第五章 三幕 『密航』
「…こ…ごほ、ごほっ…む、むむぅ…こ、ここは…ここはどこなんじゃ…?」
「お、成功っぽいぞ!? 起きたぞ、ジョージ!」
「――本当かっ!?」
宿の端で靴を磨いていたジョージだったが、イリューンの声で靴を放り出すとベッドへと駆け寄った。
「当たり前ですよ…私が失敗する訳がないじゃないですか。」
不服そうに口を尖らせるディアーダを余所に、老人は何が起こっているのか、状況を把握しきれない様子。三人の小汚い男に囲まれ、狼狽えつつも老人は上半身だけを起こし呟いた。
「…そうか。ワシは…思い出してきたぞ。…クラヴィッツに…黒い男がやってきたんじゃ。…いや、男だったのかどうかも今となっては怪しいが…そやつが…」
老人は言いながら、白髪交じりの頭髪を両手で掻き上げた。そしてもう一度、その場の三人をぐるりと見やりつつ、深々と頭を下げた。
「お前達が助けてくれたのか。…ありがとう。礼を言う。」
すかさず口を開いたのはイリューンだった。
「おぃおぃ、礼なんていらねーぜジィさん。ところでよ、…男だったかどうか、とか言ったじゃねぇか。気になるぜ。どんなヤツだったんだ? そいつぁよ?」
少しばかり天を仰ぐように考えつつ、老人は言った。
「…仮面を被っておった。」
「仮面?」
「…うむ。奇妙な仮面じゃった…。どの祝祭事でも使っておらぬような…こう、半分が黒のチェック、半分が白で塗られていて…目の部分だけが細く切り込んで開いておった。」
イリューンは二人にアイコンタクトを送る。「知ってるか?」とでも言いたいのだろう。しかし、そんな仮面に見覚えなどあろう筈もない。
首を傾げるジョージ。ふと、ディアーダに目を向けると、神妙な顔をしていた。
心当たりがあるのだろうか? しかし、ディアーダの性格上、それをこの場で口にするとも考え難い。
しばしの沈黙。
(…そ、そんな事よりっ、お、俺の誤解を…っ!)
ジョージが声を出したくてうずうずしているのは誰の目にも明らかだったが、ディアーダはそれを手で制すると、老人の前で右手を胸元に、水平に構える最敬礼のポーズを取った。
さすがに不満げな表情を見せるジョージだったが、敢えて口を挟まない。正確には、心象を悪くしたくないだけだったのだが。
「…さておき、クラヴィッツの査察官様であられますね。」
「…いかにも。ワシはギルド地方査察官。クラヴィッツ支局ダイバーのユリシーズじゃ。」
「申し遅れました。ギルド総責任者マナ・ライ様の勅命により、地方巡礼を仰せつかっておりますディアーダ・エントラーダと申します。」
「む…! 御主が…! そうじゃったか。話には聞いておるよ。」
二人の会話に小首を傾げるジョージ。
(…ディアーダってば、思ったよりも偉いのか? そういえば、マナ・ライ様からの直接の紹介だったけど…コイツの目的、よく分かってなかったな。…なんなんだ? こいつの本当の目的は一体…?)
しかし、考えたところで答えが出る筈もない。仮に聞いたところで「諸国漫遊です」などと適当なことを言われて打ち切られるのが関の山だろう。
相も変わらず退屈そうな顔のイリューン。話しかけるタイミングを伺うジョージ。それを横目にディアーダは話を続けた。
「…さて、積もる話はこれぐらいに致しましょう。ユリシーズ査察官に報告。巡礼者ディアーダ・エントラーダは無事エマに到着。これよりド・ゴールに入国し、続いて西国への旅路を歩む。と、マナ・ライ様へ伝令下さい。」
「しかと承り申した。」
手持ち無沙汰なのか。イリューンが頭をボリボリと掻く。そろそろか、とジョージが一歩前に出た。
と、そこで。ディアーダの次の言葉は想像を絶するものだった。
「ところで、私達がルミディアの市の放火犯であるような『誤解』を受けております。このままでは勅命であるド・ゴールへ入国が出来ません。ユリシーズ査察官には速やかにこの『誤報』を取り消していただくよう――命じます。」
――な。
「ッだ!?」
(ッてぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?)
流石にそれ以上は口に出さなかった。いや、出せなかった。出せなかったが、思わずジョージはその場でずるりとずっこけた。
イリューンもまた同じだった。抜け落ちんばかりに両の眼を見開き、口は「はぁ?」と言わんばかりの形相。ぬけぬけと――いけしゃあしゃあと、とはまさにこの事。二人でなくともディアーダの神経を疑わずにはいられない。
しかしそんな事とは露知らず。深層意識に潜りさえすればすぐに真実は明らかになるだろうに、ユリシーズ査察官はうやうやしく頭を下げると神妙な顔を見せるばかり。
「ははぁ。しかと承りましたぞ。しかし、一度世相に反映された情報は取り消しするにも時間が掛かるもの。そうですな…最低でも丸一日は要しますぞ。」
そう言ってユリシーズ査察官は頷く。ディアーダは満足そうな笑みを浮かべると言った。
「えぇ、構いません。ド・ゴールに入るのが遅れますが…そこは私達でなんとかしたいと思います。…クラヴィッツの酒場のオヤジがぼやいていましたから、早く戻った方が良ろしいかと思いますよ。」
「それはそれは…重畳、痛み入りまする。確かに、ご依頼は承りましたぞ。道中、ご無事をお祈り申し上げまする。」
「お構いなく。」
話はそこまでで、くるりと背を向ける。そのまま何も言わず、ディアーダはそっと部屋を出ていった。
顔を見合わせ、ジョージ、イリューンの二人も慌ててその後ろ姿を追いかける。作り笑いを浮かべ、ユリシーズにぺこりと会釈をしながらそそくさと部屋を出た。
出来るだけ平静を装いながら廊下を歩き――数室を隔てて、チェックインした自分の部屋へと入室。
すぅー、はぁー。
深呼吸。
バタン、と。扉が閉まるや否や、ジョージはたまらず大声をあげた。
「――ちょ…、おまぁッ! よ、よくもまぁ、あそこまで大嘘を吐けるな!? おいぃっ!?」
「ではどうしろと? 手配されたままド・ゴールに入れなくてもいい、大会に出られなくともいい、とでも仰るんですか?」
う、と言葉に詰まった。確かにディアーダの言うとおり、このままでは旅を続けるにも支障が出るのは間違いない。何よりジョージにとっては願い通りである。文句無い。
しかし、どうにもこうにも心が痛んで仕方がないのだ。いいんだろうか、本当にいいんだろうか、と心のどこかが何度も疑問を投げつけているように感じて止まないのだ。
喉元に溜まっていく言葉を無理に吐き出そうと苦しむ。絞り出すように、ジョージはそれをディアーダに必死に叩き付けた。
「…だ、大体…アレをやったのは、おまえじゃぁないかっ!」
「いえ、違います。」
「じゃ、じゃあ、一体誰なんだよっ!」
「あれは、私の内なる魔を呼び起こした馬屋の主人こそが元凶です。」
澱み無く答えるディアーダに罪悪感は無い。…そう、全くである!
ジョージは頭を抱えて座り込んだ。溜息どころか、肺の中の空気を全て吐き終わっても、何かを吐き出したくて仕方がない気分だった。
ぽん、と肩に手を置く感触。優しい感覚。暖かい感情が染み入ってくる。
顔を上げる。イリューンだった。
今まさに、気持ちが通じ合ったとでもいうのか。
――と、思った矢先。イリューンは親指をぐっ、と立て、ニッカリと満面の笑み。
(…何がオッケーなんだ。おい。)
白けた目でイリューンを睨め返すが、イリューンはそんなジョージにつまらなさそうな顔を向けつつ、やれやれ、と肩をすくめてそっぽを向いてしまった。
(それは、こっちがやりたいわ。)
心の中で百万遍の悪態を吐きながら――ジョージはまた溜息を吐いていた。
数時間後。夕暮れの茜色が町を染める頃、食事を終え、ユリシーズ査察官は馬屋にて船頭付きの馬車を雇うと、三人に何度も礼を言いつつエマを出発した。
礼を言われれば言われるほどに罪悪感が増すのはどうしてだろう。未だかつて無いほど苦虫を噛み潰したような顔を、ジョージは無理矢理、笑顔に変えていた。
やがて、すっかり日が落ちた宿で、ジョージはベッドに寝そべりながら古ぼけた天井をぼんやりと眺めていた。
過ぎ去ったことをいつまでも考えていても仕方がない。起きてしまったことは事実であり、解決してしまったならば、尚更。それはもう取り返しをつけようがない出来事なのである。
深く、長く息を吐き、ジョージは上体を起こした。ユリシーズ査察官が賞金首の手配を取り消してくれさえすれば、ド・ゴールはもう目前である。首尾良くイリューンが武闘会に優勝し、魔剣を手にしてくれれば自分の凱旋はもう間違いない。
よしんばイリューンが負けてしまったとしても、その時はその時で――この気苦労ばかりの旅に一段落付けられる。後のことは、また後で考えればいい。
しかし、ちょっと待て、とジョージはそこで思い直した。気がかりなことがあった。
隣のベッドでは、イリューンが手にしたハルバードをせっせと磨いている。ディアーダは相変わらずの瞑想状態。まぁ、今日に限っては、瞑想中であろうと無かろうと、話しかけたくはないのだが。
ジョージはイリューンの背中に声を飛ばす。
「なぁ、イリューン。武闘会って…いつから開催だった?」
「――ん? あぁ…確か、記憶が間違ってなければ…十八日。三日後じゃなかったか?」
「そうかそうか。三日…。…三日ぁっ!?」
ずろっ…ずどんっ!
思わずベッドから転げ落ちた。痛む腰をさすりつつ、ジョージは自分の荷物の中から小さな紙切れを引きずり出した。エレミアで発行した旅証。そのページをパラパラと乱暴にめくり、ある一ページを探し出す。
「おいおい、どうしたってんだ。」
「……? どうしたというんです?」
あまりの騒がしさに瞑想中のディアーダも目を開ける。と、同時に。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!」
ジョージはそのままの姿勢で後ろにぶっ倒れた。
開催日は三日後。エマを出発したユリシーズ査察官が二日かけてクラヴィッツに戻り、その上で情報を消すのに最低一日。エマからド・ゴールに入るのに船で中一日。どう考えても、武闘会に間に合わない。
「どどどどど…どうすんだ…間に合わない…どう考えても…あぁぁぁぁぁ…」
後頭部をしこたま強打したジョージだったが、痛みすら気にならなかった。全てはこれからだというのに。これから、凱旋への道が開けるかもしれないというのに。
「――密航すればいいじゃないですか。」
「はぁ!?」
ディアーダの一声。思わずジョージは素っ頓狂な声をあげて飛び起きた。
今、信じられない事を口にしたような気がするのだが。
しかし、イリューンもまた事も無げにそれに続け、
「あぁ…そうだな。それしかねぇーべな。」
そう言って同意する。
「ちょ。ちょちょちょちょ…ちょっと待てっ、お前らッ! み、みみみ…」
「ぅるせぇなぁ。またかよ。」
イリューンが疲れた顔でジョージに言う。しかし、ここで黙っているわけにはいかない。
「だってお前っ! 密航って、お前、折角、あの事件を揉み消してくれるっていうのにお前っ!? また指名手配されちまったら、今度こそ俺が…じゃなくて、大会すら危うくなっちまうじゃねぇかよぉぉぉぉっっっ!」
今にも泣き出しそうなジョージに、本当に気の毒そうな顔を見せつつ、イリューンは肩をすくめながら言葉を繋ぐ。
「まぁそー心配すんじゃねぇって。よぅは、バレなきゃいぃんだろ?」
「ば、バレなきゃって…っ! そりゃディアーダが幻術を使やぁ、簡単な事なのかもしれねぇけどっ! そ、そんな都合よくっ!」
「それが都合よく、何とかなるかもしれね〜じゃねーか。まぁ、任しとけよ。俺に心当たりがあるんだわ。」
そこまで言うと、イリューンはディアーダに「な?」とアイコンタクトを送った。何故か、このアイコンタクトは通じたらしく、ディアーダは首を小さく縦に振った。知らぬはジョージだけなのか。それとも、またとんでもないことをしようというのか。
口をモゴモゴと動かしつつも、何も反論が出来ないジョージは、まるで苛められた小学生のようだった。イリューンはそんなジョージを全く相手にせず、
「そんじゃ、ま、寝るべーやな。…オヤスミーっ!」
そう口にするや、どでっ、とベッドに体を横たわらせ、薄い毛布を頭から被ると、数秒で高いびきをあげ始めた。
目頭に水が溜まり始めているジョージを、可哀想な子を見るような目で一瞥し、同じようにディアーダも布団を被ってしまった。
仕方なくジョージもまたベッドに潜り込み、ただただ涙でシーツを濡らすのであった。
翌日。早朝から三人はド・ゴール行きの客船前へ足を運んでいた。
「…で、イリューン…昨日言ってた、心当たりって…?」
結局、ジョージはあの後もろくに睡眠が取れなかった。目の下は真っ黒。完全に疲れ切っていた。今ならば、海風でさえジョージの体を吹き飛ばすことが出来るかもしれない。
「おぅ! よくぞ言ったぜっ! 聞いて驚くなよ!?」
一方、バッチリ睡眠を取ったイリューンは元気ハツラツである。無駄に体力ある返事が異様に腹立だしい。
「エマからド・ゴールに数ヶ月間立ち入る…武装商船団の事ですね?」
ディアーダが間に入ってぼそり、と言った。
「お? ディアーダ、何で解った?」
目を丸くし、イリューンが訊く。ディアーダは細い目をし、
「以前、マナ・ライ様より伺っておりました。アーコン島、ガルガライズにギルド出身の途方もない男がいるという事。それと、武装商船団はガルガライズから派遣されている事。その二つを結びつけるのはそう難しくありませんからね。」
「…ジジィ…一体、俺の事を後輩にどう伝えてやがるんだ…」
「『あそこまで大胆にギルドの宝物殿を荒らした男は後にも先にもない』と、嬉しそうに笑っておりましたが。」
「やっぱりあのジジィは生かしちゃおけねぇ。」
「原因はおめーだろーがぁっ!」
黙って聞いていたジョージだったが、思わず口に出していた。
しかし、おかげで頭の中の靄が晴れた。つまり端的に言えば、イリューンは昔のつてを頼ろうというのである。
「ふぅ…しかし…まてよ? 武装…商船団って……!!」
気が付いたようにジョージの顔がみるみる青冷めていった。イリューンに目で「NO」と答える。全て察したのか、イリューンは弁解するように両手を前に出しながら、
「あ、あぁ、待て待て。さすがにここにはアドンはいねぇよ。ここにはアイツの弟のサムソンが居る筈だ。サムソンは…まぁ…アドンより『多少は』マシだ。」
「やっぱり五十歩百歩なんじゃないかぁぁぁぁっ!」
三人が揃ってぎゃあぎゃあと騒いでいたからか、気が付けば港で作業する客船員、乗組員達が「何事か?」とぞろぞろと集まり始めていた。
「おぉい!? なぁにやってる、お前達ッ!?」
不意に、妙に精悍な胴間声がその集まりの外から投げ掛けられた。
「ん? その声は…?」
「時間もあんまりねェんだぞッ? 無駄な時間を過ごすくれェなら……ん?」
人混みを掻き分けて三人の前に姿を現したのは、身長2メートルはあろうかという褐色の肌をしたノッポの男だった。
上半身は素っ裸。細身ではあるが物凄い筋肉。鍛えられた体だというのは疑いようもない。
頭には黄色い布をターバンのように巻き付けている。その為、髪型は解らないが…どうも禿げ上がっているようにしか見えなかった。
ノッポの男はじぃっ、と三人を見つめると、あぁ、と目をまん丸に見開き、
「なんだ、おい! イリューン! イリューンじゃねェかッ!」
「あぁ、久しぶりじゃねぇか、サムソン。」
そう言って二人はがっし、と腕を組み合わせた。なんだ、意外と普通じゃないか。そうジョージが思った矢先、サムソンは絡み合わせた腕をマジマジと見つめ、
「さっすがァ…イイ上腕二頭筋してやがるゼ、イリューンはよォ…! どうやって鍛えればこんな風になりやがるんだ? …フォォ、スッゲェェェ…!」
そう言いつつ、舌なめずりさえしてみせている。筋肉フェチというヤツか? イリューンは引き吊った笑いを浮かべながら、ジョージに「な?」と同意を求めた。
「…なるほど。ま、まぁ…『多少は』マシな訳か…は…はは…」
「ところで、武装商船の積み荷はどうなっているんです?」
割り入るようなディアーダの声で正気に戻ったのか、サムソンは三人を順に見やった。
そして、
「…ん? なんだァ? この坊っちゃん達は。イリューン、おめェの知り合いか?」
「ん〜…まぁ、そんなモンだな。サムソン、おめぇがここに来ているのはゴードンのオヤジから聞いてたから知ってたんだが…おめぇんとこの積み荷、どんな状況なんだ?」
「んんん、多からず少なからず、ってところだなァ。今度、ド・ゴールで大がかりな武闘会があるだろ? あぁ、そうか、イリューン、おめェあれに出るつもりなのか。」
「まぁな。ってことはよ、少しは船倉も空いてるよな?」
「あぁ、勿論よ。…って、ド・ゴールに入るんなら普通に客船に乗りゃぁいいじゃねェか。…さてはおめェ、まァたなんかしやがったなァ? 白状しやがれ、この野郎ッ!」
「いーや、なんも。」
無表情で抑揚無く、イリューンがバレバレの嘘を吐く。口を噤んだまま、ハラハラした表情でディアーダと顔を見合わせるジョージ。
サムソンは三人の様子を見るや、「ワッハッハ!」と大口を開けて高笑いをすると、
「ま、何があったのかは聞かねェでやんよ! どれ、乗ンな! ただし、乗り心地は相当悪ぃゼ? 察するにバレちまったらマズイんだろ? 門を潜ったら海に飛び込んでもらうから、覚悟しとけよォ?」
そう言い、また大きな口を開けて高笑いをして見せた。確かに変態ではあるが、少なくとも悪い人間では無さそうだった。
後ろを向き、サムソンは言うが早いか貨物室への扉を開けると、数人の船員に声を掛け、そこに木で出来たタラップを設置してくれる。
ジョージはそれを見つめつつ、ようやく安心した声を出した。
「…ふぅ…とりあえずは一安心なようだな。…先は思いやられるが…はぁ。」
「平和的に解決できそうで良かったじゃないですか。」
「…お前が平和的とか言えるのか、おい。」
「ま、話は後だ、後! とりあえずはサムソンが心変わりしないうちにさっさと乗り込んじまおうぜ!」
イリューンが無遠慮にバン、とジョージの背を叩いた。おっとっと、と蹌踉めきながらもジョージは停泊する武装商船の船体を見上げた。
この船に乗れば。この船の行き着く先は――遂に目的地ド・ゴールなのだ。
ここまで来た、とジョージは思った。心がざわめいた。感慨深さがあった。
その感情は数分後、船酔いと打撲痛、そして強烈なストレスによって無惨にも掻き消されてしまう事になるのだけれども。