Ep.4 ヒロトは大変な人を召喚してしまった
「やあやあ、君はとても数奇な運命に出会ってしまったようだね。でも、それは仕方がない。君が望もうがそうでなかろうが、君は運命の歯車に巻き込まれてしまったのだから。ああ、なんて不幸なのだろうか!」
白い光に包まれたあと、最初に僕が見たのは、白い空間にポツリと突っ立っている青年が変なことを抜かしているという、なんとも不思議な絵面であった。
彼は自分の言動に酔いしれているようで、少し上を向きながら恍惚とした表情で、あぁ、なんて僕は美しいんだ、と小声で呟いている。
僕ことヒロトは、完全に直感した。あ、こいつやばいヤツ。と。
その、ボッチ青年とでも言える彼は、無駄に大きな身振り手振りをしながら、大声で僕に続けて語り始めた。
「だがしかし、安心したまえ。君の不安、分かるよー。とても分かる。そりゃあ、いきなり謎の光に包まれた後、突然こんな真っ白な場所にポツリと突っ立っているんだ。不安が波のように、君に押し寄せているに違いない」
要するに、なにが言いたいんだ?
話の意図が全くわからないまま話しかけてくるボッチ青年を脇目において、取り敢えず今の状況を整理してみよう。
彼の言っていることを考えるよりも、もっと早く理解ができそうだ。
ええっと。
悠と結衣をストーキング
光に包まれる
白い空間にボッチと僕で二人の密会
ふむ、コレは、あれかな。
⋯よくわからん。
仕方ない。目の前のボッチ青年は、どうやら僕の事情を知っているようだし、尋ねてみよう。案外、すぐ教えてくれるかもしれない。
「すみませーん。今、僕の身に何が起きているんでしょうか。教えてくれませんか?」
僕は手を上げながら、彼に叫んだ。もしかしたら、高校生になってから一番頑張った瞬間かもしれない。
そして、僕の声が聞こえたのか、ボッチ青年は、ああ、無知な者に知を与える僕、なんて美しいんだ。と小声で言った後、では君に知を授けよう。と、身振り手振りをつけながら言った。
「そうだね。簡潔に言えば、君は異世界から召喚魔法で呼び出されたのさ。まあ、今は僕が時を止めて君と会話しているが、僕が時を進めたと同時に、君の時も進み出し、異世界に召喚されることになっている」
ほう、異世界から召喚されたと。
そして、まさかのあなたが、時を止めていると。
「そして、僕は神!!だからこそ、こうして君の前に出てきたり、君の時間を止めていられるのさ」
なるほど、神様かぁ⋯
そんな突拍子も無い事実をまざまざと突きつけられて、僕はようやく心にストンと何かが落ちた。
あ、これ、小説とかでよく見るやつだ。と。
◇◇◇◇◇
「さあ、君はこれから異世界に召喚される訳だが、そこで、僕から君に能力をプレゼントしようと思うんだ。ああ、見返りなんて求めていないよ?これはあくまでも、僕の自己満足さ。気にすることはない。ああいや、しかし、君が感謝を捧げたいと言うのならば、好きにするといい。なんせ、僕は神だからね。広い器を心に持っているのさ」
ふむ、見返りなしの、一方的な能力授与か。
ここで普通なら、神の何らかの思惑が絡んでいるのかと勘繰るところだが、この神にいたってはそんなことはないと思う。
むしろ、何も考えずに、鼻歌でも歌いながら日々を謳歌していそうだ。
ああ、僕にもそれくらいの能天気さがあれば、日々をもっと楽しく過ごせていたのだろうか。
「聖力、聖剣、聖本、聖杖、聖域、聖宝などなど色々あるけど、どうだい?なにか気に入ったものはあるかい?」
「んー、そうですね⋯」
神ぃー!なんかしょぼそうな能力ばかりを羅列しないでくれ!
「ち、ちなみに、他にはどんなものがあるんでしょうか」
「他に?んー、そうだね。まあ、僕は神だから、能力を作り出せるんだ。だから、何か要望があるのなら言ってみるといい。僕からどんな能力があるのか聞き出すよりも、早くて効率的だろう?」
うわ、なんか正論を突っ込んできた。
いや、まあ、確かに早くて効率的だろうけども!
なんか、神の力の理不尽さを間近で見た気分だ。
でも、そうだな。どんな能力がいいかな。
きっと異世界って言うくらいだし、剣と魔法のコッテコテなファンタジーな世界なのだろう。
あんな能力の選択肢を用意するくらいだし、この予想は間違いないはず。
ということは、僕が召喚された理由は、さしずめ魔王とかを倒してほしいという願いからだろう。
小説とかでも、王城とかに召喚されて、魔王を倒してほしいというストーリーがよくあったし。
ということは、僕自身に何か強大な力を与えてくれる能力がいいということになるだろうけど⋯
いや、ちょっとまてよ?
いくら強力な能力だろうが、その力を使いこなせれなければ意味がないし、そもそもその能力が初めから強力無比な力を持っているのかどうかは、実際に使ってみるまで分からない。
というよりも、もっと前提的な事を考えれば、僕が何かと対峙して、真正面から戦えるのか?いや、無理無理。
ということは、僕がここで得る必要のある能力の最適解とは、僕自身が強くなる能力ではなく、僕が何かしらを操って力を行使する、というタイプが一番ではないだろうか。
「⋯決まったかい?」
「はい。ええっと、何かを召喚する能力が欲しいです。僕は、小心者なので」
「分かった、では、そのような能力を与えよう。ああ、そうだ、つかぬ事を聞くが、もちろん答えてくれるよね?」
うわぁ、突然だぁ。
え、なに。答えを間違ったら死刑とか、そんなやつ?
「ああ、そんな身構えなくてもいいよ。つかぬ事、と言っただろう?少し、気になることがあっただけで、なにか問題とかがある訳ではない。安心したまえ」
ソウデスネ。
「君は、これから大冒険を始めるわけだが、旅のお供はやはり、女性がいいに決まっているよな。男だし」
突然下世話になった件について。
いやまあね、僕も男だし、そりゃあそうなんだけどさ。
「まあ、この答えは聞かずとも分かるさ。では、もうここに留める理由もなくなったことだし、そろそろ君を異世界に送ろうと思うのだが、いいよね?まあ、返事を聞かずとも答えは分かるがね。だって、君は男だろう?」
なんか、一気に話が進んだんだけど、どうしよう。
確かにもう僕がここに留まる理由は無いんだけどさ。
もっと、こう、なんか、聞きたいことはたくさんあるんだけどなぁ。
「それでは、いってくるといい。新たな世界で、自らの生を謳歌するといいよ」
ボッチ青年がそう言うと、僕の下から強烈な光が射す。
その光は、確かに見たことがある光で。
それは、僕がここにくる直前に見たあの光と同じもので。
それを見た時、ああ、時は進んだんだと、直感した。
◇◇◇◇◇
そして次の瞬間、下に目を落とした時に自分の頭を疑った。
僕の腕にしがみついているのは、悠だったはずだ。
でも、僕の腕にしがみついているのは、僕の知らない美人だったんだ。
◇◇◇◇◇
王城にて、取り敢えず広間に案内された僕らは、三人きりになったのを確認するとひとかたまりにまとまった。
「つまり、悠が悠子になって、結衣がそのままでここに召喚された、ということか。」
「そうらしいな。」
「って、悠はなんでそんなに冷静なの?」
「だって、焦っても仕方ないだろう。すこし胸が重く、身長も低いが、動く分には支障がでないからな。」
「え、そういう問題なの?」
たしかに、それはそういう問題ではないような気もする。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだ。お前らも、神って自称する神に会ったんだろ?」
ん?
“も”?
「っていうことは、悠も会ったの?」
「その反応、ヒロトも会ったのか。じゃあ、結衣はどうなんだ?」
「私も会ったわ。なんか、その時に、能力をくれるって話があったよね」
「ああ、あったな、そんなことも。俺は、なんか聖剣を自由に扱える能力をもらったぞ。ほら、この通り」
そう言って悠が手を振ると、一振りの剣が現れた。
それは、なんというか、聖剣だった。
「私はこんな能力よ。魔法を自由に使えるの」
結衣はそう言いながら手を振ると、一本の杖が現れた。
それは、なんというか、悪魔の杖だった。
って、なんでそんなに冷静に能力扱えてるの?僕なんて、どんな能力かもよく分かってないのに!
⋯いやまあ、これに関しては僕が全面的に悪いのかもしれないけれど。
こんなことなら、もう少し分かりやすい能力を指定して、能力の使い方を教えてもらえば良かったかもしれない。
いや、でもまてよ。二人とも手を振ったら剣とか杖が出てきたんだから、それなら僕も手を振れば能力が分かるのでは?
「ええっと、僕の能力はっと」
そう言いながら手を振ってみるも、何も起こらず。
⋯恥ずかしい。
顔に熱が集まっているのを感じる。
「はは、ヒロト、気にするなって。そんなこともあるって」
「あはは、まあ、気に落とさないでよ」
悠、結衣、気遣いありがとう。でも今は、放っておいてほしいかな。
悲しみに黄昏る僕。そして、僕を慰めようとする2人。
そんな3人の空間に、亀裂が入ったのはその直後だった。
バキッ!
その音はどこからしたのだろうか。
その音源から、謎の本がぱさりと落ちて、僕たちに冷水を浴びせた。
「おい、あれ、なんだ」
悠が堪らず声に出す。
「え。私は、知らない、わよ?」
結衣が少し顔を青くしながら答える。
「いやあ、僕にも、よく分からないかな」
僕ももちろんそう返す。
そんな会話をよそに、本はパラパラと捲られる。
黒革のブックカバーが、僕らの恐怖心を煽る。
ぱらぱら、ぱらぱら。
ページの捲られる音がやがて鳴り止むと、どす黒い光が部屋を満たす。
「「「ぎゃあぁぁぁ!!」」」
僕らは3人で部屋の隅に固まって、叫び声を上げるしかなかった。
異世界に来たばかりでこの仕打ち。こんな酷いことがあるだろうか。
部屋の外からは、僕たちの異変に気付いた兵隊が続々と部屋に突入してゆく。
「なんだ、この邪悪な気はっ!」
「これほどまでに黒い光は、初めて見たぞ」
「何が来るんだ。悪魔か?魔族か?」
「恐れるな!何が来ても、陣形を崩すなよ!」
黒い光が少しずつ薄れ始めると、だんだんと輪郭が露わになって行く。
真っ黒な長い髪に、シミひとつない白い肌。そして、煌々と輝く赤い瞳が露わになった時、黒い光は弾けて消えた。
そして、それは言った。
「む、まさか、この我が本に取り込まれるとはな。いくら魔力がない世界であったとはいえ、油断していたな。⋯で、この状況を見る限り、どうやら取り囲まれているようだが⋯我にはもう、狙われる理由は無いはずなのだが」
これが、鈴原小春こと、元歴代最強の魔王の誕生の瞬間である。
続きは無いと思います