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僕が壊れるその前に

作者: 夜かな

ある中学校に、自分を犠牲にしてまで生徒に授業を行い、思いを伝えた先生がいた。彼の名前は君嶋拓哉。当時の2年4組の担任をしていた。教師歴20年のベテランで、彼の授業のわかりやすさ、生徒を第一に考えるその姿勢から学校での評判はとても高かった。これは、その彼が決死の覚悟でおこなった授業を記録したものである。授業のテーマは『自殺』。どうか、最後まで読んでほしい。これは僕たち当時の2年4組全員のお願いでもあるし、君嶋先生もきっとそれを望むと思うんだ。


「今日の6時間目の授業は変更して、特別授業を行います。」

君嶋先生のこの言葉でクラスメイトの何人から「よっしゃ」などという声が漏れる。今日の6時間目の授業は数学だった。他の生徒たちも嬉しそうにしている。

「代わりの授業のテーマはこれ。」

そう先生は言うと、黒板に文字を書き始めた。



  『君なら自殺をしようとしている人をどうやって救いますか?』



クラス全員が目を見開いたのが分かった。その言葉に馴染みのない者、ある者、両方いるだろう。ただ二方に共通する気持ちは分かる。『困惑』だ。


「成人の4人に1人が自殺を考えたことがある。この事実を知っているかい?もう自殺は僕らにとって他人事ではないんだ。本当は君たちに自分でを克服する方法を伝えたかったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ではどうすればいいのか。それをみんなに伝えようと思う。まず一つ質問。」


  「なぜ自殺をしてしまう人がいるんだろう?」


正直、(おそらくクラスメイトみんなも)はこの状況を完全に飲み込みきれていない。でも、君嶋先生の顔持ちは生半可な気持ちでこの授業をしているのではないことを僕らに伝えてきた。みんなもそれを感じ取ったのだろう。みんなからちゃんとこの授業に向き合おうとしている気持ちが感じられた。

一人の生徒が答える。

「生きていることが辛いほどの嫌なことがあったから、でしょうか。」

「そうだね。それは一つの出来事かもしれないし、いくつかの出来事かもしれない。彼らは必死にその苦しみに耐えた。誰にも助けを求めることができずに........。でも、最後はその苦しみに押しつぶされて、仕方なく死ぬことを選んだ。」

僕たちは言葉を発さない。

「そんな彼らにすぐ『命が何よりも大切。自殺だけはしてはいけないよ。』そう言う人も多いだろう。もちろんそれは正しいことだと思う。だけれど、()()()()()()()()()()()()と思っている。それはなぜか。一つ例を出して説明するよ。」



「男はあるマンションの四階の角部屋に住んでいる。いつも通りの1日を過ごしていたある日、隣室で火事が起きた。逃げ出そうと思ったが、すでに通路は炎で塞がれ、階段に向かうこともできない。みるみるうちに炎は自分の部屋にも広がってくる。そうして男はベランダまで追い込まれてしまった。助かる道はそこから飛び降りることしかない。



…………君はそんな状況の彼に『危険だ!そこから飛び降りるな!』と言えるかい?



   もう分かるだろう?



   自殺をしてしまった人たちはこの男と同じなんだ。



   苦しみが彼らを覆い尽くしていき、逃げ場がなくなる。自分を守るためには

   一か八かでも現実世界から飛び降りるしかなかったんだ。



   彼らはそのとき、そうすることでしか自分を守れなかったんだよ。

   そうしないと彼らは壊れてしまったんだ。



   これが、僕が『自殺だけはしてはいけないよ。』と言わないほうが良いと思

   う理由だ。



   ただ、僕は『自殺をしようとしている人たちを止めるな』と言っているわけ

   ではない。



   僕が言いたいのは



   彼らにとっての『炎』を消してあげて、ということ。

   できれば、彼らに選択肢がなくなる前に。



   彼らにアドバイスなんていらない。

  『君にどんなことがあっても私は君の味方だよ』ということを示すんだ。



   たとえば、その子とただ一緒に過ごす。それぞれが別のことをしていても全

   然構わない。ただ、『会話は必要ない。君と一緒にいるだけで私はうれしい

   よ』ということを伝えよう。その子とご飯に行ってもいい。美味しいものを

   一緒に食べるとそれだけで幸せな気分になるだろう?散歩に行くのもいいね

   。豊かな自然は君たちをとてもいい気分にさせてくれるはずだ。



   そうやって、時間を共有していこう。

   そうやって、助けを求めていいんだと伝えよう。




   回り道に聞こえるかもしれないけれど、僕はそれが一番の近道だと思ってい

   るんだ。





これが、僕が君たちに話したかったことの全てだ。いつか君たちの大切な人が命を絶とうか悩んでいたら、今日の授業を思い出してほしい。みんな聞いてくれて本当にありがとう。最後にもう一度言うよ。




   彼らにアドバイスなんていらない。

  『君にどんなことがあっても私は君の味方だ』ということを示すんだ。

   そうやって時間を共有していこう。

   そうやって助けを求めていいんだと伝えよう。




……みんな、本当にありがとう!」


そうして君嶋先生の授業は終わった。授業を終えた途端、先生はその場に崩れ落ち、嗚咽をして泣きじゃくった。とても長い間。僕たちクラス全員は先生のもとに駆け寄った。ある者は背中をさすり、ある者は先生に寄り添っていた。そこに言葉は必要なかったんだ。








家に帰ると、テレビが速報を伝えていた。

「今日、午前11時ごろ君嶋里音さん(14)が踏切から飛び出し、電車に撥ねられて死亡しました。君嶋さんのクラスメイトによると『彼女は長期間、悪質ないじめを受けて苦しんでいた』ようです。警察は自殺の可能性が高いとみて調査を続けていく方針です。」




その日から、君嶋先生が僕らの学校に戻ってくることはなかった。




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