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第一章 三幕 『シスコン魔術師』ディアーダ・エントラーダ

 闇。

 一面に黒い世界が広がっている。

 閉め切られた部屋の中には一陣の光すら入ってこず、物音一つさえ聞こえない。

 人の気配が感じられる。部屋の中央に、ぼんやりとした青白い炎を灯す水晶球が置いてある。それを取り囲むように、一人、二人、…三人。

 そのうちの一人が、水晶球に向かって手をかざした。

 途端、その中に灯る青白い光が揺らめいた。そして、かと思うとそれは、球面上に何やら遠い世界の風景「らしきもの」を映し出した。

 しかし、それはあまりにも僅かな時間だった。すぐさま青白い炎は燃え上がり、映像をあっという間に掻き消してしまった。


 やがて、部屋の中に光が戻ってきた。暖かい光――理力によって生み出された、人工の太陽による光である。それに照らされ、部屋にいた三人の姿が露わになった。

 一人は、学者風の青年。年の頃は二十三、四歳ほどであろう。白衣のような服を身に纏い、小さな眼鏡を掛けた、細面に青い髪の利発そうな男だった。

 もう一人は、老人だった。恐らくはこの場所においてそれ相応の責任を持つ身ではないだろうか。物腰、立ち居振る舞い、そしてその身から立ち上るような気配はただ者ではない。

 最後に、先程水晶に手をかざしていた男である。黒いフードを頭まで被り、顔はまったく見えないが、持ち得た雰囲気は他の二人に負けず劣らずといった所だった。

 ぐい、と苛立たしげにフードを取ると、男はその素顔を皆の前に晒した。流れる美しい金髪、そして整った目鼻立ちを持った少年。白い肌はまるで雪花石膏の如く、男とは思えぬほどの美貌の持ち主だった。

「ディアーダよ。雑念があるようだな。」

 青髪の男が言った。

「予見の儀は我が学術の最終試練。これが出来ぬようでは卒業は見送るしかない。」

 ギリリ、と口惜しそうに、ディアーダと呼ばれた美少年が歯ぎしりをする。

 すると、今度は側に立つ老人が横から口を挟んできた。

「スノー、確かにディアーダは失敗した。だが、よくやっている。チャンスをやろうではないか。…二日後、また行えばよい。」

「マナ・ライ様…しかし、特例を認めてしまえば規範が乱れます。」

「何事も例外はあり得る物よ。」

「しかし…」

 スノーと呼ばれた青髪の男は、終始納得がいかぬと言った顔をしていたが、老人には頭が上がらぬらしく、ついには渋々と引き下がった。

 老人――マナ・ライは、その顔に微笑みを絶やさぬまま、ディアーダに近づくと、優しく声を掛けた。

「迷っておるようじゃな。…しかし、この儀を得なければ主の望みは叶わぬ。我々には主程、思いが強くない故にな。その為に、厳しい修行を続けてきたのであろう? 儂に出来る事は、ただ神が幸をもたらさん事を祈るだけじゃ。」

 その言葉に小さく一礼をすると、ディアーダはすぐさま二人に背を向け、何も言わずに部屋を後にした。去りゆくディアーダの後ろ姿を見つめながら、マナ・ライは言った。

「あの子には強い信念がある。それを邪魔することは誰一人として出来ぬだろうよ。」


 ラキシア大陸の東端に位置する、魔法大国エレミア。この地は、かつて竜によって魔法を授けられた王が建国したと伝えられる地であり、よって理力の研究において世界最高の頭脳が集まる場所でもある。

 『理力』。それは、かつて竜によって伝えられた魔法を、人が扱いやすいように改竄して作られた力である。元来、魔法とは天地の理、世界の構成物質、そして天候や気象などさえも操る事の出来る神の力そのものだった。

 しかし、それは神も竜も滅んだ世界では失われて久しいものだった。魔法は、そのままでは人の手に余る力だったのである。荒れ果てた大地で生き残るため、人は自らが使いやすいように、進化の過程で魔法に改良を加え、理力を作り上げたのだ。

 当初、理力は感覚のままに人が使いこなせる、簡単な超能力のようなものであると思われていたが、最近の研究では、この世界は『フォース・マター』と呼ばれる根元的物質によって形作られており、このフォース・マターに精神的な感応をする事により、様々な現象が生み出されるという事が解ってきた。すなわち、修行次第では神々の魔法に近い理力をも、使いこなせる筈だというのである。

 エレミア理力研究所では、そんな神々の秘密に近づかんと、多数の研究員達が昼夜を問わず活動を続けていた。人々は、この研究所とそれに付随する一切の機関を『魔術師ギルド』と呼称し、研究員達を太古の魔法を研究する術士、即ち『魔術師』と呼んで、尊敬と崇拝の眼差しを送った。

 そして、ディアーダもまたその一員だったのである。


 ギルド施設内に立てられた、研究寮。

 部屋に戻ったディアーダは、壁に設置された金属板のようなスイッチに手をかざし、理力によって明かりをつけた。そして、疲れ切ったように、そのまま粗末なベッドに向かって倒れ込んだ。

 質素な部屋だった。一つしかない窓からは、中庭の殺風景な景色しか見えず、部屋の中にも勉学用の木の机と、古ぼけた本棚、そして今自分が横になっている窮屈なパイプベッドしか置いていない。

 仰向けになり、ディアーダは天井の梁を見つめた。ぼんやりと考え事をしながら、やがてその目を、机の上に置いてある写真立てへと移した。

 写真立ての中には、一枚の美しい少女の姿があった。長く、美しい金髪。白い肌、青い目。どことなくディアーダに似たその少女は、優しく彼に向かって微笑むばかりだった。

「…姉さん…」

 ディアーダは呟いた。そして、再び天井へと目線を戻した。

(…姉さん、貴方は…貴方は、今どこにいるんです? 今、どこでどうしているんです? …きっと、きっと僕が見つけだしてあげる。だから、だからその日まで笑っていて…。…優しかった姉さん、…僕の大好きな姉さん、…愛しているよ、姉さん…)

 妄想がかなりヤバイ方向に向かっているのもお構いなしに、ディアーダは大きく溜息をつくと、その上半身だけをゆっくりと起こした。その脳裏に、幼い日の思い出が甦ってきた。


 遡ること十年前――第二次ラキシア戦争が遂に終結。


 時を同じくして、この理力研究所施設に、とある姉弟が訪れた。

 ぼろを纏い、傷だらけの体にやせ細った腕と脚。二人はまだ幼く、姉は年にして十四。弟はまだ七つにも満たなかった。

 姉弟は、施設最高責任者であるマナ・ライに取り次いでもらうと、涙ながらに訴えた。

「村は戦争で滅ぼされました。もはや、私達に安住の地はありません。」

「ギルドは、僕達みたいな子供でも働けると聞きました。どうか、この魔術師ギルドで働かせてくれませんか?」


 第二次ラキシア戦争。コーラスとクラメシアとの間に起きた戦争は、もとはといえば小規模な資源の奪い合いから始まったとされている。しかし、二つの国を取り巻く政治的、宗教的な係争から、戦火は五年の歳月を費やしても止まず、ついには城塞都市ド・ゴールや砂漠の帝国ダバイ、そして東の属国トンペイまでもを巻き込んだ大戦争へと発展した。

 二人のような戦災孤児は珍しくもない時代だったのである。

 長い戦いの結果、やがて二つの国は疲弊し、最終的に和睦の道を選ぶことになる。が、それ以降も両国間の確執は確実に残ることになり、緊張感を保ちながら虎視眈々とお互いの領地を狙い合う関係になってしまった。

 世界は混沌の小休止に入ったばかりだった。そんな中、幼い姉弟が生き残るのは、どれだけ厳しい環境か、想像に難くなかった。


 マナ・ライは幼い姉弟の言葉に耳を貸し、快く二人に部屋を割り振ってくれた。

 ギルドでの生活は厳しい修行と隣り合わせである。しかし故郷を、そして家族を失った姉弟にとって、それはあまりにも幸せな世界であった。

 だが、そんな平穏な日々は、突然に終わりを告げた。

「天啓が降りたんです。…私は、ある重大な任務の為、旅に出なくてはなりません。どうかその間、弟を頼みます。」

 姉はそう口にし、弟の十二の誕生日にギルドから忽然と姿を消してしまったのである。

 この弟こそ、ディアーダ・エントラーダその人であった。

 既にこの時、彼はその思春期の多くを姉に依存してしまったが故、実の姉に対して歪んだ愛の形を見出してしまっていた。それは、ギルドという閉塞した空間だからこそ成し得た、ある種の弊害だったのかもしれない。

 何れにしろ、ディアーダは失踪した姉を捜し出そうと、必死にマナ・ライに頼み込んだ。

 しかし、遙か彼方の出来事を見通し、心の奥底までも見抜くことの出来る彼ですら、何故に姉が自分を置いて旅に出てしまったのか、彼女がどこへ行ってしまったのか、その訳も場所も知り得る事が出来なかった。

 ただ一つ、望みがあるとするならば…遠見の水晶は、願う者の求める心に強く反応する。

 唯一の肉親である自分ならば、水晶は姉の居場所を映し出すかもしれない。

 たったそれだけの、あまりにか細い希望の為に、ディアーダは遂にギルドでの最高関門と言われる修士課程に挑んだ。そして五年。ついに彼は、遠見の水晶を使った卒業試験を受けるに至ったのである。

 全ては、愛する姉にもう一度出会いたいが為に。


「…もうすぐだよ、姉さん…」

 その一言だけを声にし、ディアーダはゆっくりとベッドから立ち上がると、机の上の写真立てにキスをした。言うまでもなく、明らかに重傷である。

 気が付けば、窓の外は既に闇が支配する時刻となっていた。首都の時間を知らせる尖塔の上の理力時計がもうすぐ拾の刻を刻もうとしている。空に広がる星の海はあまりにも美しく、まさに天に瞬く宝石のようでもあった。

 ふと、ディアーダは、そんな窓の外に微かな人の気配を感じ、我に返った。闇夜の中を目を凝らして凝視する。中庭の中央に人が立っている。

(…こんな時間に、一体誰が?)

 偶々、うまく寝付けなかった事もあり、その疑問を解消すべくディアーダは、一路中庭へと向かった。外を吹く程良い寒さの夜風が、火照った肌に気持ちよかった。

 中庭に居た人影の正体は、ディアーダにとって意外な人物だった。老齢ではあるが威厳ある顔つき、物腰、そして立ち居振る舞い…間違う筈もない。

「…マナ・ライ様? どうしてこんな夜更けに?」

 しかし、ディアーダの問い掛けにも答えず、マナ・ライはただ夜空を見上げ、立ち尽くすのみだった。

 しばしの沈黙…後、

「…星をな。…星見の行をやっていたのじゃよ。」

 ようやくマナ・ライはその一言だけを口にした。そして、

「…ディアーダよ。御主、今回の試験が終われば…旅に出ようと思っておるな?」

 続けて発せられた突然の問いに、ディアーダは言葉を失った。

「しかしな、それは苦難を伴うぞ。禁じられた恋に命を捨てようとする事ほど愚かしい事はない。…そのぐらいは、御主とて解っておるじゃろう?」

 全て、図星だった。流石というべきであろうか。やはり師匠であるマナ・ライは、あらゆる事象を見通す理力を持ち得ているのだと、今更ながらにディアーダは思い知った。

 対する言葉を選ぶディアーダに、間髪入れずにマナ・ライは訊いた。

「…それでも、…やはり、行くかの?」

 一陣の夜風が、駆け抜けるように吹いた。それを機に、ディアーダはただ一言、

「…それが我が天命であると…」

 それだけを呟き、押し黙った。マナ・ライは、半ば諦めたように後ろを向くと、再び夜空を見上げた。

「七星が傾いておるの。凶兆が見える。…まぁ、旅立つ前に、これだけは伝えねばなるまい。…ディアーダよ、しかと聞いておくがよいぞ。『天と魔の子が最後に残されし竜と出会い、今はか弱き獅子の元で成長をする時、その前に立ちはだかるはまさしく己自身の影。やがて月が満ちれば、共に命を落とすは必然。鍵は、五つの意志に有り。』…解ったかの?」

 マナ・ライの言葉は、まったく理解に欠けていた。しかし、それが自身の運命を示唆するものであるならば、と真摯な思いでディアーダはそれを肝に銘じた。

 同時に、


 ゴーン…、ゴーン…、ゴーン…


 尖塔が、拾の刻を知らせる優しい鐘の音を鳴らした。それを聞きながら、ディアーダはマナ・ライに深々と一礼をすると、背を向けて部屋へと戻った。

 ただ一人残されたマナ・ライは、未だ夜空を見つめたまま、

「…ほ! あの男もか。よもや、あやつまでもが帰ってくるとはな。こいつは、動乱が見えても可笑しくない筈じゃて。…ほっほっほ!」

 そう言い、嬉しそうに笑った。その真意は、天のみぞ知る所であった。


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