第五章 二幕 『邪教』
ひび割れた床板のタイルがびきん、ばきん、と音を立てる。その音を一つ聞く度、決意が鉛のように鈍っていった。
(この先に何が待っていようとも…二人を犠牲にしてでも、俺は生きるっ!)
決意。強い意志である。恥も外聞もある筈もない。
空気が湿っていた。数週間、いや、数ヶ月だろうか。どれだけの期日を締め切ればこんな空気になるというのか。外の明るさ、町の晴れやかな活気とは裏腹に、この丘の上の教会は澱みきっていた。
平和な町のお膝元、こんなすぐ近くだというのに、この場所には光が全く届いていない。
気を張り巡らしつつ、奥へ、奥へと進んでいく。予想通り、この古ぼけた教会には人の気配が全くしない。
「ジョージ、おせぇぞっ! なぁにしてやがんだぁっ!」
エコー混じりでイリューンの声が廊下の奥から聞こえてきた。声のした方向を見れば、壁が崩れ落ちている。イリューンが体当たりを敢行したのだろう。猪突猛進、とはこのことだ。
ジョージは怖ず怖ずと崩れた壁の穴を潜る。そこは、開けた小部屋だった。半径五メートル程の小さな円形の部屋にドアが二つ。中央にはイリューン、そしてディアーダの姿があった。
「見ろよ、こいつをよ。」
イリューンが顎で後ろを指す。部屋の中央には石で出来た祭壇のような机があり、その上には老人が横たわっていた。
固定はされていないようだが、手にも足にも枷がされている。口には猿轡。眠らされているのか…それとも、息絶えているのか。老人は動かない。
「…恐らく、この方がギルドの査察官です。腕に、査察官を証明する入れ墨があります。」
ディアーダが冷静に口を開く。
「なんだって…? なんで査察官が? ってか、生きてるのかっ?」
(おいおい、ここで死なれたら困るんだよ、俺の無罪を証明する人間がいなくなっちまうじゃないかよっ!)
「なんとか、息はしているようですが…これは、理力の眠りですね。普通の睡眠ではありません。」
ジョージの下世話な心境を知ってか知らずか、ディアーダは白い目で答える。
「…そ、そうか、生きてるのか…よかった…って、ディアーダ、目を覚ますことは出来るのか?」
「時間があれば何とか…ですが、この場所は空気が悪すぎます。聖域からは最も縁遠い空気です。何故、教会がここまで堕ちて…」
「なんとなく、俺にはわかるぜ。」
イリューンが自信たっぷりに胸をドン、と叩いた。
振り返るジョージ、ディアーダ。
「え?」
「なんですって?」
ふふん、と鼻を鳴らし、イリューンは満足げに言った。
「あのムカつくフード野郎が関係してるに違ぇねぇ! アイツは悪人だ! 俺には全部わかってるぜ!」
「………」
「………」
頭をポリポリと掻きながら、ジョージはもう一度横たわる老人を見やるとディアーダに訊いた。
「…で、目覚めさせるには、とりあえずこの人を外に出さなくちゃ、ってことか。」
「…ですね。」
「おぃ、人の話を聞けよ。」
「わかったわかった。んじゃとりあえず、イリューン、お前はあのフード野郎をやっつけてくれ。」
あまりにも投げやりなジョージの答え方が気に障ったのか、イリューンはがしっとジョージの肩を掴むと怒声をあげた。
「おぃ、そんな言い方はねぇんじゃねぇか?」
「そんな言い方もしたくなるわっ! いいから早くフード野郎を捜し出してろっ!」
ついつい怒鳴り声をあげるジョージ。一昔前ならば、恐ろしくて自己主張も出来なかったものである。しかし、今やジョージにとって、怖い物は自分の生死の問題だけだった。
イリューンがムッとした表情で睨み返した。流石に長々と旅を共にしているからか、すぐにキレはしなかったが、それでもかなり危ない様子。ちょっと言い過ぎたか、とジョージはぎくりとした顔を浮かべた。
――と、その時。
【さてさて、貴様らの理力はどれだけのモノかのぅ?】
奇妙なくぐもった声が、天井から…いや、部屋全体から聞こえてきた。
「何だ…? まさか…」
「…やっとこさお出ましか。俺の『想像通り』だぜ…!」
「気を付けてください…妖気が充満してきています…」
不意に空間が歪むや、先ほどの虚ろな目の男が頭上高く、空中に現れた。まるで霧のように――映写するかのように、その場に音もなく現れたのだ。
三人は咄嗟に身構える。ぐいぃ、と着ているフードがその邪魔をする。
バチン、と前を止めていたボタンを外し、三人はほぼ同時に着ていたフードを脱ぎ捨てた。
そのまま、ジリジリと後ずさる。
男の発する妖気はただ事ではない。男が不気味に笑った。
【ふぇっふぇ、我が主も歓迎することじゃろう。力を得るにはギルドの人間のような理力に溢れた輩が一番じゃて】
ジョージは気付いた。男はディアーダの幻術によって、自分達をギルドの査察官だと勘違いしている。台詞の内容が明らかにヤバイ。これは、悪い流れに違いない。
「…で、で、ディアーダ? 早く幻術を…幻術を解かないと、これ、勘違いだろ? な?」
「――望むところです。ギルドに唾する者を私は許してはおけません。」
「い、いや、そうじゃぁないだろっ!?」
「…へっ、やってやらぁなッッッッッ!」
ジョージの声が届く間もなく、イリューンはハルバードを両手で掴んだまま地を蹴った。
瞬間、男の姿は掻き消える。
気がつけば、男はジョージのすぐ後ろに立っていた。
「…? …う、うわぁぁっ!」
驚き、腰を抜かす。つんのめり、どでぇ、と情けない姿で床を転がるジョージ。ディアーダがすかさず腰を落とし、地に降りた男目掛けて呪文の詠唱を終えた。
「炎にて焼かれ、浄化されよ! 『Salamander』ッ!」
火蜥蜴が火の粉をあげ宙を舞う。それらはまるで絡み付くツタの如く、男に向かって一直線に襲い掛かる!
炎が巻き上がった。しかし、次の瞬間、やはり男はその場所にはいなかった。
まるで実体が無いかのようだった。男の気配は消えないのに、何故だか攻撃は当たらない。
イリューンもそれは不思議に思っているようだった。中央の机を前に、背中合わせにディアーダと向き直っている所からも、壁は危険と感じているらしかった。
「ちィッ…どこから来るか想像も出来やがらねぇ…ッ」
「用心してください。」
地面に突っ伏したままのジョージは、二人の足下へまるで子犬のように駆け寄った。
「な、なんなんだ、なんなんだよ…」
「…しっ!」
ディアーダが静かにしろ、と口元に人差し指を当てるジェスチャーを見せる。明らかに年下であろう少年にまで指図されるとは。しかし、悲しいかな今のジョージには反抗できる程の説得力が存在しない。
素直に従うと、どこからか男のくぐもった声が聞こえてくる。
【…これは…どうしたことぞ。ギルドの査察官と思いきや…貧弱な騎士と魔術師に…魔戦士ではないか。幻術を我に施したというか? やりおるではないか…ふひひひひ…】
誤解が解けたらしい。すかさずジョージが叫び声に近い懇願をあげる。
「お、おぉいっ! ご、誤解は解けたんだろっ! さっさと『俺を』解放してくれぇッ!」
しばしの沈黙。しかし、期待は裏切られる。
【査察官ではないが、素晴らしい理力を持っているようだ…贄は多い方がよいわ…ふひひ】
「…無駄だぜ、ジョージ。こいつは話し合いが通じるような相手じゃぁねぇ。」
「そうですね…問答無用、ってヤツですか。」
イリューン、ディアーダが駄目押しをする。
(…あぁ、わかっていたさ。でも、そんなにハッキリ言わなくたっていいだろうに…。)
落ち込むジョージを余所に、二人は再び見えない敵に向かって神経を尖らせる。視線は部屋の端から端までを見つめ、いかなる動きにも一瞬で対処できるよう、筋肉は緊張を張り巡らせる。ジョージは勿論、逃げ出す準備だけは万端だった。
【…ふぅむ、なかなかの精神力。どれ、余興よ…こやつに勝てるならば…どうかな。】
声と共に前触れも無く、奥の壁がぼんやりと霧掛かったように消えた。暗いトンネルがぽっかりとそこに開くと、その先から奇妙な青臭い獣臭が漂ってきた。
何かが軋むような、鉄の鎖が擦れ合うような不気味な声が聞こえてくる。明らかに獣ではない何かが…その先にいる。
「な、なんだこの…野菜の腐ったような臭い…っ」
「…イヤな予感がします…!」
「ハッ…こいつは、とんでもないヤツがやって来やがったみたいだぜ…ッ!」
イリューンだけは、何がその先から現れようとしているのか解ったようだった。ハルバードを真一文字に頭上で構え、その場に仁王立ちになった。
「…ディアーダ、ジョージ、合図したら横に逃げろ。逃げ遅れたら…首が飛ぶぜッ!」
最後の『ぜ』と同時に何かが横穴の先から閃いた。イリューンが「今!」とだけ叫んだ。
反射的に、ジョージは横に転がった。ディアーダも飛び退った。同時に、がちぃっ、と金属のぶつかる音が弾けた。
何が起きたか、とイリューンを転がった床から見上げるジョージ。そこには、ハルバードを構えるイリューンと――巨大な緑の鎌。
「――こんな…現存していたというのですかっ…まさか、これは――」
「ば、ば、馬鹿言ってんじゃ…っ!?」
ジョージは青冷めた。これが現実ならば…勝てない。餌にされる。間違いない。
そこには、体長大凡三メートルはあろうかという巨大な――
巨大な、カマキリが立ちはだかっていた。
「ジャイアント・マンティス…!」
「じょ…冗談だろ…っ? 数年前に騎士団領を壊滅に追いやって…魔術師ギルドと国が総出で駆除活動して、やっと絶滅させたって…そんな化け物がなんで、なんでこんな所にいるんだよぉぉぉッッッ!?」
ジョージの叫びに答える者はない。大鎌を受け止めているイリューンでさえ必死の形相。
ディアーダは咄嗟に呪文を唱え始める。
「引き絞れ光の弓、放て弾道、貫け雷光! 『Eagle』ッ!」
光の弓が空中に浮かび上がるや、そこからまるで祭事に使う打上げ花火のように――閃光が弾丸となって打ち放たれた。
衝撃、炸裂音――そして爆発!
【…シャァァァァァァッッッッ!!】
カマキリにぶち当たった理力の矢は、強烈な光と煙をあげ霧散する。
しかし、その表皮は薄皮一枚焦げた程度。全くディアーダの呪文を意に介さず、カマキリは更に大鎌に力を込め、イリューンを捕獲しようとその顎をガチガチと打ち鳴らした。
「く…すンげぇ力だ…! なんてぇヤツだ…っ!」
槍で鎌を受け止めたポーズのまま、イリューンの体が徐々に沈み込む。あのイリューンが明らかに力負けし始めていた。
「き、効いてない…! で、ディアーダっ、一体どうしたってんだっ!?」
「…レジスト…! まさかこんなにも対魔能力が強いなんて…!」
脂汗が浮かんでいた。ディアーダのこんな表情は初めてだった。事態の深刻さに、ジョージはおろおろとカマキリ、イリューン、そしてディアーダの顔を見やるばかり。
ディアーダは続けざまに次の詠唱に移った。
「暗き闇、遠き道程の彼方より来たれり暗黒の香。絡み付き、その者の知覚を狂わせよ…『Spider』ッ!」
ぐりり、と奇妙な音と共に、ディアーダの背後の影から数匹の黒い蜘蛛が現れる。それらは一斉に空中に黒い糸を張り巡らすや一瞬にして巣を作り上げ、まるで手裏剣のようにその六角形の網をカマキリの顔面にぶち当てた。
【…キシャァァァァァァァッッッ!!!】
凄まじい雄叫びをあげ、カマキリが身をよじる。チャンスとばかり、イリューンはその太い幹のような胴体を蹴り飛ばすや、転がるように部屋の端の物陰へと身を隠した。
イリューンの姿を見失ったのか、カマキリは辺り構わず空中に切りつけるように両手の鎌を振り回し続ける。
その場に立ち止まっては危険と判断したか、ディアーダは中央の机に横たわったままの老人を抱きかかえ、同じく部屋の端で身を屈めた。隙をついてディアーダの下へ四つん這いで這い寄ると、ジョージは小声で訊いた。
「…でぃ、ディアーダ、あ、あれは…っ!?」
「闇の理力で一定時間敵の視界を奪いました。しばらくはこれで時間が稼げます…!」
とはいえ、ディアーダの表情は明らかに暗い。ディアーダにとっても、この魔獣の存在は予想外だった。
デーモン族のような精霊界の魔物は理力の効果が強く作用する為、ディアーダにとっても扱い易い存在である。しかし、このジャイアント・マンティスのような魔獣の場合、その魔獣自体が持ち合わせている理力抵抗力が影響する。
そして、ジャイアント・マンティスは――このレジストが相当強い、自然界でも希少な種類の魔獣なのだ。それは即ち、ディアーダの攻撃呪文がその効果を殆ど半減させてしまうという事である。
ぐりり、ぐりり、とまるで手首を回すかのように、頭を360度万遍なく廻しながら、カマキリは獲物を探し出すべく辺りを見渡す。
イリューンはここぞ、というタイミングを見計らっている。そして、ふーっ、と一息をつくとハルバードを腰元で力強く構えた。
イリューンがジョージ、ディアーダにアイコンタクトを送る。極限状況だからだろうか、言いたいことが何故か理解できた。イリューンは、カマキリの顔を一瞬で良いから引きつけてくれ、と願っているのだ。
真意に気付いたジョージは物陰からそっと、暴れ回るカマキリを見上げた。
キシャー、キシャーと耳障りな歯軋り音を立てながら、緑の大鎌をブンブン振り回す巨大な影。それはあまりにも恐ろしい、死に神その物の姿だった。
(いやいやいやいや、無理無理無理無理! 無理だって! そ、そんな事っっっ!)
ぶんぶんと顔を横に振る。しかし、イリューンもまた同じように顔を横に振る。困った顔をしてジョージはディアーダを見た。しかし、ディアーダもまた、焦燥しきった顔でジョージを見つめ返すばかり。
「…理力さえ通じるなら…私が何とかできるんですが…! こちらで査察官はどうにかします…! 後は…なんとか…!」
(…え? え? この流れって、え? つまり、それって、俺に何か期待してる?)
ジョージはもう一度暴れ回る猛獣を見上げた。その三角形の顔に絡み付いていた黒い糸は徐々に薄くなり、今にも剥がれ落ちそうになっている。
ディアーダの顔からいつもの余裕が失われていた。理力の保つ時間はあと僅かしかない。
(つまり…これが剥がれたら…えぇい…くそっ! ……ちっくしょぉぉぉぉっ!)
悩んだ。いつものように頭を抱えて頭を垂れた。しかし、悩む時間さえ今は無かった。
ジョージは「きっ」とイリューンを睨み返した。
息を吐く。短く。一度だけ深く頷いた。覚悟を決めた。
イリューンが唇の端をにやりと上げた。
瞬間、ジョージは部屋の中央へと勢いよく躍り出た。
「こ、ここここっちだぁっ! こ、このクソカマキリ野郎ぉぉぉぉっっ!」
震える声で叫んだ。ジョージの勇気は臨界点を越えそうだった。
ギロリ、とカマキリがジョージの姿を視認した。逃げ場はない。大鎌はその脳天を目掛けて振り下ろされんと引き上げられる。
「ひっ」
情けない声をあげ、ジョージは目を瞑った。閃いた。最後の瞬間がやってくる――!
【…ぎ、シャぁぁぁァァァァァァァァッッッ!!】
大咆吼が耳をつんざいた。
そして…静かになった。
ポタリ、ポタリと小さな水音。そして、ガリガリという歯車の重なるような耳障りな音。
ゆっくりと、ジョージはその瞼を開けた。鎌は振り下ろされていなかった。
目の前にはカマキリの巨体。そして、その巨体を脳天から串刺しにするイリューンの姿がそこにあった。
「い…イリュ――――ンッ! や、やったぁぁぁッ!」
「へへ…、いい根性だったぜ、ジョージッ!」
ジョージの心に、何か暖かい火が灯ったような気がした。それは、助かったから、などという単純な事ではなく…理由は解らないが、どうしようもないほど嬉しい感情が胃の中全体に広がっていったのだ。
まだ息のあるカマキリにイリューンは唾を一吐きする。そして、ハルバードを更に力強く突き押した。ぐしゅぅ、と肉が裂ける嫌な音。
【グ…ギシェェェェェェェェ……ッ!】
カマキリはバランスを崩すとそのまま地に倒れ、二度と動かなくなった。
「やりましたか…っ! さすがですっ!」
老人を床に横たわらせると、部屋の端からディアーダが駆け出した。しかし、イリューンは緊張した表情を崩そうとはしない。
「ディアーダ、止まれッ!」
びくり、と緊張が再び走る。目にも留まらぬ早さで、イリューンは懐からナイフを出すや、ディアーダの影に向けて打ち放った。
がすっ、とナイフが石畳にも関わらず突き刺さった。ディアーダの影から紫色の液体が染み出してくる。
「やっぱりな…そんなところにいやがったか。」
一瞥。同時に、影からあの男が飛び出した。肩口には、ナイフが突き刺さっていた。
「ぐ…ぐぎゃぁぁぁっ! な、何故わかったぁぁぁッッ!」
床を転がり、苦痛に顔を歪める男。それに近付き、イリューンは言った。
「単純なこった。おめぇ、余興だなんだ言いながら、ディアーダの理力を奪うことしか頭になかったんだろ? ディアーダがいつもの調子じゃなくなっていったあたりから何となくそんな気はしてたんだ。――頭イイだろ? 俺?」
にかっ、とイリューンが笑った。癪に障るが、ここはイリューンのお手柄に間違いない。
「さぁて、洗いざらい話して貰うぜ。何でまたおめぇら、ギルドの査察官ばっかり狙ってやがった? 魔術師が必要とか言ってたが、何が目的だ? ――答えろッ!」
肩口を庇い、苦しむ男の胸倉を掴み上げ、恫喝する。こういうことにかけては逆立った銀髪はまさに面目躍如だ。
「私も知りたいですね。…私の精神力すらも奪っていたという訳ですか。…道理で理力が効かないなどと弱気になってしまった訳ですね。…許せません…!」
じり、とディアーダもまた躙り寄った。その目には暗い炎が灯っている。ある意味では、イリューン以上に恐ろしい存在だった。
男はこれ以上黙っても無駄と悟ったのか、突然狂ったような笑い声をあげた。
「ふ…ふひ、ふひひひひひ…! 我の目的など知ったことではないか! 我は我が主の命に従ったのみ! ふひひひ!」
「我が主? 何モンだ、そいつはっ!?」
「ふひひひ…我らは…!」
男が次の言葉を繋げんと、口を開いたその瞬間。
――凄まじい轟音。熱。閃光が走った。
耳鳴りが響き、三人は同時に後ろへと吹き飛ばされた。
すぐさま顔を上げるが、男は一瞬にして消し炭へと変わり果てていた。小型の雷がその場に発生したのか。それとも大爆発が突如、その中心で起きたとでもいうのか。
何が起こったのか、状況を知るだけで精一杯だった。
「な…な…い、一体…!?」
「口封じ…ですかね…?」
「くそうっ!」
バシッ、とイリューンが忌々しげに、拳をもう片方の掌に叩き付ける。当然の事ながら、男が言葉を発することはもう二度と無かった。
何とも言えない後味の悪さだけが、三人の心に黒いシミを残した。
教会に篭もっていた妖気はいつの間にか消えていた。
後光を思い浮かべるかのような陽光が天井の亀裂から差し込み、いつの間にか、そこは聖なる場所に在るべき力を取り戻していた。