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第七章 一幕 『武闘会一回戦』

 ウミネコの声。そして、花火の音。

 朝がやってきた。それは、運命の朝だった。

「ひぃふぅみぃよぉ…うはっ、すげぇ! こいつは五十万ギルスはあるぜっ!? …って、まぁだ昨日の事を怒ってんのかよ、ジョージ?」

「………」

 前日、宿に戻るなり鎧を乱暴に脱ぎ捨て、ベッドで爆睡していたイリューンだったが、朝は朝で戦利品とばかりに、起きるやすぐさま褌一丁で金貨の枚数を数えていた。

 ジョージは脹れ面でそんなイリューンに背を向けるばかり。が、そんな事にもお構いなしに、イリューンはやれ「取り分はきちっと分けてやる」だの「細かい事を気にするヤツは禿げるぞ」だのと笑いながら話し続けるのだった。

「…まだやってたんですか。そろそろ受付が開始されるらしいですよ。」

 一足先に起きて街の様子を見てきたディアーダが、部屋に戻るなりそう言った。

「お! そうかっ! んじゃぁま、ちょっくら行ってくっか! う〜、腕が鳴るぜっ!」

 まるで散歩にでも出かけるのかと思うほどの脳天気ぶり。これで本当に強かったりするのだから始末に負えない。

 この武闘会でイリューンが首尾良く優勝すれば良し。もし負けることがあったならば…情報を片手に、なんとかコーラスへ戻る手腕を考えなければならない。

 ――正念場だった。イリューンにとっても、ジョージにとっても、これが一つの節目だった。

「…イリューン。」

 やっと放たれたジョージの声に、イリューンはニカっと笑うと振り返った。

「おうさ?」

「……勝てよ…ッ!?」

「――言うまでもねぇッ!」

 何を勘違いしたのか、イリューンは胸元で力強く親指を立てて見せた。言いたい事は色々あったが、これはこれで頼もしい返事なのだ、とジョージは自分を納得させるしかなかった。


 宿をチェックアウトし、三人は広場へと歩み出る。

 人の流れが明らかに昨日とは違っていた。お祭り騒ぎだった昨日とは違い、会場へ向かう人の流れは一律に殺気立っていた。

 選手達、その関係者、そして警備の兵士達。物々しい雰囲気に呑まれつつも、ジョージ一行は流れに沿って進む。

 受付会場は、昨日も通った城門前だった。

 既に、会場入りを目前にした選手達と思わしきゴツイ兵士達が、門前で列を作っている。試合を一目見ようと集まってきた観客達はその廻りで下馬評に華を咲かせている。辺りは殺気と、熱気と、そして昨日以上のお祭り騒ぎとに包まれていた。

 ジョージはふと城塞を見上げた。昨夜の騒ぎはまるで無かったかの如く――静かな様子を見せたいる。燃えるような熱気が吹き出しているように見えたのは錯覚だったのだろうか。

「――こっちです。ここで名前を記入するみたいですよ。」

 ディアーダの声で我に返った。イリューンは既に手にした羽ペンで参加票に名前を記載している所だった。

 対戦表が発表されるのは受付が終了してかららしい。イリューンが戻ってくる。

 開催まで、しばらく時間が余ってしまった。

 と、その時だった。

「…あらぁ、イイ男。あなたも参加者なのかしら?」

 ハスキーな甘い声に、三人は同時に振り返った。ウェーブのかかった亜麻色の髪。紫の口紅。濃い化粧をした妖艶な雰囲気を漂わす女が立っていた。

 不躾な問いに不機嫌そうな顔を見せつつ、イリューンが訊き返す。

「…そうだが、おめぇは?」

「…ウふふ。アタシはサブリナ。強い男を見るのが好きなのよ。」

 サブリナと名乗る女はそう言い、その場でくるり、とスカートの裾をはためかせてみせた。

 訝しげな顔をするイリューン。その側へサブリナは近寄ると、いきなり唇を耳元へ寄せ、

「…あなた、イイわねぇ。強そうな雰囲気。…もし優勝したなら…アタシと今夜、どう?」

 頬に軽いキスをし、そう囁きかけた。その意味は誰にでも分かる。男なら誰でも一度は言われてみたい言葉だった。

 舞い上がったのはイリューンだ。ニヤリと笑うと、凄まじい早さでサブリナの腰に手を回し、ぐい、と胸元へ引き寄せた。肉食動物が捕食するかの如く牙を見せ、

「…いいねェ。オイシイ話だ。…けどよ、何かたくらんじゃぁいねぇかい? えぇ?」

 一応、警戒もしているようだが、その声は上擦っていた。鼻の下を伸ばしたスケベ根性丸出しだった。

「…ウふふ。やっぱり、そっちのウブそうな騎士様とは違うわね。でも、誤解。…アタシは本当に強い男が好きなだ・け。だから、あなたを応援したい、って思ったのよ。…信じる、信じないは勝手だけれども。…ウふふ。」

 妖艶に笑うサブリナの目に嘘はない。イリューンは直感的にそう感じたようだった。

 同時に、一際大きな花火が鳴った。吹奏楽隊のファンファーレが鳴り響いた。

 ざわめきが大きく、衛兵達の声も高くその場に響き渡った。

「…おっと、もうすぐ始まるぞっ!」

『――選手の方は城門を抜け、先導に沿ってコロセウムまでお進み下さいッ!』

「おすな、押すなっ! 俺も参加者だって!」

「畜生、誰だ俺の足を踏んだヤツはっ!?」

 凄まじい人の流れが発生し始める。大混雑だった。

 イリューンはそれを遠目に見つつ、再びサブリナに顔を向け言った。

「へっ…見てやがれ。優勝するのは俺だ。」

「…頼もしいわ。ウふふ。終わったら、また会いましょ…ふふ。」

 サブリナから手を放し、イリューンはジョージ、ディアーダに顔を向けた。迷いの無い、透き通った顔だった。

「ま、おめぇらも見てろ。ちゃちゃっと片づけてくるからよ。」

「御武運を。」

「…あぁ。…期待してるぜ…っ!」

 もはやジョージに出来ることはない。敢えて言うならば祈ることのみだった。

 ディアーダは何も言わなかった。そもそも視察が目的と聞いている。ここでイリューンが勝とうと負けようと関係ないのかもしれない。

 二人の激励を聞き、イリューンは胸元でガッツポーズ。そして、凄まじい勢いで人混みの中へと突っ込んでいった。二、三人吹き飛ばされたような気がしたが、それは見て見ないフリをすることにした。

「ウふふ…本当にたくましい人…あるいは、あの人なら…?」

 そう呟き、残されたジョージ、ディアーダを舐めるように見つめ、サブリナもまた人混みの中へと姿を消した。

 何者だったのか。本当にイリューンを応援したいだけだったのか? 何も判らぬまま、二人はその場で首を傾げるしかなかった。


 しばしの後、人混みが消えかけた頃を見計らい、追って二人もコロセウム内へと足を踏み入れた。対戦表は既に発表されているようだが、試合開始までは時間がない。取り敢えず、表を見るのは後回しだった。

 入り口の人混みは解消されていたものの、中はまだまだ混雑状態だった。ジョージ、ディアーダは流れに任せ、アリーナ外周の二階席へと向かった。指定席が在るわけではない。いわゆる立ち見になるのは否めない。

 石で出来た廊下は、昨日の夜に通った道だった。崩れかけた煉瓦の壁は綺麗に補修され、抜け道は完全に覆い隠されていた。

(…盗賊団が盗みに入った事すら隠蔽? 魔剣を優勝賞品にする意味は…? 解らない…)

 人に揉まれつつ、ジョージは何度も首を傾げる。しかし、その問いに答える者など居よう筈もない。

 ディアーダは相変わらず、一言も口にせず後ろをついてくるばかり。話し相手になってくれるようなら、まだ扱いやすいとも言えるのだが。

 やっとの事で廊下を抜け、粗末な木製椅子の並べられた客席に辿り着いた。殆どの人間が座る事はなく、その場に立ってアリーナを見下ろしている。興奮の空気が伝わってくる。今か、今かと開会を心待ちにしている者ばかりだった。

 やがて一般観客席から見上げた、三階の突き出し部分――特別来賓席の向こうにトマス君主が姿を現した。

 恐らく開場宣言が始まるのだろう。そうジョージが思うや、トマス君主は来賓席前へ出ると嗄れた声を張り上げた。

『皆の者! よく今年もこの場に集まってくれた!』

『ウオオオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!』

 大歓声が挙がった。物凄い熱気にコロセウム内が満たされていく。歓喜なのか、怒号なのか。それすらも解らない声が辺り一面に轟いた。

『既に知っている者もおろうが…! 今大会には最高の賞品を用意した。得た者に最高の力を分け与えるという…ハルギスの…魔剣じゃ!』

 一層の歓声――観客も、選手も、一様に熱狂していた。

 唯一人、大欠伸をしている隣の金髪魔術師を除いて。

 トマス君主は続けた。

『見よ! これこそが魔剣――皆が求めて止まぬ至宝じゃ!』

 後ろから少年が歩み出る。ダリューン王子だった。その手には物々しい、赤い布に包まれた何かがあった。

 トマス君主が赤い布を勢いよく取り去る。その下から現れた物――それは斧だった。

 戦斧の刃先といった方が良いだろうか。巨大な包丁のような、装飾のある分厚い刃に、一際大きな緑の宝石――エメラルドが填め込まれている。

 あれこそがハルギスの力を封じたという、伝説の――

『これこそが魔剣の一つ、精霊斧セイクリッド・リーヴァ! 魔剣を得ようとせん勇者よ! 闘うが良い! 最も強き者に精霊は微笑まん!』

 一瞬のどよめき――続けて、割れんばかりの大きな拍手が鳴り響いた。トマス君主は満足そうに二度程頷き、くるりと背を向け、来賓席の奥へと消えた。

 同時に、場内全体に理力による拡声放送がなされた。

『これより、Aブロック一回戦第一試合を行います。第一戦…イリューン・アレクセイ――イリューン・アレクセイ、バーサス、ペイント・サバランッ!』

 イリューンの名を聞き、ジョージは慌てて眼下に広がるアリーナへ目を落とす。イリューンの姿はまだ見えなかった。

「――退屈ですね。私はちょっと席を外します。」

「……え? ちょ、ディアーダ!? …おいっ?」

 余程、する事がないと思ったのか。ディアーダはさっさとアリーナに背を向けると、観客席から外に出ていってしまった。

 一瞬、引き留めようか、とも思ったジョージだったが、特段ディアーダに居て欲しい理由が在るわけでもない。むしろ、追い掛けて試合を見逃してしまう事の方が惜しかった。

 そういえば、ディアーダは何の為に武闘会までついてきたのだろう? 諸国漫遊と聞いてはいるが、他にも何か理由があるに違いない。思い返してみれば、ディアーダはいつでも冷静で、それでいてどこか達観しているような雰囲気があった。

 そんなディアーダが冷静でなかった時があった。あれは、いつの事だっただろう?

 あの時――祠の中で見かけた一枚の写真。それを見ていたディアーダの顔が思い浮かぶ。

 悲しげな、何かを憂えているような――涙を流さずに泣いているような表情。

(…あの少女の写真…何て書いてあったっけか…? レミーナ…エント…? ディアーダ、ディアーダ…エントラーダ…! …あれは、…ひょっとして…?)

 ジョージが物思いに耽ったのも束の間、イリューンが闘技場に姿を現した。大歓声に意識が一気に現実へと揺り戻される。観客の興奮は、まさに頂点に達しようとしていた。


「――いやぁ、いいぜぇ。この空気…っ! ケンカってぇのはやっぱ、こんなデカイ舞台でやりたいもんだぜ、なぁ?」

 誰に問い掛けるでもなく、イリューンは声を張り上げた。

 対戦相手らしき男が、真向かいのコーナーからゆっくりと歩いてくるのが見える。

 黄土色のローブを身に纏った優男。年の頃は二十台前半ぐらいだろうか。華奢な足、華奢な体つきはこの場にいることが似つかわしくないと思えるほど。ウェーブの掛かった茶色い髪に甘いマスクは、まるでどこかの美術専攻学生のようだった。

 口笛を吹き、イリューンは男を挑発する。

「…おいおい、ここは坊ちゃんが来るようなぁ場所じゃねぇぜ? とっとと帰って、お家で絵でも描いてたほうがいいんじゃねぇのか? あぁン?」

 が、男――ペイント・サバランは臆する事もなく、

「はは、良く言われます。でも、絵を描くのは僕の本職なものでしてね。本職に戻るのはもうちょっと先でいいんですよ。」

 はにかみながら、冗談かどうかも判らないような受け答えをしてみせた。それがイリューンにはとても腹立たしくてたまらない。

「…ナメやがって…その女っ面、二目と見れねぇようにしてやるぜ…ッ!」

 にこり、とペイントが微笑みかけた。会場内はいつしか静まりかえっていた。緊張感が辺りを満たし始めたその瞬間。


『――始めえぃっ!!!』


 遂に勝負の幕は切って落とされた。

 最初に飛び出したのは誰あろう――イリューンだった。右手にハルバードを持ち、肩口にそれを担いだままの状態で間合いを詰める。

 ペイントは動こうとしない。イリューンとの距離が縮まっていく。


 ――十五歩、十歩、七歩――!


 両者の間合いが五歩まで詰まったその刹那、イリューンが担いだハルバードを一息に脳天へ向けて振り下ろした。

 ガツン、と凄まじい音が鳴り響く。何故かハルバードは命中せず――寸での所でペイントは刃先を見切ってかわしていた。

 地面に激突した刃先をそのままに、イリューンは棒高跳びの要領で空中へと飛ぶ!

 空中で刃を引き抜き、横一閃――凪ぎ払う。が、衝撃と共に、イリューンは空中でそれと平行線を描くように吹っ飛ばされた。

「――ッッッ!??」

 何が起きたのか理解できない。ハルバードは確かにペイントの体を捕らえたはずだった。が、実際に弾き飛ばされたのはイリューンである。

「…げはぁァっッッ!」

 数メートルの距離を飛び、地面に派手に大激突。

 土煙を上げ、ピンポン玉のように激しく転がり、アリーナの壁に激突すると、イリューンは苦しげに息を吐いた。

 その間、僅か二秒。片手をつき、どうにか起きあがると、立ち尽くすペイントを下から殺気を込めて睨め上げる。

 ペイントの手にはいつの間にか、小さな木の盾が握られていた。いや、盾と言っていいものなのだろうか。それは、雲形をした小さな板――画家が使う、絵の具のパレットそのものだった。

「どうしましたか? 大層な武器ですが、こんなものすら吹き飛ばせませんか?」

「……て…めぇ…! スカした顔しやがって…! …魔術師だな…っ!?」

「ほ、う。あの一瞬で見破ったんですか。流石。」

 ひゅう、と息を吐き、感心した顔を見せるペイント。ペイントの挑発に乗ろうとしないイリューンの技量もさることながら、相手の強さの底が見えない事が恐ろしい。

「そのパレット…理力で反発力を持たせてやがるな…ッ? 触れた瞬間に同じだけの力で吹き飛ばされるってワケだ…! 画材を使ったり、画家を装うのも全部油断させる為の演技ってか…!? 俺は騙されねぇぜ…ッ!」

「ん、良く判りましたね。ですが、そこまでではまだまだ五十点です。私は画家なんですよ、本当に。けれど、魔術師としての私は、その特技を存分に活かす事にしているんです。こんな風に――ね。」

 懐から絵の具を取り出す。パレットに二色、赤と青の色を置く。が、そこからが尋常ではなかった。置かれた絵の具から激しい炎が吹き挙がった。冷たい氷の結晶が舞い散った。

「な…!?」

『な、なんだありゃぁっ!?』

 当のイリューンだけではない。観客席のジョージも、周囲の観客までもが一斉に言葉を失った。それは見たこともない技術だった。

 理力は物に宿らせることで、驚異的な力を発現することもある。

 例えばそれは魔術師の使う炎術剣や氷術剣であったり、あるいは集音の理力をメガホンに宿らせて拡声放送として使ったり、遠見の理力を水晶に宿らせるような方法だ。

 しかし、絵の具に理力を宿らせるなどとは聞いたこともない。まさに、この男ならではの発想だった。それがどのような力を発揮するのかは、本人にしか判らない。

「見せてあげますよ。私の二つ名――『画廊』ペイント、一世一代の芸術を!」

 ペイントの目がカッと見開かれた。同時に、懐から銀色に輝く何かを取り出した。

 ――ペインティングナイフ。小さなその金属の棒は、平時であるならば武器としてなど使える筈もない。が、今は違った。ペイントの使うそれは、通常の武器などよりも遙かに強力な威力を孕んでいるに違いない。

 ペイントが地を蹴る。走り出しつつ、ざくり、とナイフで赤と青の絵の具を抉る。途端、紫の霧が辺り一面に立ちこめた。

「な、んだこんな霧ィッッッ!」

 構わず突っ込むイリューンだったが、突如としてその動きが止まる。霧の中に何かが混ざっている。光る結晶。――刃。

 瞬間、イリューンの全身から血が噴き出した。言葉もなく、続けてイリューンの体は炎に包まれた。

「――ぐ、ぐわぁぁぁぁぁっっ!?」

「…パープル・フォグは炎と氷の理力を同時に対象に叩き込む。」

 崩れ落ち、地面を転がり、必死に火を消さんとのたうつイリューン。その最中、ペイントは懐から絵の具を取り出すと、パレットに更に一色追加した。今度は白だった。

「まだまだこれからですよ。」

 そう呟くペイントを余所にやっとの事で炎を消し、イリューンは立ち上がった。

「く…そっ!」

 悪態を吐くも、ダメージは大きい。が、このまま大人しくしているイリューンではない。

 大地を蹴った。空中でハルバードを一回転。そのまま真一文字に叩き付けんと振りかざす。

 ペイントのナイフが絵の具を抉る。空中でそれをくるりと廻すや、空に亀裂が走った。

 空間に白い裂け目が出来上がる。

「…リッピング・ホワイトはあらゆる攻撃を防ぎきる。」

「――んなぁッ!?」

 ハルバードの切っ先が白い亀裂に触れた。刹那、イリューンの体は激しい力で裂けた空間内に牽引される。想像を絶する程の危機感。ヤバイ予感がイリューンの背筋を駆け抜けた。

 咄嗟に手を放した。考えるよりも早く行動に移していた。

 鉛の扉に銃弾が当たったような――形容し難い凄まじい金属音。空間はいつの間にか閉じていた。ハルバードはまるで何かに喰いつかれたかのように、柄の半分だけを残して消え去っていた。

『ウォォォォォォォッッ』

 歓声、驚声。観客席から様々な声が挙がる。

 ジョージは思わず拳を握っていた。イリューンの勝敗の行方もそうだが、その凄まじいまでの闘いに思わず目を奪われていた。

「い、イリューン…ッ!」

 ジョージの心配を余所に、イリューンはふてぶてしく唾を吐く。虚勢なのか、それとも? ペイントはそんなイリューンに首を振ると、

「…武器を無くしましたね。出来るなら降伏をお奨めしますが…あなたのような人はそれを良しとは――」

 言い終わる前にイリューンは動いていた。

 無手で勢いよく踏み込んだ。拳の勝負に持ち込もうとでもいうのか――

「――しないんでしょうね。馬鹿な真似を…」

 ペイントが呟く。懐から黄色のチューブを掴み出し、乱暴にパレットへ色を置く。チューブを投げ捨て、ペインティングナイフに持ち替えると、ざくりと黄色い絵の具を抉った。

 光の刃がナイフに宿った。明らかに切れ味の鋭そうなそれは、丸腰のイリューンにとって最大級の驚異だった。

「…イエロー・ライトニングは雷の刃。いかなる物も切り裂く裁きの光――」

 ペイントが後ろ足に体重を掛けた。土を蹴った。

 突っ込むイリューン、迎え撃つペイント。二人の間が一瞬で交錯し、そして――!

 凄まじい斬撃音が響いた。


 暫しの沈黙。


 静寂が会場全体を覆い尽くした。


 ――――


 ――――


 ――――


 ざくっ…!


 イリューンが先に膝をつく。「おぉお!?」とどよめきが湧き起こる。

 が、次の瞬間。

「…いつの…間に…詠唱を…! 魔…剣士だった…ん…で…すか…!」

「へ。やっぱ、な。絵の具だァ、芸術だァ言ったって、所詮は理力なんだからよ。こっちの理力で対抗できねぇ訳はあんめぇ? 奥の手ってのは、取っとくから奥の手なんだぜ?」

 イリューンの台詞に合わせるように、


 どう、という激しい音と共に、


 その場で――ペイントは前のめりに崩れ落ちた。

 イリューンの手に、輝く何かが握られていた。

 光で出来た剣。フォース・マターで剣を作る理力『Tiger』だった。

 やがて、時はゆっくりと動き出した。


『Aブロック一回戦第一試合――勝者ッ! イリューン・アレクセイッ!!』


 勝者を告げる拡声放送に、辺りから大歓声が挙がった。それは、真の意味での武闘会の幕開けだった。


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