついて行く」
「シモンさんもお疲れでしょう。彼女が近くにいるなら応戦してもらえます」
「でもなあ……」
「それなら俺が行きます」
渋るシモンに、興人が挙手する。
近距離戦の興人では分が悪いが、いないよりかは安心だろう。
「そうですね。シモンさんは田上さんと休んでいてください。2人とも、魔力は万全に保っていた方がいいので」
「気をつけろよ」
先を急ぐように、興人と邦彦は出口の方へ向かう。
残された千花はその場に座り込む。
しばらく寝ていたため眠気は醒めたが、邦彦の言う通り体力は温存しておく。
「チカ、危ない目には遭ってないか?」
同じく隣に座ったシモンに話しかけられる。
そういえばシモンとは拉致未遂された話をしていなかったと思い出す。
「はい。不注意で泉に落ちてしまっただけで、風間先輩は親切でした」
「お前らしいというか……怪我がないだけ一安心だな」
前回2人からきっちり絞られたため身構えていた千花だが、打って変わってシモンは呆れながらも安心した声音だ。
「怒らないんですか」
「大方、あいつらに小言を吐かれた後だろ。それに、心配はしてたがお前なら運の良さで切り抜けると思ってたし」
確かに今まで幸運で切り抜けた部分もそれなりにあった。
シモンもよく見ている。
「小言を言うとすれば、危機感をもっと持てだな」
「言う通りです」
千花が項垂れる様子を見て、シモンは苦笑する。
「さて、あいつらが戻ってきた後はどう動くかな」
「ゴルベルが起きる前にカタをつけるんですよね。日没と考えると、制限時間は半日ですか」
半日となると時間は多く感じるが、どう動いても一直線にゴルベルまで向かえるとは思えない。
「魔王に乗っ取られたヴァンパイアが1人、操られている可能性があるのが3人、外には吸血コウモリか。ウェンザーズと同じくらいに苦戦は強いられそうだな」
「ミランさん達のように、ヴァンパイアの中にも反乱部隊がいたりしないでしょうか」
「ほぼないだろうな。獣人は群れを成して戦うことが多いが、ヴァンパイアは孤立を好む。一緒に戦うなんてこと、まずしないだろう」
「不思議です。生活を脅かされてるっていうのにここまで無関心でいられるんですか」
ハヅキという被害者も出ている。
このビルも壊されて廃墟のようにされている。
それでもヴァンパイアは部屋から出てこない。
「ヴァンパイアは元からそういう性格だからな。変えるなら国ごと変えないと」
シモンの言葉に千花はヴァンパイアが薄情だと心の中で悪態をつく。
そんな千花を見て、シモンはいつかのように表情を消す。
「勘違いするなよチカ」
「はい?」
「ヴァンパイアが顕著にそういう性格なんであって、見て見ぬふりなんてどの国でもある」
シモンの冷たいあしらいに千花は背筋が薄ら寒くなる。
シモンは千花から視線を逸らし、乱暴に言い放つ。
「皆、俺達のことなんてゴミとしか思わないんだよ」
「シモンさん?」
千花の不安そうな声にも応えず、シモンは目を閉じて黙り込んでしまった。
引っかかる言葉を残して。