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3、パレード

 リニがあまりにもまともに生活出来ていないことが分かったので、エヴァンは業務外でもちょこちょこ面倒を見るようになった。

 主に食事の世話だ。リニは放っておくと詰所のキッチンで適当に──本当に適当で簡素に、食事を済ませてしまう。

 そのため、仕事を上がり、時間が合えば共に食事をとるようになった。エヴァンが自宅で料理を振る舞うこともあれば、店に行くこともある。

 近衛隊のときは気付かなかったが、街には多くの店があり、さらに警邏隊員は旨い店をよく知っている。


「リニ、これも食え。筋肉つかないぞ」

「なんだかエヴァンはリニのお袋を通り過ぎて、嫁に近くなってきたな」


 二人の様子を見た同僚が口を挟む。

 エヴァンとリニは同僚ら数人と飲食店で焼肉を食べていた。自分で焼かなければいけないスタイルのこの店で、エヴァンは自分の食事はそこそこに、どんどん網に肉を乗せ、リニを含めた同僚の皿にどんどん乗せていく。


「俺は清楚で柔らかい女性が好きなんだ。リニなんて、弟妹の面倒を見てるのと同じだ」


 侮辱されたリニだが、全く意に介さずエヴァンの焼いた肉を口に運ぶ。


「女性の好みはどうでもいいですけど。エヴァンさんは兄弟が多いんですか?」

「そう。三人いる。だから金を稼ぎたくて騎士に」

「そりゃあ、ウチなんかに来ちゃって残念だなあ。近衛の方が給料良いのに」


 ははは、と同僚が笑いながら酒を呷る。警邏隊員は皆、酒にも強い。

 実際、近衛は諸手当がつくこともあり高収入だ。ただ、エヴァンにとっては今の方が良い。仕事は大変だし、給料は前職場より低いけれども。


「近衛といえば、王子殿下の結婚式のパレード、警備でウチも駆り出されそうだぞ」

「へえ、まあそうだろうな」


 以前、エヴァンが警護していた王子は隣国の姫を迎えることが決まっていた。

 エヴァンの左遷のきっかけとなったのは、この王子の婚約式でのことだったのだ。そのときメロメロにしてしまった王子は、正気に戻るのに三日かかった。


 正直なところ、近衛と一緒に仕事をするのは気が引ける。彼らは自信があり、プライドも高い。

 魅了などという怪しげなスキルの自分が疎ましく思われていたことにエヴァンは気付いていたし、いなくなって清々したと思われているだろう。

 憂鬱だなと思いながら、エヴァンは黙々と肉を焼いた。



 噂通り、それからすぐにパレード警備の話がやってきた。

 王子夫妻一行はコーディのいる教会で式を挙げる。

 挙式後、そこから王宮まで馬車で移動する。移動時間は三十分ほど。その間、近衛隊は一行周辺を警護、警邏隊はパレードを見にくる沿道の市民の警備を担当することになった。


 エヴァンとリニはパレードの経路を確認するために教会へ向かった。街のあちこちには警護の打ち合わせをしている金糸の飾り紐を下げた騎士たちが立っている。

 騎士服の飾り紐は警邏隊が赤、近衛隊は金だ。


「おっと、エヴァンじゃないか」


 聞き覚えのある声がして、エヴァンは足を止めた。

 ギギギ、と音がするくらいゆっくりと軋む足で振り返ると、目に入ったのは金糸。以前の同僚だ。しかも王子殿下もろともメロメロにしてしまった(ヤツ)


「…どうも」

「久しぶりだな。新しい職場はどうだ」

「特に問題なく」

「そりゃあ、もうあれ以上(・・・・)の問題は起こせないだろうさ」


 近衛隊だけあって美しい顔を綻ばせて嘲笑され、エヴァンは目を逸らす。すると、元同僚はおや、と隣のリニに気付いた。


「驚いた。バディ相手は女性? 大丈夫なのか?」

「は?」

「君、エヴァンのスキルを知っている? 危ないよ。怖くない?」


 話を振られたリニは目を丸くしたが、隣に立つエヴァンの渋面を見て理解したようだった。


「いいえ、全然」

「今はね、エヴァンは魔力封じを付けているから。でもいつ何が起きるか分からない。実際起きたしね」

「はあ」

「バディ変更を検討することをお勧めするよ。君の身が危険だ。彼のスキルは悪魔の術だから」


 リニを心配する素振りで自分を馬鹿にしてくる元同僚に、エヴァンは腹が立った。

 こいつ、魅了にかかったときには熱い目で縋り付いてきたくせに。あの情けなかった姿を暴露してやろうかと、目の前の男にとって不名誉なことを想像する。


 一方のリニは「悪魔?」と呟いて、金の騎士を見やる。


「違いますよ。エヴァンさんは私のお母さん兼、お嫁さんです」

「「…は?」」


 リニの思いがけない言葉に、エヴァンと元同僚の声が重なった。

 それからリニは、呆けた相手をビシッと指差す。


「だいたい、業務中の事故に逆恨みとは情けないですね。だから近衛ってダメなんですよ、頭でっかちでどうせ訓練もろくにしてないんでしょう」

「あ? なんだと?」


 相手が肩を怒らせたのを見て、にやりと笑ったリニが右足を一歩引いて身構える。一気に臨戦態勢だ。


「わわわ、も、もういい。仕事に戻ろう。では」


 この元同僚がリニの飛び蹴りをかわせるとは思えない。乱闘になったらリニが勝ってしまう。それもそれで面倒だ。

 エヴァンはリニの腕を引っ張って強引にその場を離れた。


「ちぇっ、一発やりたかったな」

「その言い方はやめなさい」


 別にエヴァンを庇ってくれようとしたわけでもない。ただちょっと気に入らない相手と喧嘩したかっただけ。血の気の多いことだ。

 不貞るリニを宥めながら、本当にリニの母親になってしまったようだなとエヴァンは思った。



 ♢



 王子の結婚式当日は晴天だった。若い王子と他国からの姫を見ようと、沿道には大勢の市民が集まっている。

 あちこちに配置されている警邏隊員は首から笛を下げ、混乱が生じないよう注意を払う。エヴァンとリニの持ち場は教会付近で、ロープを張って規制し、見物する人々を誘導していた。


 教会の方から大歓声が聞こえ、王子たちが挙式を終えて教会から出てきたのが分かった。白い婚礼服の新郎新婦が教会の前に立ち、沿道に向かって手を振ると、歓声は最高潮になる。笑顔を振りまく王子は、エヴァンの記憶よりも落ち着いた雰囲気だ。


 新郎新婦が馬車に乗り込むと、コーディを含む教会関係者が見送る。少し離れたところに立つリニに目をやると、教会前に立つ人物をじっと見つめていた。

 馬車の前後は馬に乗った近衛隊で守られており、その後尾はサーベルを携えた近衛隊が徒歩で行進する。少し前であれば自分もあの一員だったかもと思うと、ほんの少しだがエヴァンは切なくなった。


 一行の近衛隊が通り過ぎたら、あとは規制を解除して大勢の人の帰路を誘導するだけ。

 特に問題なく終わりそうだとエヴァンがほっとしかけたところで、最後尾で近衛隊の隊列が乱れていることに気付いた。


 どうやら沿道の一部で人々が押し合いになり、ロープからあふれてしまったようだ。秩序のなくなった人たちが「押された」「見えなかった」などと揉めており、一部は隊列を護衛していた近衛隊に文句をつけている。


「あらら」


 近くにいた警邏隊が笛を吹いて対応にあたる。はみ出てしまった人たちを順次沿道に戻すが、市民に詰め寄られた近衛隊員は憤慨している様子が分かった。


 言い合いになっている中、最後尾の近衛隊員が顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。

 そして、急に市民に向けて手をかざしたのが見えた。


 ──まさか、こんなところで市民に向かって魔術を使う気か。


「やばい」

「エヴァンさん! 行って!」


 いつの間にかすぐ近くにリニがいた。

 リニは持ち場を制しつつ、近衛隊員に向かって手を向け、詠唱を唱えた。ここからは少し距離がある。

 しかしリニが詠唱を唱えた直後、空間の歪みのようなもや(・・)が近衛隊員を一瞬にして覆った。

 近衛隊員は詠唱を唱え終えていたが術式が発動しないことに気付き、怪訝な顔をして自らの手をまじまじと見る。


 エヴァンは持ち場をリニに任せ、駆け出して近衛隊員と市民の間に入り込んだ。強引に二人を引き離す。


「やめろ! お前はもう行け!」


 まだ疑問の表情で自分の手を見ている近衛隊員を隊列の方へ押しやり、笛を吹きながら市民をまとめて沿道へ誘導する。

 帰り始める人たちもいたため、それ以上の騒動にはならず、次第に人々は分散していった。


 先ほどはリニが自らの術式を発動し、近衛隊の魔術を無効化したのだろう。もし市民に対して魔術で攻撃してしまったら大変なことになるところだったとエヴァンはほっとした。


 ある程度落ち着いたところで持ち場に戻ると、当のリニは規制のためのロープを回収しているところだった。


「お疲れ、大丈夫だったか?」

「私はなにも。お疲れさまでした」


 周りを見ると、パレードの興奮冷めやらぬ市民は店に繰り出して飲んで騒いでいるようだ。

 陽はもう落ちてきており、沿道には片付けする警邏隊がわずかに残っている。もうすぐ夜勤組との交代の時間だ。


「疲れたなあ、なにか食いに行こう」

「そうですね」


 夜勤組と交代したエヴァンとリニは食事しようと街に出たが、すでに店はお祭り騒ぎの客でどこもいっぱいだった。そのため仕方なく食事を持ち帰りにし、エヴァンの家で食べることにした。


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