星のカナタ ~神さまお願い あと一秒だけ
「おっ! この作者は初めましてだな……」
病院のベッドで、スマホの電源を入れると、いつもの小説投稿サイトをむさぼるように読み始める。
『小説家になれる』は百万作品近い小説が無料で読める日本最大級の小説投稿サイトだ。
本好きにとっては、夢のような話だが、誰でも気軽に登録出来て、小説を投稿することが出来るのもまた魅力。毎日のように新しい小説家のたまごたちが生まれている場所でもある。
今日はどんな出会いがあるのか。想像しただけでワクワクしてくる。読んでいる間だけは、この苦しみや辛さから解放されるのだ。
「……ふぅ、面白かったよ、ありがとうな」
俺は、読み終えた小説ページを少しだけ下にスクロールすると、五つの☆が並ぶ評価ボタンを押す。押した☆が空色に変われば評価完了だ。このサイトでは、ユーザ登録していれば、小説にたいして評価を贈ることが出来る。いわゆる応援ポイントという奴だな。
別に評価なんかしなくたって、小説は読めるし、読者に不利益はない。
だけど……俺は楽しませてもらった小説には必ず応援ポイントを贈ることにしている。☆ひとつで2ポイント、☆5つで最大10ポイント、ブックマークと合わせれば、最大12ポイント贈ることが出来る。俺は決まって☆5つだ。色んな考え方はあるかもしれないけど、これは作者への感謝と応援の気持ちだから12ポイント一択。
数値という見える形で応援してもらえると作者としてどれほど嬉しいのか、俺は知っているから尚更そうしているんだ。
俺も以前はこのサイトで小説を書いていた人間だからな。
生まれつき身体が弱くて、何をやっても長続きしなかった俺が、唯一続けられたのが読書だった。
本を読めば、部屋に居ながら世界中を旅することが出来る。過去や未来にだって行ける。夢のようなファンタジーの世界や魔法が存在する異世界にだって。
みんなが当たり前に出来ることが出来ない。そんな世界を恨んでしまいそうになるたびに、我が身を呪いそうになるたびに、本は俺を救ってくれた。
出来ないからこそ、俺は今こうして本を読める。スポーツで汗を流したり、旅行に出かけたり、海や山で遊んだり……。そりゃあ羨ましくないかと言えばそんなことはないけれど、その分俺は人よりたくさん本を読むことが出来たんだ。それなら全然OKじゃないかって、今は思っている。
周囲の助けもあって、なんとか大学を出て、就職も決まった。
そんな矢先……俺は再びベッド生活に逆戻りすることになった。
余命半年。
それが医師から告げられた俺の人生の残り時間だ。
長くはないとは思っていたけれど……こんなに短いとはね。
ショックが大き過ぎると逆に冷静になるものだと知った。
残りの時間、何に使おうか。
俺には何もない。時間も無ければ、金もない。別れを惜しむ恋人だっていない。失うものが無い方が気が楽だって考え方もあるかもしれない。
でも、何も残さないで死ぬのはなんとなく嫌だった。
小説投稿サイトを知ったのは偶然。同じ病院に入院している人から教えてもらったのだ。
それからは早かった。すぐに登録して小説を書き続けた。自分の生きた証を刻み込むかのように、毎日毎日投稿し続けた。
感想はほとんどつかなかったけれど、初めて評価が付いた時は嬉しくて泣いた。数字上、読まれているのは分かるのだが、反応がなければ、読まれている実感は皆無だからだ。
投稿を始めて半年が過ぎた。
俺はまだ生きていた。初めて投稿した作品は無事完結して、望外の評価をもらうことが出来た。俺がいなければ生まれなかった作品だ。生きた証を残せたようで嬉しかった。
新作は……書かなかった。いや、正確には書けなかった。どう考えても途中で終わってしまう物語を書くなんて無責任すぎる。俺が読者なら絶対に嫌だろうしな。
だから俺は読み専になった。残された時間があとどれくらいなのかはわからない。
ここから先はボーナスステージ。俺の人生の残滓だ。
だったら、息を引き取る最後の瞬間まで、俺が応援してやる。そう決めたんだ。
巨大な小説サイト『小説家になれる』は、毎日大量の作品が投稿される一方で、その流れに押し流されて人目につくこともなく埋もれてしまう作品が山ほどある。
読者は多いけれど、ほとんどの読者はランキングから探して読むものだからこれは仕方が無い。
だから俺はそんな埋もれてしまっている作品を探す。そして面白ければ☆を贈る。
創作というのは、料理に似ている。
最初は自分の腹を満たす為。でも、あまりにも美味しく出来たら、他の人にもおすそ分けしたくなる。
対価なんていらない。ただ一言美味しいね、という言葉が聞きたいだけなのだ。
それは決して人数なんかじゃない。
きっと、評価されたことがない作者さんは、一生懸命書いた小説を、読んで欲しくてずっと待っている。
数百万人の読者がいるのに、見向きもされないのは絶対に辛い。表通りに出て、読んでくださいと言える人ばかりではない。だから俺が探して読んでやる。
世の中にはスコッパーと呼ばれる読者がいるらしい。埋もれた名作を掘り起こすことを喜びにしている人たちだそうだ。
でも俺は少し違うかな。ほんのちょっとだけ持ち上げて、日当たりと風通しが良くなれば、生き返ることもあるかもしれない。俺がそうだったように救われる人がいるかもしれない。
俺はそんな縁の下の力持ちになりたい。
自己満足なのはわかっている。俺一人が頑張ったところでたかが知れていることだって。でもさ、俺の自己満足で、もし一人でも救われたり元気を出してくれたら最高じゃないか。
最初は自分のためにやっていただけだったのに、気付けば、俺の周りにはたくさんの仲間が出来ていた。評価した作品がポイントによってランキング入りして注目されたり、中にはそれで奮起して、賞をとったり、書籍化した人もいる。
もう書くのを辞めようと思っていた人が、新作を書くようになってくれた時は飛び上がりたくなるぐらい嬉しかった。作者だけじゃない。作品にだって生命はある。俺はそう思っているから。
良かった……俺のやってきたことは間違いじゃなかった。
でも……もうそろそろ時間切れかな。
このところ読める時間が大幅に減った。目がかすみ、酷い頭痛に、絶え間なく襲ってくる吐き気。
夜寝るのが怖い。朝が来る保証が無いから。
「……良かった……まだ生きてる」
朝起きると、今日という日を迎えることが出来た喜びを噛みしめ感謝する。
ここ数日読んでいた連載作品の続きを読み始める。まるで本当に見てきたかのようなリアルな異世界物語。ここ最近で一番お気に入りの作品だと自信を持って言える。それなのに評価ゼロ。連載中の長編は、最新話に追いついた時点で☆を入れるのが俺のやり方、今日やっと評価を入れることが出来る。
突然画面がぶれ始める。
ああ、駄目だ……これは……たぶん……無理かもな。
だけど、神さまお願いだ、あと三秒……いや一秒でもいい。俺に視力を戻してくれ……最後に評価を入れさせてくれよ。
天野奏太 享年26
彼が『小説家になれる』に残した作品はわずか一つ。
そして、彼が☆を贈ったのはおよそ100人。
彼は知る由もないことだが、その☆によって立ち直った作者たちによって新たに生み出された作品数は3000。その作品に影響を受けて作者となった書き手によって生み出された作品数は10万を超える。作品を読んで影響を受けた人数ならとんでもない数になるだろう。
たしかに評価なんかしなくたって、小説は読めるし、読者に不利益はない……本当にそうだろうか? たかが☆だが、彼は☆によって救われ、そしてまた☆によって小説の命脈もまた救われたのだ。
どうか考えてみて欲しい。この瞬間の行動が、未来へと繋がっていることを。貴方が将来出会う名作が、その芽が、この瞬間に枯れようとしているのかもしれないのだから。
家族によれば、残された奏太のスマートフォンの画面には、『小説家がえらい世界へようこそ』という小説ページに空色の☆が5つ並んでいたという。
そして奏太の死に顔は、苦しみよりも満ち足りた、優しい微笑みを浮かべていたそうだ。
『女神さま、今日は珍しくご機嫌ですね。何か良いことでもあったんですか?』
『うふふ、わかる~? あのね、私の書いた小説に初めて評価が付いたのよ!! もう嬉しくって』
『……また、下界の小説サイトに投稿してらしたんですか? 本当に懲りないですねぇ……』
『だ・か・ら・ね、その評価してくれた子、私の所へ連れてきて頂戴。魂が向かってきているはずだから
』
『なるほど……久々の異世界転生ですね? それで、その子の名前は?』
『天野奏太くんよ。くれぐれも間違えないように』