扁桃腺が腫れた
扁桃腺が腫れた。
風俗を行ったあとの話だった。
原因は、分かりきっていたが、周りには何も言えない。
後ろめたいからだ。
扁桃腺が腫れると、酷い高熱が出る。
それは酷い高熱だ。
何もかもが嫌になるような。
だが一番辛いのは、煙草が吸えないことだった。
俺は煙を愛していた。
中毒か、逃避か。
紫煙に何を求めているのかは、自分にも分からなかったが、こういう時は、つくづく思う。
俺に、禁煙は無理だと。
普段は止めたいと思っているのだ。
俺は酒と煙草が合わない体質で、少し酔った状態でもタバコを吸えば酷く悪酔いをするし(しかも、分かりきっているのに吸うことをやめようとは思えないのだ)、そこまでタールやニコチンに強い体質でも無い。
古臭いレギュラー煙草を好んで吸うが、“ニコクラ”を起こした時は心底煙草を辞めようと思う。
だがこういう時。
タバコを吸ったら悪化するのを分かっているのに、夜中にこっそり吸う時。
俺は、最高に煙草を美味いと感じる。
普段より濃厚に、鮮明に感じられる香りは、幾ら吸っても飽きが来ない、と思える。その時は。
ニコクラを感じても、なお美味いと感じる。
若い頃、一番ワクワクするのは、煙草の封を切って、あの独特の匂いを嗅いだ時だった。
フィルターの香りなのか、それとも単に葉の香りなのか。
恐らく両方だと思うのだけれど、俺はそれがたまらなく好きだった。
俺にとってあの香りは、背徳の香りなのだ。
今だってそうだ。
頭に冷えピタシートを貼って、マスクをずらしながらタバコを吸う。
表には誰もいない。
稀に、夜中の散歩か、帰宅途中なのか、人が足音を立てながら俺の前を通り過ぎる。
俺は不自然に見えないように動いて、額を隠すように背を向ける。
煙は暗色の空に、仄暗く立ち昇って消えていく。
名残惜しくも、それを見つめる。
急かされるように、再び煙草を咥える。
するとやっぱり、ヤニクラが襲いかかってくる。
しまったと思う。恨めしげに煙を見つめる。
懲りずに、先程よりも早いペースで煙草を咥える。
煙草を灰皿に押し付けて、家に入る時になれば気分は最悪だ。
ああ、しまった。治るものも治らない。
そもそも、本当に扁桃腺の腫れだけなのか?
いっそこの機に、禁煙でもするか?
色々と考えながら、部屋に戻るなり、スマホでつらつらと書き始める。
下らない事を。得にもならない事を。
落としどころを考えながら。
そうしてふと、思った。
煙草が吸いたい、と。
一体、禁煙の話は何処に行ったんだい?