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序章 『剣の伝説』

 思いのままに全てを綴るのはとても難しい。だから、まず手始めに一握りの冒険談を語ろう。それは、やがて大いなる歴史の序章となるであろうから…


 この物語を、敬愛する旧き友人達に感謝の念を覚えつつ、記載していくことを誓う。あの日の冒険が決して偽りではなく、我々の青春期に大いなる輝きを残してくれたと信じて。


 一人の老人が、暖炉の前で揺り椅子に揺られている。

 蓄えた髭は白く、小さな丸眼鏡を鼻に掛けている。胸元には、今しがたまで読んでいたのであろうか、分厚い荘重の本を抱え、重い瞼を閉じ、ただ静かに炎の明かりを受けながら体を深く椅子に預けている。

 バチリ、バチリ、と薪が弾けた。その音と同時に、部屋の隅にあるドアが開くと、寝間着姿の少年が入ってきた。

 寒いのか、少年は暖炉の前まで寄っていくと、両の手を炎にかざして暖を取る。そして、ふと、すぐそばの揺り椅子で老人が眠っているのに気がつくと、その服の裾を引っ張り、ねだるように声高く言った。

「ねぇ、じぃちゃん、じぃちゃん! 今日もお話をしておくれよう!」

 少年の声に、老人はううん、と寝ぼけたような声を出すと、ゆっくりと目を開けた。そして大欠伸を一つばかりつくと、優しげな目で少年を見つめながら言った。

「…ふわぁ、ううむ。…やれやれ、それじゃ、何かお話をしてあげようかのぉ…。今日はどんなお話がいいのかの? 遙か遠い島国で過ごす若者達について語ろうか? それとも、とある少年が辿った数奇な運命の方がよいかな?」

 老人の言葉に少年は目を輝かせ、まっすぐな瞳で見据えると元気いっぱいに返した。

「あの話! ほら、じぃちゃんがこないだ、ちょっとだけ話してくれた…おとぎ話の中にでてくる、あの失われた大陸の話が聞きたい!」

「そうか、そうか…ただ、ちとこの話は長いぞ。それでもよいかのぉ?」

「うん、じっちゃん!」

 迷いなくそう答える少年の様子に、老人は満面の笑みを浮かべると、手にした分厚い本をパラパラと捲り始めた。

 古紙の匂いが鼻を突く。インクの滲みが年代を感じさせる。そんな本の中から、老人はある一ページを探り当てる。そして、その一行目、一説を眼鏡を掛け直しながら手を止め、柔らかい口調で語り始めた。

「むかし、むかしのお話じゃ。…この世界には、ある伝説があった…」

 今より始まる話は、かつて実際にあった出来事。今とは違う時間、今とは違う世界で、確かに行われた話。それを今こそ語ろう。

 この話が、全ての人々の心に残ることを願って。


 ――――


 遙かなる昔、この世界が地上に生まれて間もない頃、神はその巨大な大陸に舞い降り、何もない世界を前にしてまず自らの分身を作ることにした。

 最初に生まれたもの。それは荒ぶる獣、『竜』だった。

 翼をはためかせれば、その巨体は千里を駆け、その咆哮は山をも崩し、天候さえも自在に操った。普段は神と同じ姿で生活をし、また知識も高く、その建造物は天をも突かんばかりに高くそびえ立ち、まさしく世界は竜の物と言うに相応しかった。

 竜の眷属が生まれてから千年が経ち、その文明が栄華の極みに達しようとせんとき、神は再び世界に舞い降りると言った。

「竜よ、お前達はこの世でもっとも栄華を誇る一族だ。しかしながら、お前達ではこの栄華をこれ以上長らえさせることは出来ない。お前達は力が強く、その為に欲望も強すぎる。私はこの地に、新たに私自身の姿を似せた、弱きものを生み出そうと思う。そして、その弱きものに地上を任せ、お前達には代わりに天上を任せたいと思うのだ。」

 そう神が言うや否や、土塊の中より生まれたものがあった。『人間』の誕生だった。

 人間を生み出した後、神は従者を地上へと遣わすと、巨大な一つの大陸でしかなかった世界を五つに分断してしまった。弱きもの、人間をより多く繁殖させる為には、巨大な大陸では具合が悪かったのである。

 しかし、これをただ易々と見ている竜の一族ではなかった。

「我々は神に最初に選ばれし眷属。たかが土塊より生まれし弱きものの為に、何故に我らが地上を明け渡さねばならぬのか。」

 竜族はついに神々に対して反旗を翻した。戦いは永きに渡り、天は荒れ、地は裂け、山々は火を噴いた。竜族には神々より授けられし『魔法』があった。それが故、自然現象さえも容易に操れたのである。

 しかし、それでも結果は竜族の惨敗に終わった。竜族は力、知識共に神々を凌駕していたものの、創造主の持つ『分かつ力』の前に、次々と滅ぼされるしかなかった。

 だが、生き残った竜族の中に、野望に燃える一人の者がいた。名を『黒竜』といった。

「我々の持つ力では、神々の『分かつ力』には勝てない。この上は、神々に対抗する力を生み出すべく、異界の神に協力を求めるしかない。」

 黒竜はその持ち得た知識を全て費やし、ついに異界より暗黒の邪神『ハルギス』を呼び出した。黒竜はハルギスに願った。

「我らが宿敵たる神々を倒すべく、協力を願いたい。」

 ハルギスは言った。

「ならば、我を召還する依代を用意するがよい。さすれば我は地上に出で立ち、貴様らに神々を倒す力を分け与えるであろう。」

 黒竜はハルギスの言葉を信じ、地上での依代とすべく一人の人間に声を掛けた。その人間は、人間社会の中では『王』と呼ばれた者であった。

「我々竜族の力、『魔法』が欲しくはないか? 欲しければ、我に従うがよい。そして、その血肉を我らの為に捧げるのだ。」

 黒竜の言葉に、王は容易く騙された。そして、暗黒儀式の生け贄とされ、その体にはハルギスの魂が乗り移った。

 王の性格は一変した。それまで平和を愛し、人民の為を思っていた彼は、その時より神の名を借り、ただ一つの命令だけを繰り返すようになった。

「大地を掘れ! そして掘り出された鉄を打て! それを鍛え、生み出された『剣』を竜に捧げるのだ!」

 神々の『分かつ力』に対抗する『分かつ物』――即ち、『剣』の誕生であった。

 剣を得た竜族は、もはや負けることはなかった。圧倒的な力を手にした竜族の前に神々は無力であり、長く苦しい戦いの末に、ついには創造主をもうち倒し、ここに竜は地上での権力を再び我が身に取り戻したのである。

 全ては終わり、平和な時がやってくるかに思われた。が、ハルギスは黒竜に言った。

「我々は争いを求める。怒り、憎しみ、苦しみ、悲しみ…負の感情が我々を生み出し、存続させていく為の力なのだ。争うがいい。…もっと、もっとだ。」

「我々は創造主の支配を逃れたかっただけだ。もはやこれ以上、争うつもりはない。」

「ならば、今度は我らが貴様らを支配してやろう。恐怖におののく日々を迎えるがいい。それこそが我らの糧となるのだ。」

 竜族とハルギスとの間で諍いが生まれ、ここに邪神との壮絶な戦いが始まった。

 それは神々との戦いを越える、あまりにも激しいものであった。だが、いくら追い詰めようとも、竜族は決してハルギスを倒すことは出来なかった。何故ならば、ハルギスは倒すべき実体をもっていなかったからである。

 戦は数百年を越え、竜族は異界の眷属によって滅ぼされつつあった。

 だが、そのまさにギリギリの状況下で、ついに竜族はハルギスを打ち負かした。

 ハルギスの力を、剣によって五つに分断し、それぞれを魔力を持った石で封印する事に成功したのである。

 全てが終わった時、残ったのは焦土と化した世界と、たった四匹の竜、五つの石、そして地下へと避難していた人間達だけだった。

 竜は、この愚かな戦いを戒めとし、人知れずこの世より姿を消した。五つの石は、それぞれ世界の何処かへ隠され、地上には静けさが戻った。

 竜も、神も、邪神もいない世界で、人々は魔法より自ら生み出した力、即ち『理力フォース』によって世界を復興し始めた。地上は人の支配する世界となった。

 だが、この時より人々は純真なる存在ではいられなくなった。剣の力に魅了された人々は、自らの欲望の為に次々と剣を作っていった。

 剣の持つ力は、即ち邪神のもたらした力である。神も邪神も失われた事により、この後の世に作り出された剣からは、伝説のような力は失われた。

 だが、それでも人々はそれを求めた。欲望のままに、自らの愛憎怨怒の為に。

 いつしか、人々の間にこんな話が飛び交うようになった。『伝説の石を柄に嵌め込んだ剣が五本ある。それを全て集めれば、地上の王になれる』と。

 今日も人は剣を求めて剣を振るう。かつての竜族のように、自らの欲望を追い求めるかのように。

 全ては、今となっては失われた、遙かなる剣の伝説である。


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