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ずっと横になっていた状態から上半身を急に起こしたせいでくらっと目眩がする。
「うぅ…」
と私が頭に手を当てると、その彼は「大丈夫?」と心配してきた。そんな美形に心配されると不覚にも少しドキッとしてしまうのだけど、そのときめきを振り払い私は今まで噤んでいた口をなんとか開けて沈黙を破った。
「う、うるさい!あなたのせいで!あなたのせいで私の人生めちゃくちゃです!」
「まあ事実だからね。それは本当に済まなかったと思っているよ」
彼は洋画の俳優のようにわざとらしく肩を落とす仕草をする。そして、彼は聞き捨てならない言葉を続けた。
「でもね、君はショック死したことで僕の魔力と混ざり合ってサキュバスになってしまったけど、君の肉体と魂がまとめて君のサキュバスの身体に転化されたわけだから君は人間に戻ることも絶対にないとはいいきれないんだ」
「え?」
ということは私は人に戻れるということなのだろうか。思わず朗報に不意をつかれてしまい、きょとんとしてしまう。
「私は人に戻れるってこと…なんです…か?」
「まだはっきりとはわからないけどね。そもそも、精力をもらおうをした人間がサキュバスになっちゃうなんて滅多にないことなんだよ。僕たち夢魔側からしてもこれは思いがけない非常事態なんだ。だから、君を人間に戻せるのなら人間に戻したいんだよね」
この話をきいて暗闇の中で光を見つけたような気持ちになった。この世界に来て、この身体になって、私ははじめてほんのちょっと、本当にほんのちょっとなのだけど安心感を覚えることができたかもしれない。
「そうなの…。あ…」
一瞬安心感を感じたもののまたすぐ別の心配事を思い出してしまった。
「私が急にいなくなったから家族が心配しているはず!どうしよう…」
「それは大丈夫」
狼狽する私に対しはっきりと彼が断言するものだからまた不意をつかれてしまう。何が『大丈夫』なのだろうか。
「確かに君の場合は魂とともに肉体も消滅してしまったから、君達人間の世界ではもう行方不明になってい
る」
私は行方不明になっている…
それをきいてまた目の前が真っ暗になった。
「でも」
でも…?一瞬で落ちていった気持ちがまた彼の言葉で瞬時に引き戻される。
「非常事態の事故で起こったものだから、君達の周りで騒ぎが起きないよう夢魔側で処理をしたんだ。君の家族、友達、近所の人達、とりあえず君のことを知っている全員に催眠術をかけて君のことを忘れさせた。もちろん、君が人間に戻った時にはその催眠術は解かれるよ。」
…またまた非現実な話にすぐリアクションができなかった。でも、先程の人間に戻れる希望がある話よりは素直に喜べない私がいる。気持ちの整理がつかず、彼の顔をじっと見る気にもなれなかったので、私は私の手元にゆっくりと目線を移した。
…私のことを知っている人達がみんな私のことを忘れている。
この事実にちくんと心が痛んだ。私の母、父、兄、華ちゃんも私の存在を気にかけることもなく日常生活を送っているのだ。私は人間関係は広い方ではないが…、いや、私の人間関係が狭く深いものであるからこそ、その事実が辛かったのだ。
それでも、今私の身内の人達が行方不明の私を血眼になって探しているのだろうという心配が杞憂であったことを知れてほっとした気持ちも確かにあった。
とても複雑だったけど家族や数少ない友達が悲しい思いをしてないのだからと私はとりあえずその状況に納得することができた。
ぽんっ。
「ひゃっ」
左肩に手の感触を感じ、反射的にずっと下を向いていた顔をバッと左側にあげた。そこには彼の顔があった。彼は上半身だけ起こした状態の私の真横に屈み、私の肩に手を置いていた。私はずっと下を向いていたのと今の話で色々と考え込んでしまっていたので彼が近づいていることに全く気付いていなかったのだ。
「これは僕のせいだからね。人間に戻れるまでは責任をとるよ。とりあえず、長期の留学だと思ってこの世界もエンジョイしてほしい」
「ひゃ、ひゃい」
はい、というつもりが恥ずかしながら呂律が回らずこう答えてしまった。この彼はずるい。つくづくそう思う。
なぜか私の頬が火照っているような気がするが、これはきっと例の魔力のせいだと自分自身に言いきかせた。