第六章 二幕 『前夜祭』
「おっほぅ、盛り上がってんじゃぁねーか」
戯けた声を上げつつ、目を輝かせ、キョロキョロと辺りを見回しながら大股で歩くイリューン。一方、ジョージは借りてきたネコのように大人しい。
既にパーティは行われており、中庭には立食用の机が用意され、色とりどりのドレスに身を包んだ貴婦人達がグラスを片手に談笑を楽しんでいた。
無表情のままイリューンの後ろを歩くディアーダ。そして、下を向いたままコソコソと二人から距離を取るジョージ。どう見ても不審人物以外の何者でもない。
時折、三人の余りに場違いな様子にヒソヒソと耳打ちする人々の姿が見えたが、誰もが『田舎騎士が王族の戯れで呼ばれて来たのだろう』程度の認識だったらしく、幸運(?)にも特に話しかけてくる人間はいなかった。
ジョージは気が気ではなかった。いつ、どこで自分を知っている人間が現れるかもしれない。もし現れたとしたなら、正に一巻の終わりだった。出来るだけ他人と目線を合わせぬように、静かに、この場から何とか逃げるチャンスを伺っていた。
中庭の突き当たりには王宮城塞内に入る為の大きな門があり、前夜祭の為に大きく開放されていた。床には赤絨毯が敷かれ、奥には螺旋階段が両隣に並べて二つ見えている。
吹き抜けから覗いて見える階上のテラスでは、王侯貴族と見られる品の良さそうな青年が数人、同席の貴婦人達と笑い合っていた。
「おー、ひょっとしたらあの辺じゃぁねぇのか?」
イリューンがまた余計なことを口にした。このままではマズイ。ジョージは意を決し、何としてでもこの場を離れるべく言った。
「…よ、よし。イリューン、俺はこれから諸国調査の報告をして来る。この会場は立食パーティだから、お前はそこで適当に何か摘みながら待っていてくれ。話が終わったらすぐに戻ってくるから…」
しばし、イリューンが表情を変えないまま、ジョージの顔を覗き込んだ。脂汗がじわり、と額に滲み出た。が、次の瞬間。
「…おっけーだぜ! 適当にその辺をぶらつくからよ。ま、終わったら呼んでくれや。ディアーダはどうする?」
「私も、適当にその辺りで時間を潰します。幸い、今日の食費が浮きそうですしね。ごちそうをいただくとしますよ。」
二人はそう言い、ジョージからさっさと離れていった。拍子抜けするほどあっさりと呪縛から逃れることができ、ジョージはポカンと口を開けたまま二人の背中を見送るばかりだった。
「な、なんだよ…随分とまぁ…。ま、いいか…とりあえずはこれで一安…」
と、そこまで呟くや否や、
「おォッ! うンメェ――――ッッッ! なんだこれッ!」
聞き覚えのある声。聞いたばかりの声。耳に残って離れないあの声。
「信じらンねぇッ! 最ッ高じゃね―――かっ!」
激しい目眩に襲われ、思わずよろけるジョージ。見るや、台風のようなイリューンの姿がそこにあった。スープの入った皿を右手で鷲掴みにし、そのまま直接飲み下す。空いている片手でパンを引っ掴み、がぶり、と口で引き千切る。
用意されたフォークもナイフも、スプーンさえもまるで無視。手掴みで辺り一面を食い散らかすその様は暴君そのもの。辺りの貴族達も眉を顰め、距離を取っているが故にそこはイリューンの独壇場。目立ちまくっている。
ディアーダはディアーダで、その横で何も無かったかのように紳士的な振る舞いでバイキング形式の食事を口にしている。あまりにも対照的な二人であるが故に、お互いがお互いを悪い意味で引き立てあってしまっていた。
ジョージは二人を全力で無視する事に決めた。素早く背を向け、とりあえずある程度時間が経つまでその場から距離を取るべく、頭を掻きながら門の奥へと小走りに向かった。
門前までやってきた時、辺りの様子が微妙に変わっていることに気が付いた。
先程までテラス上に居た王侯貴族達が階下に降りてきている。一列に整列し、何者かを待っている様子。皆、一様に緊張の面持ちを浮かべている。
と、螺旋階段上に人影が現れた。全員が膝をつき、自らの胸元に手をかざした最敬礼のポーズをとる。
階上を見上げたジョージの瞼に飛び込んできたのは――王冠を被り、金糸で刺繍された赤いローブを身に纏う、間違う事なき王族の姿だった。
年の頃は六十の後半といった所。威厳在る姿が、明らかに他の貴族達と一線を喫している。
(…げ…ゲェッ…! ド・ゴール君主トマス・ド・ゴール様じゃねぇかぁ…っ!)
コンマ一秒でガッ、と素早く膝をつき、周りの人間と同じ最敬礼のポーズをとる。体が震えた。一番会いたくない人間に、一番会いたくないタイミングで出会ってしまった。
「――皆の者、苦しゅうない。面をあげよ。」
トマス君主の言葉に、全員がザッ、と立ち上がると『休め』のポーズをとった。勿論、ジョージも例外ではない。この場で顔を上げない方が目立つのは自明の理だった。
(…距離が離れているんだ…気付かれるわけがない…! それに、会見したのは子供の頃。父の付き添いでしか会った事がないような人だ。…大丈夫。絶対に大丈夫…!)
自分に幾つも言い訳をしつつ、それでもジョージは気が気ではない。
中庭全体に通るように、トマス君主は嗄れ声を張り上げた。
「――明日は一年に一度の武闘会! この良き日を前に、皆が遠方より集まってくれたのを、ワシはこの上なく嬉しく思っておる。今宵は存分に呑み、歌い、楽しんでくれい!」
嗄れた声でトマス君主はかんらかんらと笑う。
演説が終わるや、品の良さそうな正装の少年が君主に近づき会釈をした。
年の頃、十二、三といった風体。まだあどけなさの残る顔立ちながらも、高貴な雰囲気がその立ち居振る舞いから漂っている。
これもまた、見た顔だった。
頭の中の引き出しを慌ててひっくり返して探し出す。刹那、電撃のような後頭部を叩く衝撃と共に、ジョージの脳裏で少年の顔と名前が一致した。
(ダ…ダリューン王子…!? な、なんでこんな時に、こんな所にッ…!?)
数年前、一度だけ目にした自らの君主の姿。コーラス王国第一王子、ダリューン・デ・コーラスその人が今、まさに数十メートル前に佇んでいる。
今、この場でジョージに気付かれたら全ては終わる。
まさか覚えてはいまい。でも、会ったことがある人間が二人もいたら? ダリューン王子と最後にあったのはどんな時だったっけ? どんな会話をした? まさか記憶に残っていたりしないか? 敵前逃亡の話は王子の耳にも入っているのか?
ジョージの脳裏に様々な憶測が浮かんでは消えていく。
トマス君主が笑顔のまま、右手をすっと挙げた。待機していた楽団がその合図と共に、パーティを盛り上げる弦楽奏を奏で始める。
美しい旋律が辺りを彩り、再び談笑が場に満ち始めようとしたその時。
走る悪寒。嫌な予感がジョージの背中を走り抜けた。
「――おっ、こぉんな所にいやがったかぁっ!」
(ぎゃぁぁぁぁ――――――――っっ!?)
こんな時だけ良く通るイリューンの胴間声。逆立った銀髪の大男が手をブンブン振りながら近づいてくるのが見える。後に続けてディアーダも駆け寄ってくるではないか。
「――食べないと御馳走が無くなりますよ?」
御馳走なんざどうでもいい! そう声に出したいが、出すわけにも行かない。
明らかに目立つ二人が、目立ちたくない自分目掛けて突進してくる。
顔の前で手を細かく前後に振り、来るな、とジェスチャーをする。しかし、二人はお構いなし。ワザとやってるんじゃないのか?
と、イリューンの歩く前を、一人の老騎士がグラスを片手に横切ろうとした。方向転換をしようとしたイリューンだったが数秒遅く、老騎士の体に軽く肩が触れる。
グラスが地面に落ち、妙に透き通った音を立てて割れた。
「おっ? おぉっと、悪ィなジイさん。勘弁しろよな。」
そう言い、愛想笑いをして老騎士の側を離れようとしたイリューンだったが、老騎士はギラリ、とイリューンを睨み付け、
「…無礼な…っ! 貴様、ワシがド・ゴール親衛隊隊長ジェイムズ・ロシュフォールと知っての狼藉か!?」
そう言い、鼻息も荒くイリューンの胸座を一息に掴み上げた。一触即発の空気。焦臭い臭いが鼻をついた気がした。
「…ンだよ…? 謝ってんじゃねぇか? あァ?」
掴み上げられた手を荒々しく振り払い、イリューンはジェイムズと名乗る老騎士を真っ向から睨め返す。視線が火花を散らすのが見えた。
雲行きが怪しくなってきた。弦楽奏の波間に在りながら、そこだけ空間が歪んでいる。近寄りがたい雰囲気がピリピリと辺りに伝わってくる。
ジョージは二度、三度と後ろを気にして振り返る。幸いにして、騒ぎが始まる前にトマス君主、ダリューン王子は袖に隠れてしまったようだった。
しかし、一難去ってまた一難。
取り敢えずジョージは他人のフリをするしかない。好き好んで災いに近づくような男じゃない事は、今までの旅路で証明済みだ。
ディアーダもまた、さり気なくイリューンから距離を取っている。その冷静な頭で迫り来る危険を判断したに違いない。
徐々に増え始める野次馬の影に隠れるようにして、ジョージ、ディアーダは睨み合う二人の様子を伺った。
二人は一歩も退こうとはしない。メンツの問題か。時として騎士はメンツを何よりも重んじる。理解し難かったが、確かに父にもそんな所があった、とジョージは思い返していた。
瞬きを一つ。…二つ。
刹那、鈍く重い音が会場に響き渡り、弦楽隊の手がピタリと止まった。
イリューンの顔面に鉛色のパンチが叩き込まれていた。鉄の小手――ガントレットをジェイムズが投げ付けたのだ。
「…決闘の証じゃ。逃げるなよ、小僧ッ!」
言葉と同時にガントレットが落下した。がらんがらん、と鉄の小手が、地面を転がる音を響かせる。決闘の証は普通、手袋だろうに。
口元まで流れる鼻血を舌でベロリと舐め取り、イリューンは無言のまま凄まじい殺気を打ち放った。怒髪天を突くとは良く言ったもの。元々逆立った銀髪が、この時ばかりはハリネズミのようにさえ見える程だ。
貴族達が二人から一定の距離を取り、いつの間にやら周囲にぐるりと円陣を作っている。
特設のリングが既に完成、お互いがその端に陣取っていた。こうなってしまってはもう止まらない。止まる筈も止められる筈もない。
イリューンが背負ったハルバードを腰元で構えた。対するジェイムズは、鍔元に装飾がされた幅厚のサーベルを胸元に携え、円陣を組んでいる貴族達の一人に一瞥をくれる。
それが合図だったのか、突如、弦楽隊の変わりに吹奏楽隊がジェイムズの後ろに走り並び、一斉に手にしたラッパを吹き鳴らした。
ぱぱらぱぱらぱっぱら〜♪
緊張感のない突撃ラッパの音と同時に、ジェイムズは声高く名乗りを上げた。
「いくぞ小僧ッ! このジェイムズ・ロシュフォールの剣技を受けるがいい! 貴族を侮辱した罪を贖うのじゃぁッ!」
唖然としたイリューンの一瞬の隙を突き、ジェイムズの後ろ足が土煙を上げた。
駿足。イリューンの間合いにジェイムズが踏み込んだ。サーベルの切っ先がイリューンの喉元を狙っている。
「ちいぃッ!」
咄嗟に後ろへ飛び距離を取る。が、次の瞬間にはジェイムズがそれを追い、二撃目の突きがイリューンの体目掛けて飛んできた。
構えたハルバードの柄を使いそれを弾き飛ばす。が、止まらない。右、左、と連続で突きがイリューンを追い詰める。
弾く、弾く、弾く! 詰める、詰める、詰める!
一撃ごとに後ろに下がらざるを得ない。――七撃目。腹に目掛けて突かれた切っ先を弾くと同時に、イリューンはジェイムズの懐へと勢いよく踏み込んだ!
ガチィッ、と金属同士がぶつかり合う鈍い音。鍔競り合いを敢行する。
力同士がぶつかり合えば、お互いの差は歴然だ。筋骨隆々な銀髪の戦士と、老齢の騎士とでは差が在りすぎて勝負にならない…筈だった。
ギギギギギギギギ、と鉄の擦れる音が間から鳴り響く。刃が折れぬよう、峰に手を掛け正面から押し返すジェイムズ。競り負けていない。その力はイリューンと互角だった。
「…や、やるじゃねェか…ジジィぃっっっ…!」
「…ま、まだまだ若いモンには負けんわぁッ…!」
その時。咄嗟にジェイムズは体の力を抜くと、半歩ほど後ろに向かって飛び退いた。
勢いづいていたイリューンの体勢が前のめりに崩れる。くるり、とジェイムズが一回転。切っ先を風に滑らせるようにイリューンの首元目掛けて斬り付けた!
誰もが決まった、と思った。見物の貴婦人達の中には、噴き出す血を予測して目を伏せる姿もあった。
が、そうはならなかった。ガチィッ、とイヤな音が鳴り響き、ジェイムズの切っ先はイリューンの眼前で静止した。
「――おひ(し)かっは(た)な。」
見るや、イリューンは歯でジェイムズの凶刃を――文字通り食い止めている!
足下に向けて斬り付けるイリューンのハルバードを飛びかわし、ジェイムズはイリューンの肩口を蹴り飛ばしつつ、切っ先を引き抜いた。
ギャリン、と歯と鉄の擦れる音。空中で一回転。着地するや、ジェイムズは二歩ばかり後ろにステップを踏んで距離を取る。唾を吐くイリューン。
周りを取り囲み観戦する貴族達が歓声を上げ、興奮に足を踏みならした。
(お、おぃおぃおぃおぃ…っ! め、目立ちまくってるじゃねぇかよぉぉぉっ!)
ジョージは気が気ではない。いつトマス君主やダリューン王子が戻ってきてもおかしくないような状況だ。
娯楽の少ない世界において、決闘は見せ物の一つなのだ。火事と喧嘩は江戸の華、と呼ばれた時代が日本にあったように、ここラキシア大陸でもそれは一様に変わらなかった。
再び二人の距離が徐々に詰まっていく。ジリジリと円を描きながら、イリューンは時計回りに。ジェイムズは半時計回りにお互いの隙を狙い合う。
砂利を蹴る音が耳を突く。今度の先手はイリューンだった。
ハルバードを真一文字に突き出した。刹那、それに合わせて側面に入り、レイピアの切っ先を首元へ滑らせんと踏み込むジェイムズに対し、イリューンは身を翻すやハルバードの石突きを地面に突き立て宙を舞う。
巨体が一回転。驚くジェイムズの背後に棒高跳びのように降り立つと、イリューンは棒術の動きでジェイムズの足を払った。
バランスを崩し、その場にどう、と倒れ込むジェイムズ。機を逃さんと、返す刀でハルバードを振り下ろすイリューン!
ザグッ、と地面が抉れ飛んだ。横に転がって刃をかわしたジェイムズが、そのまま二転、三転と転がり距離を取る。最後に後転をし、地面を蹴って立ち上がった。
その一瞬――イリューンが何かに気付いたようだった。
何かを握った。そしてそのまま、離れるジェイムズを追って、振り向きざまにハルバードを凪ぎ払った。が、起死回生のその一撃も、ジェイムズのバク転で空を切った。
ふと、ニヤリ、とイリューンが笑った。いつもの、あの、勝利を確信した時の笑みだった。
ピク、と宙に舞いながらジェイムズが眉を顰めた。何だというのか。何が余裕だといいたいのか。
ディアーダが目を見開いた。ジョージがポカンと口を開いた。誰も次の瞬間に起きたことを理解できなかった。
イリューンの右手はハルバードに添えられていた。――では、左手は?
左手はハルバードを掴んではいなかった。その手には『鉄の小手』が握られていた。
それを大きく振りかぶり――!
「――な…なんじゃとッ!? そ、そいつは…いつの間――!?」
「お返しだぜ、クソジジィ」
――ぐ――わっしゃぁぁぁぁんっっっ!!
『鉄の小手』が、ロケットパンチの如くジェイムズの顔面にめり込んだ!
雷が落ちたような衝撃音! 金属の弾け飛ぶ音!
ジェイムズが投げ付けたガントレット。それをイリューンは仕返しとばかりに拾い――中空で避けられない、まさにここ一番のタイミングで投げ返したのだった。
吹っ飛び、そのまま地面に落下。派手に鼻血を吹き出しながら顔を両手で押さえ、苦痛に悶える老騎士の姿に、後ろに控えていた吹奏楽団がすぐさま駆け寄った。
「――ジェ、ジェイムズ様ぁッ!?」
「し、しっかりしてくださいっ!」
「だ、誰か担架をっ! 治療医を呼べっ!」
吹奏楽団はジェイムズの直属の配下らしかった。十人からなる集団の怒りに満ちた目が、刺すかの如くイリューンに向けられた。
が、それを止めたのは、仰向けに倒れ込み、鼻血を流し続ける老騎士本人だった。左手で顔を覆い、右手でその場を制しながら、ジェイムズはくぐもった聞き取り難い声で言った。
「み、見事じゃ…! じゃ…じゃが、剣の闘いに拳でケリを付けたおぬしは…、ま、まだまだ未熟…っ! 今回は引き分けということにしておいてやるわ…っ! ぶ…ぶわっぁっはっは…ぶぶ…ぶぐぅ…っ」
強がりもここまで来ればたいしたものである。殺気に満ち溢れていたイリューンだったが、ジェイムズの虚勢に思わず吹き出し、
「…ぷっ。…わっはっはっは! まぁったく、口の減らねぇジジィだぜ。――いいぜ。納得いかねぇんだったらいつでもかかって来な! 何度だってぶちのめしてやるからよ!」
そう言って屈託無く笑った。心底遊びを楽しんだ、まさに会心の笑いだった。
ジェイムズもまた、ニヤリと笑ったようだった。こんな目にあっているというのに、その姿は何故か満足げな様子にさえ見えた。
やがて、やってきた治療医達によって、ジェイムズは担架に乗せられると運ばれていった。同時に、貴族達が堰を切ったように歓声を挙げた。
「うおおぉぉぉぉぉぉおおおおっっ!」
「すげぇ決闘だったぞっ! 銀髪ッ!」
「ワシの傭兵団に入らんかッ!? 三十万ギルスは出すぞっ!?」
「ワシもじゃっ! こっちの方が待遇はいいぞ、銀髪ぅ―――ッ!」
次々と肩を叩き、貴族達が我先にとイリューンに酒を差し出してきた。イリューンはといえば、そんな状況に笑いながら、豪快に酒をかっくらい、「いくらでも来やがれ」と雄叫びをあげるのだった。
一躍時の人に祭り上げられたイリューンを遠目に、ジョージはまたどこか羨ましいような不思議な感覚に捕らわれていた。
面倒事に巻き込まれているというのに。
地位、名誉、それらが一瞬で消え去り、下手をすれば命すら失いかねない状況に幾度と無く置かれてきたというのに。
それなのにいつも、何故かイリューンの事が羨ましくて仕方がなかった。
ディアーダもまた、いつの間にかジョージの側でイリューンの姿を見つめていた。
終わること無い喧噪の中、ジョージとディアーダは共に何かを感じ、そしてそれを言葉に出さぬよう――ただひたすらに飲み込み続けるのだった。